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臨時 vol 231 「先進国並みの医薬品・ワクチンを使いたいですか?」

医療ガバナンス学会 (2009年9月7日 08:15)


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       ~副作用被害補償と訴訟の選択権を考える~
          厚生労働省大臣政策室 政策官 村重直子
 ※厚生労働省の公式見解ではなく、一人の医師としての見解です。

【新型インフルエンザワクチン、まずは量の確保を】

新型インフルエンザの重症化予防や死亡者数を減少させる可能性をもつ方法として、ワクチンに大きな期待が集まっています。スペイン風邪などの過去の新型インフルエンザと、今回の新型インフルエンザが決定的に異なるのは、ワクチンという医学の進歩の恩恵を受けられる可能性がある点です。先進諸国は競ってワクチンを確保しようとしています。ワクチンを接種するか否かの判断が、最後は国民一人ひとりに委ねられるとしても、まず国として確保しておかなければ、接種するかどうかの選択もできません。政府の役割として、全国民分のワクチン確保を目指すべきと考えるのが、国民の命を預かる公衆衛生の基本です。予算や生産量など現実の制約から、全国民分は不可能かもしれませんが、できる限りたくさん用意すべきなのです。ところが日本は、公衆衛生を担うはずの厚労省の医系技官が勉強不足であるために、この基本方針すら定まっていません。国内メーカーの生産量では最大1700万人分しかなく、全国民1億2700万人の1割強しかカバーできないのですから、当然、輸入するしかないにもかかわらず、医系技官は、国内の小さなメーカーとの護送船団方式を守ることに執心しているかのようです。医系技官は、輸入見込み分も合計して5300万人分(国民の4割強)必要と発表しましたが、この数字の根拠は、なんと、妊婦など推定されるハイリスク者の人数を積み上げた数字だというのです。これでは医系技官は専門家とは言えず、存在意義を問われても仕方ありません。

医系技官の抵抗を押し切って、舛添要一厚生労働大臣の英断が下りました。829日、遊説先の愛知県豊橋市で、「6000万人から7000万人分のワクチンは確保できると思う。」と発言し、国民のほぼ5割分を確保できる見通しとなりました。

 

【ワクチンのリスクとベネフィット】

まずは量を確保する一方で、副作用のない薬やワクチンはないのですから、新型インフルエンザのワクチンにも副作用リスクがあることを考えなければなりません。それでも、新型インフルエンザで死亡する確率のほうが、ワクチン接種後に命に関わる副作用が起こる極めて稀なリスクより、ずっと大きいだろう、つまりベネフィットの方が大きいと見込まれるから、世界中の専門家たちがワクチン確保に躍起となっているのです。もちろん、新型インフルエンザの致死率や、ワクチンの治験データなど、今後も新たな情報が次々出てくるでしょうから、ワクチン接種を受けるのが良いかどうか、あるいは接種の優先順位について、状況に応じて臨機応変に対応する必要があります。国民一人ひとりの判断材料や心の準備のためにも、十分な情報公開と、オープンな議論を続けることが重要です。

 

新型インフルエンザワクチンが、季節性インフルエンザワクチンと全く同じ副作用を起こすかどうかわかりませんが、季節性インフルエンザワクチンでは、ワクチン接種と因果関係が否定できないとされたケースは毎年2~5人(1)のようですし、接種によって接種者100万人に12人のギラン・バレー症候群患者を増加させる程度です(2)。添付文書にはギラン・バレー症候群や急性散在性脳脊髄炎(ADEM)という神経系の病気が記載されていますが、このような重篤な副作用は極めて稀ですから、経験する人の数は少ないでしょう。しかし、人数が少ないからと言って、社会が見捨ててよいのでしょうか。

これまで、様々な薬害やワクチン禍を経験してきたのは、日本だけではありません。諸外国でも様々な薬害やワクチン禍を経験し、国民が喧々諤々の議論をして、国民みんながみんなのために接種するワクチンの副作用リスクを、社会全体で受け止める仕組みを整えてきました。

