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臨時 vol 241 「院内事故調査委員会」についての論点と考え方

医療ガバナンス学会 (2009年9月12日 10:30)


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      ▽ 「院内事故調査委員会」についての論点と考え方 ▽
              虎の門病院泌尿器科  小松秀樹
              井上法律事務所    井上清成
「本稿は『週刊 医学のあゆみ』Vol.230 No.4(2009年7月25日号)に掲載された
ものです」
サマリー:
 院内事故調査委員会は法と医療の矛盾が表れる場所である.このため,ときに
委員会そのものが,二次的紛争を惹起する.本来,院内事故調査委員会は,当該
病院内部の医療事故や有害事象についての科学的認識をめぐる自律性の確立と機
能の向上を理念とすべきである.考え方の基本を,過去の規範の実現をめざす法
ではなく,実情の認識に基づき自ら学習して知識や技術を進歩させて問題に対応
する医療に置くべきである.自らの拠って立つ基盤が確立されると,外部からの
働きかけへの対応が安定し,院内事故調査委員会をめぐる混乱の解消につながる.
本稿では,院内事故調査委員会をめぐって実際に生じた問題を踏まえつつ,論点
と考え方を整理した.今後も,想定されていない新たな問題が生じる可能性があ
る.院内事故調査委員会の活動は,実情をしっかり踏まえて,結果として社会に
もたらす影響を,社会の多数の構成員にとって好ましいものにすることをめざす
べきである.
——————————————————————————
 多くの病院で,院内事故調査委員会が開かれている.議論の性質上,秘密保持
の必要があるため,その実態は明らかでない.法律知識の乏しい医療提供者が,
危うい議論をしている可能性がある.院内事故調査委員会は法と医療の矛盾が表
れる場所であり,ときに院内事故調査委員会そのものが問題を惹き起こす.
 例えば,福島県立大野病院事件では,県が遺族に賠償金を支払うことを可能に
するために,県の事故調査委員会が執刀医の過失を認定し(1),刑事事件化を招
いた(2).東京女子医大事件では,当該医療の専門家が関与していない院内事故
調査委員会が作成した報告書が,”冤罪事件”の契機となった(2-4】).この事
件では,東京女子医大と調査委員会の委員が,無罪になった医師から損害賠償を
求められた.
 本稿では,過去に院内事故調査委員会をめぐって実際に生じた問題を踏まえつ
つ,論点と考え方を整理した.
■法と医療の考え方の違い(5)
 法は過去の規範で未来をしばる.問題が生じたとき,過去の規範にあわせて,
相手に変われと命ずる.しかし,医療は未来に向かって変化し続ける.問題が生
じたとき,実情を認識し,自ら学習して知識や技術を拡大させて実情に対応する.
別の表現をすれば,法は理念からの演繹を,医療は実情からの帰納を基本構造と
している.
 医学論文における正しさは研究の対象と方法に依存している.仮説的であり,
暫定的である.この故に議論や研究が続く.新たな知見が加わり,進歩がある.
医学では今日正しいことが,明日正しいとは限らない.法的評価は,医療を過去
に固定し,進歩を阻害する.
■院内事故調査委員会の理念
 理念 「当該医療機関及びその医療従事者の医療事故や有害事象についての科
学的認識をめぐる自律性の確立と機能の向上」
 病院というシステムの機能を向上させることが目的ならば,外部と内部の区別
を明確にする必要がある.システムは機能を発揮するために,内部で独自に作動
し,外部は環境としてこれに影響を与える(6).システムの内部では,機能に伴っ
て責任が生じる.システムの境界は”責任境界”でもある.外部委員を招聘する
場合,必然的にその意義は内部委員とは異なる.外部委員が,当該病院の医療と
病院の存続に対し,内部委員と同様の責任を持つことは実際上ありえない.院内
事故調査委員会が,病院の存続を脅かしかねないことを認識しておく必要がある.
■院内事故調査委員会の目的
 (1) 医療事故の医学的観点からの事実経過の記載と原因分析
 原因分析にしても原因究明にしても原因を確定することではない.認定できる
場合に限り,無理のない限度で認定するに過ぎない.
 (2) 再発防止
 最もポピュラーな目的であるが,むしろ院内事故調査委員会ではなく,安全推
進委員会の役割とすることもありうる.(3)以下の二次的な目的と矛盾なく両
立することもあるが,両立できないことも多い.
 人間が,疲れやすく,過ちを犯しやすいという性質を持つことを前提に,労働
環境,システムの改善を図る.議論の焦点は,個人の能力ではなく,環境,シス
テム,プロセスの改善である.個人の責任追及より,システムの問題として扱う
方が,結果として,医療安全を向上させる.
 (3) 紛争対応
 紛争化防止が主体となる.(1)の結果に基づき,事故について正確に丁寧に
説明する.説明に際して,事実の認識と推測を区別する.死亡事故など健康被害
が大きい場合,家族が肉親の不幸を受け入れ冷静に事態を認識できるようになる
まで時間がかかる.感情面に配慮しつつ説明に時間をかける.
 院内事故調査委員会で患者への説明内容や補償の可否を決定するかどうか,一
律に決めておく必要はない.病院によって,あるいは事例によって自律的に決め
ればよい.多くの病院では,(1)の結果に基づいて,管理者の指示の下に,担
当者が対応しているのが実情だと推測する.
 (4) 過失の認定
 院内事故調査委員会で,法的意味での過失の認定を行うべきではない.過失の
有無の法的評価を,医療の内部に持ち込むと,法的評価の積み重ねが医療を固定
化し,進歩を阻害する.法的評価と受け取られかねない判断を残さないためには,
細心の注意が必要である.これは人間のエラーやシステムの不備について議論し
ないということではない.エラーを労働環境やシステムなどの背景を含めて議論
する.
 安全のためには,あらゆる可能性が議論されなければならない.過失の認定は
個人の責任追及につながる.関係者が自分に不利になる議論を避けると,必要な
議論まで抑
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