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Vol.247 世界最悪の原発事故をビジネスチャンスに! 福島で始まった世界初の試みの数々

医療ガバナンス学会 (2015年12月2日 06:00)


この原稿はJB PRESSからの転載です。

相馬中央病院内科医
越智小枝

2015年12月2日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


「私たちは避難という経験を通じて、一回自然から離れなくてはいけませんでした。その上で、やはりここで暮らすしかない、と戻ってきたんです。だからこそ、自然の価値をより深く理解して、他とは違うツアーが作れると思います。」

先日、福島県浜通りで活動する団体による情報交換会、「ポジティブカフェ」が開かれました。20代の女性から70代の男性まで、さまざま立場の方の集まる会で、「田村復興応援隊」(1)の代表の姿は印象的でした。

原発事故が風化していく中、除染や放射線測定という活動からいかに地域再生・地域創生へと移行していけるのか。今、福島ではその大きな転換期へむけ、様々な知恵が生まれています。

●自然を学ぶ都会、観光を学ぶふくしま
前述の田村市では、観光資源のてがかりを掴むため、神奈川県藤沢市の自然保護団体、「川名里山レンジャー隊」をグリーンツーリズムのモニターとして招待しました。10年前にレンジャー隊が活動につかう農機具を必要としていた時、あまっていた機具を寄付してくださったご夫妻が田村市にお住まいである、ということがご縁のようです。ツアーをする事がボランティア、というユニークな活動ですが、田村市にとっても大きな学びになったようです。

じつは相馬市でもそうなのですが、無造作に自然の転がる中で暮らす人たちは、都会人の喜ぶ生き物や風景に無頓着です。私自身、都会から来た同僚たちと「病院の裏にシャケが遡上している!」とはしゃいでいたところ、病院事務の方々に怪訝そうな目で見られた、という経験があります。

モリアオガエルの繁殖地があるほどの自然の豊かな田村市は、神奈川から来られた「レンジャー隊」にとっては、お宝の宝庫だったようです。
「とにかくあらゆるものが目に留まり、ちっとも前に進んでくれない」
状態で、自分たちでナイトツアーまで企画してしまった、といいます。

「こんな素敵な蔵があるなら、蔵カフェなんかをやってはどうか」
「珍しい野鳥がたくさんいるので、野鳥好きを呼べば絶対ウケる」
里の人々にとって日常になりすぎた風景の中に、貴重な観光資源を再発見してもらったようです。

●ボランティアから生まれるIターン
ボランティアもまた、よそ者を招待するよいチャンスです。
「私は1次産業のことなど全く知らなかった東京出身者です。でも、災害をきっかけに、ふくしまの事を知りたくてこっちにきて、すっかり林業のファンになってしまいました。」

別の東京出身の若い女性は、ボランティアを通じて素人が林業や農業に関わることが、地元に人を呼ぶチャンス、と語りました。

「まずは一度でもきて、この土地のファンになってくれればいい。」
現在は、耕作放棄地を利用した「ボランティア畑」を作るなど、ボランティアにきた都会の人のIターンを狙います。

ふるさと変わったことで「よそ者」目線に
このような「よそ者の目」を持つようになったのはなにも外から来た人々だけではありません。
「福島の産業は、素材によりかかりすぎてたかもしれない。原発事故のあと、量販店からは見向きもされなくなりました…これからは自分で客を掴む工夫が必要です。」

そういわれるのは、震災直後から相馬市で「はらがま朝市」を続けてきたNPOの代表です。福島の魚は素材もおいしいが、おいしい物を知っている人が加工した魚はもっとおいしいはず。「おいしさを武器に」をモットーに、今はふくしまの外からも積極的に食材を仕入れ、「相馬のおんちゃまセット」と名付けて通販でも販売しています。タコの柔らか煮やメヒカリの刺身など、ネタと調理の腕の両方がそろっていないとなかなか作れない商品は、災害支援のために単身赴任されてくる方々に大歓迎されています。

じつは私のように外から移住した者は、目の前に良いネタを見ながら上手くさばけず、ずいぶん悔しい思いをしています。ある単身赴任の男性医師などは、
「近所で桃をいただいても、包丁が使えないから困る」
とすらいいます。そのような人々にとって、ネタを生かした「加工品」が気軽に手に入ることはとても有り難いことなのです。

魚があれば、誰かがさばいてくれるのが当たり前。よそ者が増えたことで、その浜の常識が崩れてきました。原発事故によりさま変わりした相双地区は、地元の方にとっても「まるで違う町」です。しかし逆に、むしろふるさとを客観的にみられるきっかけにもなっているのかもしれません。

