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臨時 vol 248 「民主党政権で医療はどうなるか?」

医療ガバナンス学会 (2009年9月15日 10:54)


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東京大学医科学研究所
先端医療社会コミュニケーションシステム 社会連携研究部門
上 昌広
※この論文は村上龍氏が主宰するJMMにて配信されたものです。
http://ryumurakami.jmm.co.jp/dynamic/report/title22_1.html

8月30日、総選挙は民主党の大勝利に終わり、私たちは、本格的な政権交代を初めて経験することになりました。今回は、民主党への政権交代が医療界に与える影響を議論し、および民主党が厚労省と如何に対峙するか予想したいと思います。

【医療分野は民主党の売り】
民主党のマニフェストの中で、もっとも評価が高かった領域は医療です。例えば、マニフェスト評価で有名な言論NPOは、自民党と民主党の医療分野のマニフェストを、それぞれ21点、62点と採点しています。また、国立大学医学部長会議も、民主党のマニフェストを「国民が納得する医療が実現できる可能性を感じさせる」と高く評価しています。このように、医療分野は、民主党がもっとも点数が稼げる領域であり、党内からも期待されています。

【断末魔の業界団体】
余談ですが、国立がんセンター中央病院に勤務する医師・弁護士の大磯義一郎氏は、医療関連団体のマニフェスト評価をまとめています(http://medg.jp/mt/2009/09/-vol-223.html#more)。
この中で、国立大学医学部長会議を例外として、日本医師会、各種病院協会、歯科医師会などの他団体は、「自民党と民主党のマニフェストは一長一短で評価できない」と主張しています。いずれも、自公政権下では業界代表として遇されてきた団体です。彼らのコメントを読む限り、その関心は「両党のご機嫌を損じたくない」という一点につきそうです。彼らの姿勢には、権力と対峙してでも国民に誠実であろうとする、プロフェッショナルとしての矜持は感じられません。このような団体は自公政権の崩壊と運命をともにする可能性が高いと考えます。

【没落する日本医師会】
特に、悲惨なのが日本医師会です。羽生田常俊常任理事は、9月2日の記者会見で「自民党はもはや政権与党ではなくなった。与党の民主党に理解を求めていくことは、国民の利益のためにも当然。両党の議員数も大きく変わった今、献金を含めた活動方針を見直していく。」と述べました。要は、民主党に献金しますと宣言したわけです。
この発言は民主党議員の失笑を買いました。仙谷由人衆議院議員は「厚労省の言う通りにべちゃっとひっついてて、自民党にお金を出して選挙していればいいとか、そんな話ではないということが(医師会は)まだ分かっていない。自民党に渡すお金を減らして、民主党に持っていけばどうにかなるのではないかという程度の話。情けない」と切り捨てています。
http://lohasmedical.jp/news/2009/09/03205534.php
更に、鈴木寛参議院議員は、「民主党は『企業献金を廃止する』とマニフェストでうたわせて頂いているので、それを読んで頂きたい」と門前払いしています。これでは、日本医師会は民主党の「引き立て役」です。
http://lohasmedical.jp/news/2009/09/03225941.php

【インターネットを使って意見を表明する議員たち】
注目すべきは、このような発言がインターネットメディアを介して報道されたことです。例えば、ロハスメディカルは、総選挙以降、与野党の議員にインタビューし、その発言を詳細に紹介しています。
http://lohasmedical.jp/news/
その中には、自民党の世耕弘成参議院議員なども登場し、「独自の政策集団立ち上げも」「厚労省との二人羽織はなくなった」と発言しています。これらの発言は、後期高齢者医療制度、医師不足問題などで「政策過誤」を繰り返した厚労省が、「反政府勢力」としての役割を演じ、民主党を利したという見方を伝えています。
このように、仙谷議員、鈴木議員、世耕議員のいずれもが、メディアを通じて国民に直接説明することを重視していることは、政治の新しい潮流を感じます。インターネットメディアの普及が、議員と国民の密接な交流を可能にしつつあるのかもしれません。これまで、民主党は記者クラブの開放を主張してきましたが、記者クラブ制度を崩壊させるのは、案外、このようなネットメディアなのかもしれません。

【参議院選挙の重圧】
話を元に戻しましょう。政権を獲得した民主党には、マニフェストの実行が求められます。この際、注意すべきは来夏の参議院選挙です。もしも、この選挙で民主党が敗北すれば、国会はねじれ状態になります。鳩山政権は総辞職し、政界は再編せざるを得ないでしょう。
この事態を避けるためには、民主党は業績をあげ、国民の信頼を勝ち取らなければなりません。参議院選挙までに残された時間は限られていますから、早期に結果が出る問題から取り組んでいくでしょう。
このような事情を考慮すれば、民主党政権がまず取り組む政策は、がん患者の経済負担軽減やレセプトオンライン請求の見直しなど、低予算で解決でき、社会の関心が高いものでしょう。一方、健康保険の一元化、後期高齢者医療制度の撤廃、中医協見直しなどの課題に、本格的に取り組むのは、参議院選挙以降になるでしょう。

