いよいよ総選挙が迫ってきました。7月27日には民主党が「民主党の政権政策
Manifesto2009」を公表し、7月31日には自民党が政権公約「政策BANK」を公表し
ました。
このコラムは、あくまでも私の個人的な意見ですし、私が現場の医師である以
上、どうしても現場寄りの主張になっていることをご容赦ください。それでも、
私なりに医療を良くしたいと思う気持ちを、現場から素直に綴ってきたつもりで
す。
さて、そうやって私が綴ってきたことが、どれだけ両党のマニフェストに取り
上げてもらえているのか。今回はそれを考えてみたいと思います。
両党とも医療費は増額
まず、医療費の増額についてです。私は「高齢化が進む以上、医療費が増える
のは必然」だと考えています。だから国家の予算配分も、少子高齢化社会に応じ
て調整すべきだと思います。その医療費増額について、両党はどう考えているの
でしょうか。
自民党のマニフェストでは、「これまでにない思い切った補正予算を通じ、地
域医療の再生や災害に強い病院づくりを進める。(中略)診療報酬は、救急や産
科をはじめとする地域医療を確保するため、来年度プラス改定を行う」となって
います。
一方、民主党のマニフェストでは、「社会保障費削減方針(年2200億円、5年
間で1兆1000億円)は撤廃します。(中略)総医療費対GDP比をOECD加盟国平均ま
で今後引き上げていきます。」となっています。
この部分だけ見ると、どちらの党も同じように「医療費増額」が必要と考えて
いるようです。
迷走する研修医制度
次に研修医制度についてです。今後の医療を考える際に、新人医師の研修制度
は最重要課題です。今年の改革では、研修内容の質の点検が充分に行なわれない
まま、「募集枠制限」という規制的手法が取り入れられてしまいました。
つまり、医師の地域偏在を解消するために、「研修医の定員について、都道府
県ごとの上限新設に加え、すべての研修先病院の募集枠を制限する」ことが定め
られたのです(参考記事「これでいいのか、研修医制度の改革」)。
この改革を巡って、「国家の統制がどこまで許されるかということ。憲法のこ
とを言えば、職業や住居選択の自由もある」という舛添大臣の発言まで飛び出し
ました。
研修医制度について自民党は、「医師偏在の解消へ向けた臨床研修医制度とす
る」とあっさり一言だけ。これでは、新人医師教育について真剣に見直そうと考
えているとは思えません。
一方、民主党では「これまでの卒後臨床研修の成果を客観的に評価し、前期臨
床研修の全国均てん化を図ることによって、後期卒後臨床研修については、総合
臨床医研修、へき地医療研修、産科・救急・小児・外科医療研修などの分野を中
心にインセンティブを付与することによって、偏在を解消します」とあ ります
(注:「均てん化」とは全国どこでも標準的な専門医療を受けられるようにする
こと)。
主眼である研修内容の充実を最重要視する姿勢を示すとともに、定員調整によ
る強制的な配置手法を否定しています。
解決が急がれる勤務医の労働時間問題
そして、現在の医療崩壊の最大の原因の1つである、「宿直問題」や「ボラン
ティアオンコール」などに代表される、過労死基準を超える勤務医の労働時間問
題についてはどうでしょうか。
これは私が一番改善を願っている問題なのですが、自民党の政権公約内には、
私の探し方が悪いのか文面を見つけることができません・・・。もっともこれは、
現在の労働基準法の範囲内で対処可能なので、わざわざ記載しなかっただけかも
しれません。
強いて言うならば、「今年度は医学部定員を約700人増員したが、今後も医療
確保のために、医師数を増やす。(中略)医学教育の充実と勤務環境の改善や救
急医療体制の整備等、地域医療の砦たる大学病院の医療体制を整備」という部分
でしょうか。
医学部定員を増やせばもちろん、その分、医師不足は解消されるかもしれませ
ん。しかし、効果が出るのは10年くらい先の話です。今、逃散目前の危 機的状
況に立ち向かっている勤務医にとっては、即効性ある待遇改善にはつながりそう
にありません。それに、この書き方だと勤務環境の改善はその他多数の中の1つ
であって、重点項目ではないように思えてしまいます。
一方、民主党は次のように記しています。「医師の交代勤務制の導入を促進し、
勤務医の不払い残業を是正し、当直を夜間勤務に改めます。大学病院などにおい
て無給で働く医局員を常勤雇用とし、医療現場での労働基準法の遵守を徹底しま
す。当直明けに勤務しなければならないなど医師の善意により医療提供が成り立っ
ている状況では、医療ミスやエラーが発生しやすくなり、ひいては医療の質の低
下を招きかねません」。医療の質を重視して、「当直を夜間勤務に改 めます」
とはっきり明言しています。
ここまで細かく記載するとは
開業医の減少に対する対策はどうでしょうか。日本の地域医療を支えているの
は、開業医のクリニックです。病院とクリニックの連携がうまく働かないと、中
核病院の負担が増すばかりで、医療資源の効率的利用ができなくなってしまいま
す。
しかし現実を見ると、度重なる診療報酬減額によって立ち行かないクリニック
が増え、2008年度はクリニック数が純減に転じています。これに対する対策はど
うなのでしょうか?
自民党のマニフェストには、分量の関係のせいなのか、記載がありません。診
療報酬をプラスにするのだからそれで十分、という考え方なのかもしれません。
民主党のマニフェストには、「レセプトのオンライン請求を『完全義務化』か
ら『原則化』に改め、過疎地の診療所をはじめとする小規模医療機関の撤退など
に象徴される医療現場の混乱や地域医療の崩壊が起こらないようにします。(中
略)外来管理加算の5分要件に関しては、外来管理に時間要件はなじまないこと
を踏まえ、診療所負担の軽減を図るため撤廃します」と、かなり具体的に記載さ
れています。
小さなクリニックを経営している私としては、「実情をふまえて、ここまで細
かく記載してくれるとは!」と少し驚きを覚えたのでした。
マニフェストの先の姿をイメージできるか
マニフェストはあくまでもマニフェストです。言うまでもなく、その内容がそ
のまま実現されるとは限りません。選挙後に公約が果たされるかどうかは、政治
家や関係省庁の役人たちの努力にかかってきます。
それを念頭に置いて、目標達成ツールとして古典的なケネス・ブランチャード
の「SMART」で両党のマニフェストを評価してみましょう。つまり、 「specific
(具体的)」「measurable(測定可能)」「attainable(達成可能)」
「relevant(適切な関連がある、つま り「つぼ」を押さえている)」
「trackable(追跡可能)」であるかどうかを考えてみるのです。
すると、具体的事象まで取り上げて、数値目標を設定して、現場の実際の課題
に対して納得できる工程表を示してくれているのは民主党の方です。記述 を見
る限りは、抽象的な言い回しに終始している自民党よりは、まだ期待が持てると
いうものです(ただし、私はここで支持政党を表明しているわけではありません
ので、念のため)。
外科手術の場合、手術が成功する様子を具体的にイメージできるようになれば、
実際の手術もうまくできます。それと同じで、マニフェストの先に、再生した医
療現場がイメージできるかどうかが重要だと思います。
私が、医療政策の中で1つだけかなえてほしいことを挙げよと言われたら、日
本医師会のCMでも訴えていたように、過労死寸前の医師たちがいなくなることを
望みます。私にとっては、それを具体的にイメージできるかどうかが、マニフェ
ストを評価する大きなポイントとなるということです。