●コミュニティ崩壊がチャンス
原発20㎞圏内で農地再生を試みる南相馬農地再生協議会の代表は、震災によるコミュニティの崩壊こそがチャンスだった、と言われました。

「南相馬の農業は、元々高度に分業化されて効率は良かったんです。避難によって、その農業が一旦完全に崩壊してしまいました。しかし逆に言えば、社会がリセットされて小規模社会が再生しました。そのことで、チャレンジが容易になったとも言えるんです。」

作る、加工する、ブランディングする、売るという作業が、地域全体で分業化されていると、効率が良いかわりに個々人が思い切ったことをするのが難しくなる。震災という逆境を経て、そのことに気づかされたといいます。

実際にこの団体では、耕作放棄地を利用して菜の花を育て、地域農業を学ぶ相馬農業高校生と協力して食用油を商品化(2)。それだけでなく、菜の花を用いた除染技術を発信していこう、と、研究所や企業とも提携して震災5年後も継続する事業を目指しています(3)。

これまで素材だけで豊かな暮らしをしていた、相双地区の産業にとって、原発事故という環境汚染は大きな打撃でした。しかし、その逆境と「注目度」を利用して、むしろ継続可能な地域産業のチャンスとして一歩を踏み出した人々がいるのです。

●暮らしベースの視点
このような柔軟かつ前向きな発想は、どうして生まれたのでしょうか。
「住むこと前提の人と、避難ができる人では、(考え方が)全然違いますよ。」
ある代表者から出た意見です。

色々な方のお話を聞くと、この「住むことを前提とした視点」こそが、福島に発想の転換をもたらしている印象を受けます。

たとえばこれまでの基準値は市場に出た物を消費する人たちの視点なので、福島で暮らすための役には立たない、という意見が出ました。特に、農業用水と木材の基準値がないことは問題です。

「水道水の線量の基準はあるけど、農業用水の基準はないでしょう。果樹園とか、川から水を引いてまいていたんだけど、そうすると近所の人から『放射能をまきちらす』って怒られる。水道水で農業用水をまかなったら、大変な額になってしまいます。」

元学校教師だったという伊達市の環境ワーキンググループ(4)の代表は、参加者の中では最高齢の78歳。コストを掛けず、かつ迅速に水の放射線量が分からなければ、意味がない、と主張されました。

水の主な汚染源は泥に吸着したセシウムであることに着目し、水の透明度と線量が相関することを示されました(5)。更に、2万円以上かかる器具の代わりに酒瓶に水を入れ、裏の文字が見えるかどうか、という方法で簡単に透明度を測定する方法を編み出しました。「透明度の高い水は線量が検出感度以下」ということを、住民の方と一緒に繰り返し測定しています。

「外から来た研究者ではなくて、20年来地元の水質調査をしてくれている先生のいう事だからこそ信用できる、と言っていただいています。」
地元の教師ならではの強みを生かし、住民の方への多大な安心感を与えていらっしゃいます。

●除染すら武器に
これまで述べてきた活動は、どれも原発災害という不幸な事故がなければ起こらない、あるいは起こってもとても時期が遅れていた活動だと思います。

原発事故は当たり前ですがおこらない方が良かった出来事です。しかしそこで暮らすと決めた人々は、これまで厳しい自然と共生してきたのと同じように、したたかに災後と共生し始めているのかもしれません。

「森林除染だって、暮らすことを考えれば土だけ除染しても仕方ない。一回山火事になれば木の中に吸着した放射能がまいあがるわけです。だから、山火事対策と除染対策は同時にやらないと意味がない。そんなことも、海外はまだ知らないと思う。」

実際にこれまでも、原発のある国からの視察を何回か受け入れた、という団体もあります。その注目を利用しない手はありません。グリーンツーリズムだけでなく、除染ツーリズムとも名づけるべきでしょうか、暮らしの視点からみた除染の知恵すら売り物にしよう、そのようなたくましさに感銘を受けました。

●生き残りをかけて
震災5年目の助成金打ち切りを前に、多くのNPO法人がその存続をかけ、しのぎを削っています。採算の取れる活動になり得るのか、継続可能性があるのか。その答えはまだまだ出ていません。

しかし、そのような中で、未来志向で原発災害を捉え、そしてそれを楽しむことを始めた人たちがいます。災害復興5年という過渡期を乗り越え、新たな福島の文化を作っていくのはそのような人々なのかもしれません。

(1)http://www.rise-tohoku.jp/?p=9895
(2)http://www.ecoene6.jp/%E3%81%88%E3%81%93%E3%81%88%E3%81%AD%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%83%E3%83%97/%E6%B2%B9%E8%8F%9C%E3%81%A1%E3%82%83%E3%82%93%E3%81%AE%E7%B4%B9%E4%BB%8B/
(3)http://minamisoma-nouchisaisei.org/%e8%80%95%e4%bd%9c%e6%a6%82%e8%a6%81/
(4)http://www.date-civilsupport.jp/?p=461
(5)http://josen-plaza.env.go.jp/volunteer/pdf/detail_npo_date.pdf

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