【国家戦略局と医療】
民主党政権が発足後、早期に直面する問題は外交・組織改革・予算です。年内に予定されているオバマ大統領の来日は、民主党外交のお披露目として注目を集めるでしょう。一方、組織改革・予算は医療と密接に関係します。
組織改革に関しては、行政刷新会議と国家戦略局の新設が重要です。前者の目的は行政の無駄の削除。重要なのは後者です。この組織は、予算の枠組みを自公連立政権型から民主党型に変える権限を持ちます。つまり、何兆円もの予算をつけかえる可能性があり、国家戦略局の担当大臣は民主党の社会保障政策に圧倒的な影響力を持ちます。勿論、厚労大臣以上でしょう。
9月6日、このポジションに菅直人氏が内定したことが報道されました。ここ数年、菅氏は民主党の医療政策に口出しすることは少なく、今後、どのようなスタンスをとるかはわかりません。ただ、菅氏と厚労省の軋轢は有名ですから、厚労省には厳しい姿勢をとると考えるのが妥当でしょう。
ちなみに、国家戦略局設置には国会での法改正手続きが必要です。今後の国会日程を考えた場合、年内の設置は極めて難しいでしょう。しかしながら、世論の期待に応えるには待ってはいられません。9月の早い段階で、民主党は政省令を改正し、「国家戦略室」を創設すると言われています。そして、そこに一流の人材を登用するでしょう。この人選が、民主党医療ブレインの最初のお披露目となります。

【補正予算・概算要求の見直し】
民主党政権では、自公政権が決めた補正予算、あるいは概算要求は見直しされるでしょう。
医療分野で注目すべきは、「地域医療再生基金」(3100億円)です。これは、地域の医療崩壊対策として、自公政権が補正予算に組み込んだもので、全国の二次医療圏に対する典型的なばらまきです。
民主党は、医療現場の赤字解消には、「診療報酬の増額」を基本方針としており、天下りの温床になりやすい「基金」や、一部医療機関の既得権になりやすい「補助金」には反対しています。「診療報酬の増額」と言えば、医師会の焼け太りを想像される方は多いでしょうが、実は「補助金」より遙かに健全です。なぜなら、患者が来ない病院には診療報酬は支払われないからです。病院は競争せざるを得ません。
民主党は、地域の中核病院の入院診療報酬の増額(少なくとも10%)を明言し、毎年5-7000億円の財源を確保すると主張しています。これは、自公政権の「地域医療再生基金」で、1年だけ3100億円が支払われるのとは大違いです。この政策が実現すれば、地域の医療崩壊はかなり緩和されます。
現在、「地域医療再生基金」のお裾分けに預かることが確実な日本医師会や病院団体は、民主党の方針に反対していますが、大きな政治的影響力は持ち得ないでしょう。おそらく、3100億円の地域医療再生基金は中止、あるいは使途を、「新型インフルエンザ対策」を目的とした医療機関の体制整備などに変更されると考えています。

【待ったなしの新型インフルエンザ対策】
医療分野での喫緊の課題は新型インフルエンザ対策で、秋の臨時国会での最重要課題の一つです。特に、輸入ワクチンにまつわる免責と無過失補償は問題です。これをクリアしなければ、ワクチンが輸入できない可能性があります。
ワクチンの免責と無過失補償について、医系技官と民主党の主張は正反対です。例えば、医系技官は長年にわたり、この問題の議論を避けてきました。ワクチンの副作用が問題になるたびに、国家が責任を負う「法定接種」から、国民の自己責任に委ねる「任意接種」に取り扱いを変更してきました。これは、免責・無過失補償を充実させてきた海外の先進国とは対照的です。今回も、医系技官は免責・無過失補償を議論せず、財政法を改正し、免責なしで補償だけすることで、急場をしのごうとしています。しかしながら、このような対応を世界に発表すると、我が国には免責制度がないため、かえって海外企業は参入しにくくなります。この結果、ワクチン・ラグは悪化し、長期的には国民の不利益となりかねません。ちなみに、このような危険性は、一切、国民に知らされていません。
一方、無過失救済・免責は、民主党の医療マニフェストを実質的にとりまとめた足立信也議員(政調副会長)が、長年にわたり取り組んできた課題です。実際、総選挙の政策INDEX2009にも明記されています。マニフェストに書かれている以上、この政策は推し進めるでしょう。
また、8月に厚労省が発表した新型インフルエンザに関する概算要求は207億円です。この程度の予算では、新型インフルエンザに対応できるよう、病院を整備することは出来ません。一方、民主党は、マニフェストの中で、がん・新型インフルエンザ対策に3,000億円の予算を準備すると明言しています。この多くは、ワクチン購入、副作用補償、病院の体制整備に使用されることになります。このように、新型インフルエンザ関連予算は、厚労省と民主党では大きな隔たりがあり、全面的に見直さざるを得ない状況です。
また、民主党は検疫法、行動計画の全面的な見直し、輸血不活化技術の導入を訴えていますが、これまで、医系技官は、これらの必要性を繰り返し否定してきました。このように、新型インフルエンザ対策では、医系技官と民主党の主張は対照的であり、両者の衝突は避けられそうにありません。