 

【フランスの無過失補償+免責制度】

 フランスでも、2002年以前は、患者が補償される権利は、医療側の過失がある場合だけでした。保険会社が交渉権をもち、保険会社と患者の間で合意に至った場合や、裁判で賠償責任が確定した場合に支払われたのです。しかしこれでは、公立病院と私立病院の賠償金額の違い、南仏と北仏の金額の違い(約4倍)、金持ちほど高い賠償金を得られるなど、賠償金額に大きな差があり、問題とされていました。例外的に、ワクチンと輸血によるエイズには、無過失でも政府が支払っていました。

 新たな無過失補償+免責制度設立の背景には、補償される権利を求めた被害者団体の活動があったといいます。従来の制度における患者の権利は今後もありますが、さらに無過失の場合でも、国民全体がコストを負担する義務を負うことによって、補償される患者の権利を認めるという、新しい概念による制度が設立されたのです。これによって、患者の選択肢が増えました。

 補償基金が、裁判所が提示する賠償金額と同じかわずかに低い補償金額を患者に提示し、患者はこれを受け取るか否か選択することができます。補償金を受け取る場合には、同じ被害について訴訟しないという補償基金との契約書にサインします。補償金を受け取ったら訴訟できない点が、免責と呼ばれる制度です。患者は補償基金が提示した補償金受け取りを拒否した場合は、訴訟を起こすことができますが、訴訟では、患者が訴訟費用や弁護士費用を負担しなければならず、裁判によって数年かかって得られる賠償金額は、補償基金が提示した補償金額と同等か少ない金額(時にはゼロ)となります。一方、補償基金の補償を受け取る手続きは、わずか1年程度です。弁護士を雇う必要はありませんし、医学専門家へは補償基金が支払うので、患者にとっては完全に無料で利用できる制度です。このような仕組みによって、9095%の患者が、裁判よりも補償基金の補償を選択しているそうです。

 補償基金は、医薬品やワクチンの副作用も含む医療事故全般のうち、障害が大きいものを対象としています。ただし、定期接種のワクチン(例:子供のワクチン、医療関係者のB型肝炎ワクチン)については、補償基金の責任で、障害の大小に関わらず、すべての障害(例:B型肝炎ワクチン後の多発性硬化症)を補償します。また、新型インフルエンザのような公衆衛生上の危機において、厚生省が多くの国民にワクチン接種する方針(マスワクチネーション)を決めた場合も、補償基金がすべての障害を補償します。

 補償基金の財源は、毎年国会審議を経て決まる税金で賄われています。

 

【アメリカの無過失補償+免責制度】

 アメリカには2種類の無過失補償+免責制度があります。ひとつは、1988年に設立された、通常の医療におけるワクチンの副作用に関する制度で、この補償を受けるか、訴訟するか、自らの判断で選択できる点は、フランスの制度と同様です。この補償を受けた場合は訴訟を起こすことはできません。財源は、対象となるワクチン一本あたり75セントの税金による基金です。

 もうひとつは、2006年から施行されている、公衆衛生上の危機に関する制度で、バイオテロを主眼に置いているようです。厚生省長官が公衆衛生上の危機と宣言したものへのテロ対策やワクチン等について、故意を除く不法行為責任が免責されます。免責の対象は、製造者、配布者、計画者(地方政府等)、医療関係者等、連邦政府など、対策に関わるほぼすべての人々です。既に、炭そ菌対策、ボツリヌス中毒対策、天然痘対策などが対象となっており、インフルエンザ関連でも、H5N1ワクチンを始めとして、H7H9H2H6H1N1ワクチン、H1N1パンデミックウイルス対策、診断機器、個人防護具などが、この法に追加されています。補償制度もあり、医療費自己負担分の補償、失業補償、死亡保障などが支払われますが、厚生省は最後の支払い者なので、民間保険などの第三者による支払い分を差し引いた額となります。おそらくまだ実例がないからでしょう、財源はまだ国会を通過していないようですが、申請は1年以内にしなければならないこととなっています。

