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臨時 vol 246 死者数を増やすのは医系技官かウイルスか?

医療ガバナンス学会 (2009年9月14日 08:41)


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厚生労働省大臣政策室 政策官
村重直子
※厚生労働省の公式見解ではなく、一人の医師としての見解です。

 

【医療崩壊の日本を襲う新型インフルエンザ】
医療費抑制政策を30年近くも続けてきた日本では、極度の人件費削減により、患者のたらい回しが起こるほど、医師不足など現場の人手不足は深刻です。米国MD Andersonがんセンターと愛知県がんセンターは、ほぼ同じ規模と機能をもちますが、それぞれの全職員数は100床当たり3,125人と186人で、実に17倍の違いがあります(1)。大まかにいえば、日本の医療者1人で、米国の医療者の17人分働いているのです。このような状態で、例えば、救命救急センターに救急車で運ばれる患者が3人から4人になるだけでも、33%の負担増ですから、あっという間に次の患者を受け入れられなくなります。普段から、毎日が非常事態のような状況なのです。
そこへ、新型インフルエンザ流行のピークが来れば、多数の患者が発生します。そのほとんどは自然治癒しますが、もし、その軽症患者が医療機関へ押し寄せたら、医療機能が破たんするのは明白です。重症患者が病院へ行っても医療を受けられず、命を落とすことになります。ですから、重症患者の命を守るということは、病院を守ることなのです。

【米国の新型インフルエンザ対策の目的】
米国疾病予防管理センター(CDC)の計画には、学校閉鎖等の対策の目的として、病院負担のピークを抑制することがはっきりと掲げられ、次のような記載があります。
「深刻なパンデミックは、米国の急性期医療サービスを圧倒し、米国医療システムへの挑戦となるだろう。可能な限り多くの命を救うために、医療システムの機能を維持し、可能な限り最良のケアを提供することが必要不可欠である。集中治療室や人工呼吸器を含め、推測されるピーク時の医療ニーズは、現存の物的資源と人的資源(医師・看護師)を大きく上回るだろう。従って、最も賢明な対策は、医療のキャパシティをできるだけ増やすことと、疾患の広がりを制限することによって予想される医療ニーズを減らすことである。」
ピーク時には、医療ニーズが医療機関の物的・人的資源を大きく上回ると予想されますが、それでも、患者が爆発的に増えて医療機関がパンクし、重症患者が通常の医療を受けられずに死亡するケースをできるだけ減らそうという発想から、患者数のピークを抑制するために、学校閉鎖などが行われています。

【日本の新型インフルエンザ対策の目的は?】
翻って、日本の新型インフルエンザ対策は、目的が定まらず、ブレ続けてきました。公衆衛生の専門家であるはずの医系技官が勉強不足のために、何を目的として対策を行っているのか理解していないからです。医系技官というのは、医師免許を持つキャリア官僚ですが、終身雇用や2年毎のローテーションシステムの中で、公衆衛生の専門性さえ失ってしまった集団としか言いようがありません。
医系技官がこの春から行ってきたことは、ただでさえ人手の足りない現場へ、読むだけでも大変な180以上もの事務連絡や通知を出し、朝令暮改のサーベイランスのために報告させるなど、医療機関に多大な負担を強いてきました。一方で、学校閉鎖してまで医療機関の負担を減らそうとしているはずなのに、他方で、厚労省の医系技官が、医療機関の負担を増やしてきたことは、本末転倒と言わざるを得ません。
9月1日、厚労省職員に対して、新型インフルエンザに関する留意点が配布されました。驚くべきことに、次の記載があります。「インフルエンザ様症状(発熱、咽頭痛、咳、鼻水など)を自覚した際は、早めに医療機関を受診しましょう。」「同居する家族等がインフルエンザ様症状を催した際も、早めに医療機関を受診するようにしましょう。」これではまるで、医療機関をパンクさせ、重症患者を死に追いやりましょうと、医系技官が呼びかけているも同然です。

