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臨時 vol 245 「今こそ、日本版ACIP設置に着手すべき」

医療ガバナンス学会 (2009年9月13日 13:39)


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細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会
事務局長
高畑紀一

7月11日に大阪府庁で行なわれた近畿地方の知事や市長と舛添要一厚生労働大臣の意見交換会で、舛添大臣は新型インフルエンザワクチンを輸入する方針を明らかにし、7月中には結論を出すとしていた。

それから既に2ヶ月あまりが経過したが、未だワクチンの輸入契約は締結されていない。この間の議論や厚生労働省の対応をみるにつけ、日本にも米国のACIP(Advisory Committee for Immunization Practices))のような組織が必要だと痛切に感じる。

ACIPは政府外の独立した諮問委員会で定期的に開催され、その議論は公開されており、医療従事者のみならず患者会や一般の国民もオブザーバーとして参加することができる。
そこで科学的根拠に基づいた指針の提示、予防接種政策の評価と改定、ワクチンの品質・安全性のモニタリングなどを行い、CDC(Centers for Disease Control and Prevention)やHHS(Department of Health and Human Services)に対し、助言を行なっている。
ACIPの助言は衆目のもとで議論され導き出された結論であり、CDCもHHSもその助言は尊重していると聞く。
重要なのは「政府からの独立」と「情報公開」である。この二つが担保されているからこそ、米国民はその助言に沿った政府のワクチン政策に信頼をおくことができ、国民的なコンセンサスを得ることが可能となっている。

一方、我が国の場合はACIPに相当する組織はない。現在進行形で進められている新型インフルエンザ対策のひとつとして「新型インフルエンザワクチンに関する意見交換会」が開かれているが、ACIPとは程遠いのが現状である。
確かに参加している専門家の先生方は、知りうる限りの情報をもとに適切な意見を述べられていると思うし、患者会の代表の方なども、現実に沿った患者・国民の声を代弁していると感じられる。
しかしACIPとは異なり、意見交換会はあくまでも政府主導で開催されているものであり、会として助言などをまとめる権限はなく、出された意見などを取捨し施策に反映させるか否かは官僚に委ねられている。
そのため、意見交換会での議論とは関係なく施策が推し進められており、新型インフルエンザワクチンは任意接種の扱いとすることやワクチンの価格にかかる情報などがメディアを通じて既成事実化され、一方で複数の参加者から出された免責については厚労省内の議論の内容も進展度合いも報告されず、副作用被害に対する補償制度の充実についても「検討中」と述べるに留まるなど、この間の貴重な意見が反映されているとは言いがたい状況になっている。
岩田健太郎神戸大教授が「意見を聞きましたというアリバイづくりにされるのでないか」との懸念を示すのも当然であろう。
副作用被害救済や免責については、意見交換会を開き様々な立場からダイレクトに意見徴収している厚労省よりも、民主党が無過失補償制度の立法化に向けて速やかな対応を見せているという、逆転現象すら生じている。

また、情報公開も極めて不十分であり、ワクチン輸入にかかる情報については「メーカーと交渉中」を理由に、メーカー名すら明かそうとしない。
製造メーカーは複数あり、また同一のメーカーであっても製造方法が異なったりアジュバンドを使用するもの、しないものの等、複数のワクチンを開発しているものもあるなど、「輸入ワクチン」として一括りに議論することは適切ではない。
9月9日に開かれた意見交換会で「7月30日の会合では、ワクチン輸入をするかどうか契約のギリギリという説明を上田局長から受けた。それからもう5週間経っているが交渉はどうなっているか。非公開だと言いつつも、相手の会社がどこなのかは既に公開されているに等しいのだから、言える範囲で教えてほしい。それと本当に輸入は間に合うのか。仮契約が切れているという噂すら耳にしている。もう少し契約状況を詳しく教えてほしい」と森兼啓太東北大学大学院講師が詰め寄っているが、厚生労働省から意見を求められ意見交換会に招待されている専門家に対してすら、必要最低限の情報提供すら行なわれていない現状で、政策決定に資する議論を行なえるとは思えない、

一方で、民主党のヒアリングでは厚生労働省結核感染症課の福島靖正課長が「肺炎球菌ワクチンについては、国内で承認されているものは非常に副作用が強い」と根拠なき「輸入ワクチンは危険」というプロパガンダを展開したのを皮切りに、「国産ワクチンは安全、輸入ワクチンは危険」と受け取られかねない発言が厚労省の医系技官等から繰り返し出されている。
9日の意見交換会では田代眞人国立感染症研究所インフルエンザウイルス研究センター長までもが、「10mlのバイアルで1回接種なら6000万人分になり、優先接種対象者の5400万人分を輸入しなくても賄える可能性もあると思う」と発言、20人分相当の10mlバイアルという規格の是非も、1回接種を前提とする試算の妥当性も、そもそも優先接種対象者文だけ確保すればよいのかどうかという政策的判断もそっちのけで、「ワクチンを輸入しなくても大丈夫」とも聞き取れる「自説」を展開した。
これには傍聴していた民主党の蓮舫参議院議員が「ワクチンの輸入ありきで進められてしまった。10mlバイアルで製造して1回接種ならば国産で6000万人分になるなんて話は聞いてない。政調会長に報告する」と憤ったそうだが、この発言も裏を返せば、「国産ワクチンは安全、輸入ワクチンは危険」という刷り込みがあってのものと言えるのではないだろうか。
田代氏の「自説」の前提は「10mlバイアル(当然、20名分をとして無駄なく使うという前提)」で、全ての接種対象者が1回接種で十分に抗体を獲得できるという、この間、その妥当性も明らかにされておらずに議論もされていない条件設定によるものである。このような具体的施策として採用するのは論拠の乏しい前提条件には引っかかりを感じず、ワクチンの輸入に対して過敏に反応する様子をみると、厚生労働省のプロパガンダが功を奏しているものと思われる。もちろん、決して望ましい「功」ではない。