 

【グローバルメーカーから見た日本とは】

 一方、日本は免責制度について国民的議論をしてきませんでした。ワクチンの無過失補償制度(3)はありますが、補償金を受け取って、さらに訴訟を提起することができるのです。一部には、受け取った補償金を弁護士費用の資金とすることができ、むしろ訴訟リスクが高まることを危惧する声もあります。副作用がゼロにはならないのですから、このような制度では、今後も薬害訴訟が繰り返されると考えるのが自然です。

 

 この日本の環境を、グローバルメーカーの立場から見ると、日本にワクチンを売ることは、薬害訴訟を受けるリスクが高いのです。日本の薬害訴訟の歴史を見れば、メーカー側が敗訴すると予測するでしょう。一度、訴訟になれば、ほぼ青天井の金銭的ダメージと、風評被害から何年も立ち直れないという、あまりに大きなダメージを負うことになります。メーカーが、そんなリスクを冒してまで、わざわざ日本に売りたいとは思わないでしょう。新型インフルエンザの現在の状況では、他の先進国へいくらでも売れるのです。

 

新型インフルエンザに限らず、海外で使われている医薬品が日本にはなかなか導入されないというドラッグラグ・ワクチンラグの問題は、日本に免責制度がないことが、ひとつの大きなボトルネックとなっているのは間違いないでしょう。他にも様々な要因はありますが、国境がないも同然のグローバルメーカーにとって、日本で販売することは、免責制度が整った国で販売するよりも、薬害訴訟のリスクが高いため、積極的に日本に導入しようとは考えないのでしょう。

 

その結果、日本国民は、人類が手にした医学の進歩の恩恵にあずかることができないのです。国民全体として、先進国並みの恩恵を受けたいのなら、その一方で少数ながら必ず発生してしまう副作用を受けた人々を、国民全体として受け止める覚悟があるのかどうか。副作用を受けた人々を支える観点から、現状の補償金額は十分といえるのか。そのコストを誰がどう分担するのか。十分な補償金を受け取ったら訴訟しないという約束は、社会全体のバランスや国民のベネフィットも考えて、日本国民のコンセンサスを得られるのか。国民一人ひとりが考え、議論しなければ乗り越えられない課題なのです。

 

【新たな歴史を作る展開へ】

薬害訴訟を受けてきた厚生労働省の歴代大臣も官僚も、免責制度に言及するのは恐ろしくて、あるいは実現するはずがないと決めつけて、長年、避けてきました。ところが826日、状況が一変しました。舛添大臣が、「新型インフルエンザワクチンに関する厚生労働大臣と有識者等との意見交換会」で自ら直接、議論に加わった末、「感染症法と予防接種法の改正をやりたい。免責条項と補償も入れる。」と発言したのです。日本の医療の構造を大きく変える、この発言の持つ意義がどんなに大きいか、もうおわかりいただけるでしょう。

免責制度について、日本でも堂々とオープンに議論できる環境がようやく整いました。様々な立場の方々から、もっともっと多くのデータや情報など、国民が議論し判断する材料をオープンにしていただきたいと願っております。そして、一人でも多くの方に、自分や家族の身近な問題として考え、声を上げていただくきっかけとなれば幸いです。

 

【参考文献】

(1)2009827日 厚労省 新型インフルエンザワクチンに関する意見交換会配布資料。インフルエンザワクチンによる副作用について。ワクチン接種と因果関係が否定できないとされたもの。http://www.mhlw.go.jp/kinkyu/kenkou/influenza/dl/infu090828-01.pdf 

 

(2)小鷹昌明・結城伸泰:インフルエンザワクチン接種後のGuillain-Barre症候群;神経内科、602:144-1482004

 

(3)2009827日 厚労省 新型インフルエンザワクチンに関する意見交換会配布資料。公的関与の種別・有無の背景における予防接種の比較表。http://www.mhlw.go.jp/kinkyu/kenkou/influenza/dl/infu090828-03.pdf 

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