【新型インフルエンザワクチンは誰がうつ?】
さらに大きな責任と負担を、医系技官は医療機関へ負わせようとしています。9月8日、厚労省は都道府県への説明会で、ワクチン接種体制について説明し、都道府県から市町村へ同じ内容の説明を始めるように促しました。まるで、9月16日から新政権が動き始める前に、既成事実を作ろうと焦っているかのようです。
その内容は、厚労省が医療機関と委託契約して、医療機関が新型インフルエンザワクチンを接種するというものですが、次のような懸念があります。
1. 法定接種ではなく任意接種なので、仮に重篤な副作用が発生した場合、免責制度(2)のない現状において、訴訟の対象となるのは、国ではなく、接種した医師たちです。
2. 新型インフルエンザにかかっていない人々が、具合の悪い人々が集まる医療機関に集中し、感染拡大するでしょう。医療機関というのは、最も感染リスクの高い場所なのです。
3. 大勢の健康なはずの人々が医療機関に押し寄せ、医療機関の負担が増えます。本当に医療を必要とする重症患者に対する医療が手薄になり、命の危険にさらされる可能性があります。
4. 厚労省との委託契約によって、医療機関の事務作業の負担が増えます。簡単に想定されるだけでも、次のようなことが考えられます。1)接種対象となる「医療従事者」と「基礎疾患を有する者」の人数把握・報告、2)医師会を通じた厚労省との委託契約、3)卸売業者からのワクチン購入、4)一人ひとりが厚労省の定めた接種対象者(妊婦等)であることを、保険証や他の医師の証明書等によって確認、5)一人ひとりがどのロット(国内産・外国産等)のワクチン接種を何回受けたかの記録保管・証明、6)厚労省への副作用報告(薬事法に基づく報告と、今後新たに制定される報告の2通り)、7)接種した人数を都道府県へ報告、8)ワクチン在庫本数を都道府県へ報告、9)ワクチン必要量を都道府県へ報告。
各医療機関ではワクチンがいつどれだけ供給されるかわららず、かつ何人の人がワクチン接種に来るかもわかりません。従ってワクチン供給量が限られている現状ではワクチン在庫不足に悩まされることになります。ワクチン接種の事前予約や、ワクチンを受けたい人に状況を説明するという負担までが医療機関にふりかかるのです。

本来、患者への医療に専念してもらわねばならない医療機関に、これほどの責任と負担を負わせるのでは、新型インフルエンザ対策とは、医系技官による人災なのか、ウイルスによる天災なのか、わからなくなります。医療は医療機関が主体的に担い、ワクチンは行政が主体的に担うという役割分担が必要でしょう。ワクチンに関して国の役割として行うべきことは、主に、無過失補償と免責制度の議論を進めて(2)、ワクチンの量の確保を確実なものとすること、可能な限りの安全性の確認や、一人ひとりが接種するか否かの判断材料となるデータを国民に提供すること、ワクチン接種については、医療者の協力を得ながらも、行政の責任において、市町村の保健センターや保健所等で行うことなどではないでしょうか。

【官僚主導から現場主導の決定プロセスへ】
国がワクチン接種を医療機関にやらせることについては、現場の医療者・患者たちの声も交えてオープンに議論することなく、官僚主導で決めてしまった印象を否めません。このままの新型インフルエンザ対策で国民の命を守ることができるでしょうか。新型インフルエンザ対策を現場で担当する方々、現場の医療者、患者さん、市民の声が、新型インフルエンザ対策の方針決定をするために必要なのです。地元選出の国会議員へ、一人ひとりの声を届けることが一番早道だと思います。そういった努力を積み重ねることも、民主主義を実現する方法のひとつなのです。

【参考文献】

(1)日本の医療制度下では米国並みの医療は不可能 ―M.D. Anderson Cancer Centerと愛知県がんセンターの比較― 愛知県がんセンター総長 大野竜三 全国自治体病院協議会雑誌代44巻第2号

(2)「先進国並みの医薬品・ワクチンを使いたいですか?」~副作用の補償と訴訟の選択権を考える~
村重直子:厚生労働省大臣政策室 政策官 JMM 2009年9月3日配信
http://ryumurakami.jmm.co.jp/dynamic/report/report22_1732.html

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村重直子(むらしげなおこ)
厚生労働省大臣政策室 政策官
1998年東京大学医学部卒業。横須賀米海軍病院、1999-2002年米国・ベス・イスラエル・メディカルセンター、2002年国立がんセンターなどを経て2005年厚労省に医系技官として入省。2008年3月から改革準備室、7月改革推進室、2009年7月から大臣政策室。
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