大臣が7月中に結論を出すとし、専門家をはじめ多方面の関係者が真摯な姿勢で意見を述べ議論を積み重ねても、厚労省が情報を公開せず、根拠不明なプロパガンダを展開し、政治家までもが翻弄され、結果として9月になっても結論に至っていない現状をみるにつけ、我が国にACIPのような組織がないことが悔やまれてならない。

ACIPが無いことで混乱を期待しているのは、新型インフルエンザワクチン輸入問題だけに留まらない。供給不足が続いているヒブワクチンだが、メーカーが増産体制を整えつつあり、年明けごろから徐々に輸入量が増える見通しとなっている。
そこで問題となるのが、接種開始から1年を経過し、1歳児の追加接種を迎える子どもたちが生じるということへの対応で、輸入量が増えるとはいえ全ての接種希望者にワクチンが行き届かないことには変わりがなく、それゆえ増加する輸入分について追加接種に使用すべきなのか、追加接種を遅らせても新規の希望者に接種すべきなのかという判断が求められてくる。
新規患者を優先するにせよ追加接種を確実に行なうにせよ、接種を待ってもらう希望者に対し納得がいくような説明を接種現場では行なわなければならない。
8月30日に開かれた日本外来小児科学会の特別シンポジウムにおいてこの件が議論されのだが、参加した私が感じたのは、広く納得を得る説明を行うためにはCDCのだすレコメンドのようなものを厚生労働省が出すべきではないかということであった。
ワクチンによる疾病予防は、感染症から国民を守り、公衆衛生と国民の健康を保つための国策に他ならない。その国策に必要なワクチンが供給不足に陥っている状態で何らかの接種の優先順位付けを行なわなければならないのなら、それは政府が医療従事者のみならず国民に対し、接種の方針についてレコメンドすべきである。
そしてその方針は、あらゆる立場の人間が知ることができる情報と議論に基づき定められるべきであり、その組織としてACIPのような組織が適しているであろう。

今後、日本への導入が期待されるHPV(ヒトパピローマウイルス)ワクチンの接種においては、何歳の時点で、どの診療科で接種すべきなのかという議論が必要となるだろうし、接種の必要性や子宮頸がんとヒトパピローマウイルス感染への理解を深めるためにも、教育現場での啓発も必要となるかもしれない。
現在の厚生労働省という枠組みには収まらない範囲に及び、関係する専門家も小児、感染症、婦人、悪性腫瘍と多岐に渡る。保護者の理解ももちろん必要だ。
また、同じく導入が望まれているPCV7(小児用7価肺炎球菌ワクチン)は、混合ワクチン化が困難であり、しかし接種スケジュールとしてはDPT+ヒブと同時となることから、3本のワクチンを一度に接種するという状況を迎えることになる。
このこと自体への保護者・理解も必要となるし、PCV7の接種を推奨するために、他のワクチンの混合ワクチン化を検討するという状況も生じるであろう。
PCV7により予防が期待される疾病も細菌性髄膜炎を筆頭に、市中肺炎や中耳炎等、複数の診療科にまたがるものであり、HPVワクチンと同様に、ステークホルダーは多岐に渡る。
これら導入が期待されるワクチンの普及においても、厚生労働省がその都度専門家を集めて意見を徴収し、官僚主導で政策決定する現在の枠組みでは到底対応しきれないことは予想に難くない。

ワクチンによる予防は感染症対策の大きな手段の一つであり、国家的施策である。そして、新型インフルエンザのような新たな脅威に対しては迅速な意思決定が求められ、HPVワクチンでは縦割りの政府組織の連携が求められ、PCV7では多岐に渡るステークホルダーの参画と、同時接種の負担を軽減する混合ワクチンの導入が求められる。
新型インフルエンザ対策では、情報公開も不十分であり、官僚により真意の見えないプロパガンダが展開され、結果として意思決定が大幅に遅れるなど、国民の生命を守る体制にはほど遠いことが明らかとなった。
何より、そのプロセスの不明朗さと混乱から、どのような方針が打ち出されたとしても国民的な合意というレベルには達しないであろうし、その方針に対する国民の不信も、一定程度は避けられないであろう。
これらの反省を踏まえ、新政権には政府から独立し情報がきちんと開示される「日本版ACIP」の設立に早急に着手してほしいと願うものである。

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