我が国で行なわれる定期予防接種は、予防接種法によって対象となる疾病等が規
定されているため、新たな疾病やワクチンを定期接種の対象とするためには予防接
種法の改正が必要となる。
予防接種法の改正は国会で審議されるものであるから、細菌性髄膜炎から子ども
たちを守るワクチンの定期接種化を求めて活動している私にとって、いくつかの
政党が衆議院選挙に向けた発表したマニフェスト・公約の中に、「ヒブワクチン
の定期接種化」を盛り込んだことを、大いに歓迎したいと思う。
ヒブワクチンの定期接種化をマニフェストや公約に位置づけたのは、民主党と日
本共産党の二党で、これら以外の政党は、ヒブワクチンについても細菌性髄膜炎に
ついても、何ら言及していない。
ヒブに次ぐ起因菌となる肺炎球菌については、日本共産党だけが「小児用肺炎球
菌ワクチンの接種に対する公費助成をすすめる」としている。日本共産党は細菌性
髄膜炎を予防するワクチンだけではなく、麻疹についても言及するなど、予防接種
に限って評価すれば、最も充実した内容といえる。
ヒブワクチンの定期接種化を公約として掲げた民主党が政権の座についた場合、
ヒブワクチンの定期接種化は間違いなく実現されるものと期待したいし、公約とし
て掲げた以上は実現されなければならない。
国立病院機構三重病院の神谷齊名誉院長等は、ヒブワクチンの定期接種化のため
の費用は約332億円と試算している。一般財源の規模からみても、財源を理由に実
施を諦めるような金額ではない。
マニフェスト選挙を単なるリップサービス合戦にしないためにも、選挙後、速
やかに定期接種化に向けた取組がなされることが期待される。
民主党、日本共産党が細菌性髄膜炎から子どもたちを守るワクチンについてマニ
フェスト・公約に盛り込んだのに対し、与党の自由民主党、公明党の両党は全く触
れていない。
6月3日、公明党の太田昭宏代表等は、舛添要一厚生労働大臣に会い、細菌性髄
膜炎から子どもたちを守るワクチンの早期定期接種化=ヒブワクチンの定期接種化
と、小児用7価肺炎球菌ワクチンの早期承認、を要請している。その公明党が何ら
言及していないことを奇異に感じた私は、自由民主党、公明党の両
党に「党として
『細菌性髄膜炎から子どもたちを守るワクチンの定期接種化』を公
約として掲げて
いただけるのか、それとも重点政策として位置づけられないのか、
伺いたい」と質
問書を送付した。
これに対し公明党からは、「党として従前より重点政策としており、そのことに
変わりはない。マニフェストに記載は無いが、党の公約として位置づけている」と
の回答があった。
重点政策であり公約として位置づけているのなら、マニフェストに書き込めばよ
かったのにと思わなくも無いが、公明党の公式な見解として回答いただけたので、
公明党も細菌性髄膜炎から子どもたちを守るワクチンの定期接種化を公約としてい
ると理解する。
本来ならマニフェストを訂正し、きちんと明文化すべきなのであろうが、民主党
がマニフェストを修正したことについて与党は激しく批判したこともあり、自らマ
ニフェストを修正することは無理なのであろう。
しかしながらマニフェストが有権者に対し、自らの投票行動の判断材料として政
策を訴えるツールである以上、重点政策が盛り込まれないなどということはあるべ
きではない。なぜマニフェストに反映されなかったのか、公明党は内部検証すべき
だろう。
なお、自由民主党からは、何ら回答は寄せられていない。
以上、細菌性髄膜炎から子どもたちを守るワクチンの定期接種化についてマニフ
ェスト・公約にどのように位置づけられているのかを見てきたが、もう一段、広い
視点で「ワクチン・ギャップ」について見てみると、どの党のマニフェスト・公約
も、根本的な問題点の改善には触れていないと言わざるを得ない。ワクチン・ギャ
ップの解消には、ワクチンの早期承認だけではなく、薬事法承認後の運用の問題に
手を付けなければならない。
運用の改善のためには、任意接種と定期接種の位置づけの整理や、どのような
基準で定期接種化を判断するのかという指針の明確化、疾病の全数把握や副作用情
報の収集と速やかな対応の実現、副作用への無過失補償制度の充実、そして医薬
食品局(承認)、健康局(定期接種)、PMDA(審査、副作用救済)、感染研(
疾病のサーベイランス)と細分化されている組織・所轄の見直しと日本版ACIPとい
うべき司令塔機能の構築など、大掛かりな対応が必要となる。
そしてこのような取り組みこそ、まさに時の政権が向き合うべき課題であろう。
そのような視点は、残念ながらいずれの党のマニフェスト・公約にも記されてい
ない。最も充実しているように思われる日本共産党の公約であっても、あくまでも
「定期接種化」「公費助成」という個別の案件への対応に終始している。
子宮頸がんを予防するヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンについては、自
由民主党、公明党、民主党、日本共産党のいずれもが、何らかの形で言及している。
これは「がん対策基本法」が制定されていることが大きいといえよう。事実、HPV
ワクチンにかかる記述は、「がん対策の充実」といった括りで記されている。
マニフェスト・公約におけるHPVワクチンと細菌性髄膜炎から子どもたちを守る
ワクチンの位置づけの違いをみると、予防接種法や感染症法といった個別法だけで
はなく、感染症対策やVPDから子どもたちを守るための基本法の制定が必要なので
はないかと思えてくる。
もちろん、基本法に拘るわけではなく、小児保健法がそのような役割を発揮でき
るのならそれでも良いかもしれない。
いずれにしても、子どもたちを、そして国民を感染症の危機から守るために、い
かにワクチンを接種していくのか、そのために国家的施策として何が必要なのか、
といった観点がマニ
フェスト・公約に盛り込まれるようにならなければ、ワクチン
・ギャップを解消し、「ワクチン後進国」との汚名を返上することはおぼつかない
であろう。
民主党・日本共産党のマニフェスト・公約に細菌性髄膜炎から子どもたちを守る
ワクチンの定期接種化が明記されたこと、公明党が公約として位置づけていること
を画期的なことと高く評価するとともに、より大きな視野から「ワクチン・ギャップ」
の解消を目指す視点をもってほしいと各政党に強く望みたい。
※社民党、国民新党、幸福実現党は、上記で言及したワクチンについては、各党の
マニフェストにおいて何も触れていない。