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臨時 vol 255 「看護師が見たアメリカの疼痛緩和の現場」 (上) 

医療ガバナンス学会 (2009年9月20日 09:51)


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東京大学医科学研究所
先端医療社会コミュニケーションシステム 社会連携研究部門
児玉有子
看護師・保健師
 今回、アメリカの緩和医療の現場を訪問する機会を得て、実際治療に当たっているスタッフと議論を行いました。
 これまでにイギリスやフランスでのがん患者の緩和医療や在宅医療・看護を視察し、そこでも現場で治療をしているスタッフと議論を重ねてきました。緩和医療や在宅医療の実際、薬剤の使い方や治療に対する考え方、患者と医療者医療者間のコミュニケーションなどはとても参考になり、その一部は以前MRICでも紹介したところです。こうしてヨーロッパの動向は何となく分かってきましたが、一方、アメリカの状況は不明なことが多かったことから、今回の視察を実施しました。
 アメリカにおけるがん患者の緩和ケアの最前線では、体内に埋め込むポンプを利用した緩和ケアが実施されていました。これはイギリスやフランスの視察では見聞しなかった方法で、日本でもまだ取り入れられていません。以下、メイヨークリニックやインディアナ大学がんセンター等で実際に治療にあたっているスタッフとの議論の一部を、2回に分け報告します。
【医師に代わり外来診療の一部を行うナースプラクティショナー(NP)】
  がん患者の疼痛ケアを支える医療側チームの話です。今回、4つの病院の疼痛ケアチームと議論しました。そのいずれもが、独自のペインクリニック外来を設けており、ペインクリニック外来のスタッフとしてナースプラクティショナー(NP)を配置していました。しかしその一方、同じ治療を院内(入院)で実施する場合にはNPはその治療には関わらないというのが、各病院に共通したチーム医療のスタイルでした。病棟にNPを配置していないのはペインクリニック科に限ったことではなく、通常のスタイルのようでした。
 NPのペインクリニック外来での役割は、ほぼ日本の外来で医師がしているような、フィジカルアセスメントや処方です。ただし、患者には主治医がいて、NPに負えない症状の変化が生じた際には主治医に相談し、場合によっては主治医が再度診察することもあるようです。医師は患者一人ひとりに十分な外来診療時間を割くことができないため、「NPが時間をかけて患者の話を聞き、生活状況を的確に捉えてくれることで、より有効な外来診療が可能になる」とのことでした。
 なお、私が訪れた外来には一般看護師(RN、日本でいう看護師)は勤務していなかったので、例えば腰椎穿刺をする際の体位保持や患者の不安への援助はNPが実施していました。一方、日帰り手術施設では、患者のいない手術台のシーツ交換や部屋の整備をRNが行っていました。そうしたことは看護助手の人が行うものと想像していましたが、手が空いている人がフォローできることはする、ということはどこでも共通なのだと改めて認識しました。
【がん患者の疼痛ケアにおけるデバイスラグ】
 今回、意見交換をすることができた疼痛ケアチームでは、いずれも体内に埋め込むポンプを使用した疼痛ケアを実施していました。日本でもこのポンプはすでに他の疾患の治療に用いることが承認されており、日本で使える、日本にもある医療機器です。また薬剤は、モルヒネを用いていて、モルヒネは日本でも点滴や内服などですでにがんの疼痛緩和治療で使用されています。しかしながら日本では、このポンプをがん患者の疼痛に対して使用すること、そしてモルヒネをこの投与経路で使用することは、未だ承認されていません。どちらもアメリカではメディケイドですら支払いが認められている、非常に有効と思われる治療法であるにもかかわらず、日本でがん患者の疼痛ケアに使用する場合には、未承認医療機器あるいは適応外使用の薬剤を用いた医療となり、保険診療は認められていません。がん患者の緩和医療にも、デバイスラグにより、有効と思われる治療が行き届かないという問題が存在していることが分かりました。
【体内埋め込み型医療機器による疼痛からの解放】
 体内埋め込み型医療機器では、ポンプから出たチューブの先が第12胸髄に留置され、髄腔内に直接薬液(モルヒネ)を注入します。そのため、経口投与の300分の1の薬液濃度で同等の効果が得ることができます。この治療の導入によって、有効かつ副作用が軽いというメリットを享受できるようになりました。
 「このポンプを埋め込むまでは、痛くて痛くて泣き続けていたけれど、入れてから1週間経ち、涙が出ることはなくなった。でも、まだ急に痛む時には臨時の薬をつかっている」と訴える患者。「では注入する薬の量を増やしましょうね。そのうち臨時の薬は飲まなくて良くなりますからね」と言いながら、外部からセンサーを使って流量調整をする医師。そうした医師の言葉にほほえむ患者――。この診察風景を見ていると、体内に埋め込んだポンプが患者と医療者の関係をよりよくしてくれているのではないか、とすら思えてきました。
 また、別の患者の診療場面では、患者自身は痛みが減った印象をあまり持っていないようでしたが、同席していた家族からは「でも、おしりを浮かせることができるようになっているわよ。私は助かっている」という発言が聞かれました。痛みの軽減により、介護負担の軽減にも役立っていました。
 担当医は、「もちろんどの患者さんも死期が近づくにつれ、ベッドでの寝たきりの生活に近づきますが、たとえ寝たきりになったとしても、それは痛みのない寝たきりの状態です。表情はとても穏やかです」と話していました。
【早期に予後を正確に伝える】
 体内に埋め込むポンプを用いた緩和ケアを実施するには、ポンプを埋め込む1時間程度の手術が必要になります。つまり、このポンプを用いた痛みの軽減を希望する場合には、この手術に耐えうる体の状態であることが条件となります。
 強い疼痛が高確率で早期から生じるとされる膵臓がん患者では、がんの診断とほぼ同時期に埋め込みの検討が始まり、他のがんでは転移が発見されたときに導入の検討が始まります。
 少し早い時期のようにも思えますが、手術そのものに耐えられるかということよりも、手術後の傷が上手く癒合するか、埋め込んだ周囲の皮膚が元通りに回復するか、ということまで考慮すると、適切なタイミングといえます。一方、がんが進行して痩せ始めたあとでは、埋め込みは難しくなります。
 ところで、ポンプを埋め込むという選択肢を患者側に提示するには、医療者が、今後の経過においてこれまでに経験したことのないような痛みが襲ってくるであろうことを、きちんと彼らに説明で
きなければなりません。すなわち、予後をきちんと話すということです。昨年フランスで出会った緩和専門医も、「これからの我々の仕事は予後を正確に伝えることだ」と言っていましたが、予後を伝え、それに応じる医療があることを説明するということが世界的潮流となっています。予後は、「今後の生活の場をどうするか」などといった選択にも関わる問題です。日本においても疼痛緩和だけでなく、予後を伝えることを推進していく必要があることを再認識しました。
【良い治療は口コミで広がる】
 今回意見交換を行った疼痛ケアチームは、いずれも体内に埋め込むポンプを用いた緩和ケアという最前線の治療を行っていましたが、この治療を受けている患者は、アメリカ全土で見れば、がん性疼痛を持つ患者の2%程度の、限られた医療機関にかかっている患者に過ぎません。それでも最近は、患者同士の口コミで外来患者が増えているそうです。新しい医療があるところ、良い医療者がいるところは口コミでひろがる、というのはどこの国でも同じです。
 次回は、体内埋め込み型ポンプの実際の使用法や導入の基準、副作用やトラブル、導入までの疼痛ケアチームの取り組み等について報告します。
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