【民主党 vs. 医系技官】
本連載でも繰り返し取り上げてきましたが、様々な医療分野で医系技官の暴走が問題となっています。舛添厚労大臣との軋轢は有名ですが、先週は「サンデー毎日」「フライデー」に、現職の医系技官である村重直子氏(大臣政策室 政策官)が登場し、隠蔽やサボタージュぶりを告発しました。
医系技官が敵対しているのは、実は舛添大臣だけではありません。民主党との関係も険悪です。例えば、民主党 鈴木寛議員の国会質問で、彼が招聘した木村盛世氏や森兼啓太氏らの証人を、上田博三健康局長が隠した(連絡しなかった)ことは広く知られています。また、前述の仙谷由人議員は、雑誌「集中」のインタビューの中で、医系技官を「中途半端な専門家であり、学問の上でも学部の成績でも一流、超一流の人材は集まっていないんじゃないでしょうか」を評しています。
しかるに、舛添厚労大臣の影響力が低下している現在、医系技官は矢継ぎ早に対策を打ち出しているようです。例えば、新型インフルエンザ対策に関しては、ワクチン接種についての素案を9月6日に発表し、パブリックコメントを募集しています。そして、その締め切りは13日です。組閣の前に片をつけようとしているのでしょうか。厚労省の素案は、民主党議員たちの主張とは大きく乖離していますから、このままで済むとは思えません。医系技官の振る舞いは、議会制民主主義を無視しており、国民の怒りを買うのが必定です。

【改革派議員から見た医系技官】
正直言って、医系技官の暴走ぶりもここまでくると、彼らが本当に何を望んでいるのかわからなくなります。しかしながら、舛添大臣の在任期間、つまり参議院で民主党が主導権をとってからの二年間を冷静に振り返れば、医系技官の存在は一部の政治家にとって極めて便利だったと思わざるを得ません。
それは、医系技官の暴走によって、舛添氏や民主党の医療議員が利益を受けたことを考えれば明らかでしょう。これは、医師不足や医療崩壊で糾弾され、先の総選挙で大敗北を喫した自民党の厚労族とは対照的です。
舛添氏は、2007年の参議院選挙以降、一介の参議院議員から総裁候補に上り詰めました。民主党は、参議院選挙、都議会議院選挙、衆議院選挙を連勝し、政権を奪取しました。いずれの選挙も、医師不足や産科・救急患者のたらい回しなど医療が大きなテーマでした。
ここで注目すべきは、舛添大臣、民主党の何れもが、医系技官の「出来の悪い」素案と、彼らの独自案を戦わせたことです。例えば、医学部定員の50%増員を打ち出した、2008年の舛添ビジョン会議などは、その典型です。このような議論において、舛添氏や民主党は、新進気鋭の学者・医師・患者団体と協力して、抵抗勢力である自民党族議員・医系技官・御用学者と戦いました。勿論、このような論争で、日本医師会は医系技官に与しました。一連の論戦は、業界紙からマスメディアまでが広く報道し、医療業界、および国民は前者を支持しました。
実は、この手法は小泉元総理とそっくりです。典型的なテレポリティクスとも言えます。一連の医療改革を主導した舛添氏や仙谷氏には、このような「舞台」を盛り上げ、維持するだけの、個人的人脈、メディア力、政策力、判断力があったということでしょう。しかしながら、医系技官が暴走すればするほど、一部の政治家には好都合だったと考えれば、医系技官もお気の毒です。このように考えれば、民主党政権への移行期に、医系技官が相変わらず暴走しているのも、それなりの意味があることがおわかりでしょう。
医系技官に限らず、霞ヶ関の技官は明らかに曲がり角に来ています。霞ヶ関人事を踏襲すれば、専門性を維持できず、その存在意義がなくなるからです。舛添大臣の二年間を通じ、医系技官問題は国民の多くが認識するに至りました。いまや、「絶滅の危機に瀕している」と言っても過言ではありません。しかしながら、この逆境は、医系技官の進化を促すかもしれません。民主党政権の中で、医系技官というテクノクラートが如何に生き残るかということも興味深いテーマです。

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