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Vol.109 震災後設立された在宅診療科

医療ガバナンス学会 (2015年6月4日 06:00)


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南相馬市立総合病院・在宅診療科
根本 剛

2015年6月4日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


東日本大震災前、南相馬市の人口は71,561人で、65歳以上の高齢化率は26%でした。市には5つの病院が存在し、病院勤務医は53名、病院勤務看護師は574人、総病床数は1,329床でした。震災後に大きな人口変動が起こり、一時は10,000人程度に減少しましたが、平成26年9月30日の時点で51,146人に復しました。しかしながら、20~59歳にあたる11,000人あまりの労働人口が避難したために、短期間に高齢化率は33%に上昇しました。病院の勤務医は48人、看護師は372人、総病床数は630床に減少しました(平成26年4月時点)。
震災前、3世代4世代で居住している家族は少なくありませんでしたが、老夫婦と同居していた子供夫婦、孫家族らが避難してしまったために超高齢老夫婦のみとなったご家庭が見受けられます。それはつまり、家族内での介護力の低下を意味します。このため、一旦入院した場合における自宅退院の困難な高齢者が多くなりました。特別養護老人ホームや介護老人保健施設、グループホームは常に満床で、これらの施設に転院させることが実質不可能になりました。退院できない高齢患者で病床が占められ、入院の必要な患者を入院させられない事例が起こっています。

震災前には83人いたケアマネージャーは、33人と半数未満に減少しています(平成25年10月時点)。ケアマネが足りないために、退院予定患者のケアプランが立てられず、高齢者は、より退院の困難な状況に陥っています。行政は医療・福祉関係者の募集をしていますが、応募はみられません。介護士の養成研修を開いても参加者は少なく、短期的な効果はみられません。南相馬市立総合病院では、震災前に230床だった病床数が平成23年11月の時点で110床となり、平成27年3月時点でも152床に留まり、看護師不足により一病棟は閉鎖されたままです。

在宅診療医がいれば、介護不足で退院できない患者も、どうにか退院させられるではないかと考え、私は外科医でしたが、平成24年4月に同僚医師と共に“在宅診療科”を立ち上げました。その後、平成24年3月から一時3人に増えましたが、平成25年11月以降は立ち上げたときの医師が移動し、ふたたび2人の体制で診療を行っています。
在宅診療科の業務は、訪問診療を行うこと以外に他の臨床医と同様に外来、入院、日当直も行っています。見方を変えれば、在宅の患者の病態が悪化して入院した場合にも、主治医が変わらず一貫して治療することができるということです。平成27年1月の時点、当科で在宅診療を行った患者は、延べ114人になりました(居住場所は仮設住宅11人、借り上げ住宅16人、自宅87人)。在宅での看取りも何とかこなしてきました。死亡例は平成24年度が32人、平成25年度が24人、平成26年度(平成27年1月まで)が16人で、この中のそれぞれ13人、16人、6人を在宅で看取りました。

研修体制に目を向けると、当科では、地域研修というかたちで2週間から5週間の研修を行っています。他の地域研修とは一線を画する内容となっており、医療を学ぶというより“地域を学ぶ”ということに重きを置いているからです。
具体的には訪問看護師や訪問リハビリに同行し、その意義と実際をみること、南相馬市社会福祉協議会および包括支援センターで介護の現場や地域のおかれている現状を知ること、障害者の就業支援をしている施設に出向き、彼らの活動の意義を知ること、さらに震災を経てこの地域に新しい産業を興そうと模索している人たちに会い、彼らの思いを知ることなど、多様な研修内容を取り入れています。医療を受ける地域住民の生活を直接見ることができれば、自分が将来どのような医療を目指せば良いのかが見えてくると考えたからです。
上級医は、“よく患者さんを診なさい”と言います。しかしながら、見えるのは病院内での姿で、その人の生活そのものまでを見通せるわけではありません。わずか1ヶ月間ではありますが、地域の人々がどう考え、どのような生活をしているかを見ること、また、在宅での実際の生活の現場を体感することは、これから診療していくうえで大きな意味があると思っています。

在宅診療科の特徴のひとつとして、ミーティングが挙げられます。在宅診療を行っている在宅診療科、神経内科、呼吸器科の医師、在宅診療に関わる事務や院内の社会福祉士が集まって行っています。時には院外からゲストをお呼びし、その方も交えて討論することもあります。医療者のミーティングと聞くと、患者についての治療や今後の方針についての議論を想像されると思いますが、それ以外にも、“南相馬全体”についての議論もなされます。たとえば、仮設住宅でのインフルエンザ感染、高齢男性の孤立、在宅診療に関係する職種の関係作りなどです。ミーティングでの議論をきっかけに生み出された事業があります。

そのひとつが、HOHP(H=ひきこもり・O=お父さん・H=引き寄せ・P=プロジェクトの略)です。高齢男性は、そのプライドやシャイなところから、積極的にコミュニケーション作りに参加することは少なく、引きこもりとなっている方がいます。このため、社会的つながりが薄く、孤立化しやすい状況にありました。「では、どうすればこのような人たちが積極的になり、社会に溶け込めるのだろうか?」という議論から、本事業は始まりました。男性は手作業が好きで、木工などができる場所があれば来てくれるだろうと考え、“男の木工”という企画で始めました。在宅診療科の鈴木良平医師(平成27年3月退職)と神経内科の小鷹昌明医師が中心となって、準備・運営を行っています。地元の建設職人などの指導や場所の提供を受け、他県の工務店などから工具の提供があり、また日野市などからも義援金もいただきました。
平成25年の1月から始まり、ほぼ毎週日曜日の午前中に作業が行われ、現在は主に男性9名、女性2名が参加しています。地域の人たちの声を聞き、必要とされるものを製作してきました。小学校の教壇の足台、歩行者用道路に置かれる花の鉢置き、公共施設におかれるテーブル、公園に置かれるベンチ、施設の看板などです。意外だったのは、コミュニティの創出を考えると、もっとおしゃべりをしたり意見交換をしたりするのが普通なのですが、参加者たちは会話もなく黙々と作業を進めています。でも、これでいいのです。もの作りの喜びがあり、作られたものが人々に役立っているという充実感とやり甲斐さえあれば、活動は成り立つのです。

また、冬期の週末を中心に、看護師や事務の協力をいただきながら仮設住宅におけるインフルエンザワクチン接種を行っています。接種された方の人数は、平成24年949人、平成25年1,012人、平成26年907人となっており、仮設住宅に入居されている約1/6の方が受けられています。

平成28年には避難区域であった小高区も避難解除が予定されています。しかしながら、還ってくる小高区民の健康や生活をサポートする動きもほとんどみえてきません。南相馬市の医療福祉は、例えるなら、開発がまったくできない原野が拡がっているような状態です。私たちにはこの原野に切り開こうとする新しい力を必要としています。経験はなくとも勢いがあり、臆することなく挑戦する若い人材です。立ちはだかる壁は幾重もありますが、私たちとともに打ち破っていくという気概のある方をおおいに募集しています。
在宅診療科を経験したうえで、希望者には亀田総合病院(在宅医療部と疼痛・緩和ケア科)、諏訪中央病院(総合診療科)での研修も受けられるよう準備を進めています。また、震災後多くの負荷を受けてきた住民に、暖かい手を差し伸べられるベテランの医師も必要としています。急激な高齢化が進んだ南相馬に何らかの対応策が見つかれば、20年後の日本の医療に貢献することにもなります。
志のある方は是非一度南相馬に来てください。そして、南相馬の未来を切り拓いてみませんか。

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