官僚主導からの脱却を目指す民主党が政権を握り、いよいよ9月16日には鳩山
由紀夫新総理が誕生します。しかしその前に、霞が関の「駆け込み天下り」がニュー
スになっていました。
9月1日、約40年ぶりの新省庁である消費者庁が新設され、長官に建設省出身で
元内閣事務次官の内田俊一氏が就任しました。「消費者ホットライン」が全国展
開されるのは11月以降という準備不足の状態なのに、長官だけ先に決めてスター
トしてしまったわけです。
民主党政権が誕生する前の「駆け込み天下り」だという批判もやむを得ない感
じがします。
複雑な点数計算はいったい誰のため?
また8月29日には、全国の国民健康保険団体を束ねる「国民健康保険中央会」
の理事長に、旧厚生省(現厚生労働省)出身の柴田雅人・前内閣府審議官が就任
しています。
国民健康保険団体の主な仕事は、診療報酬の審査支払業務になります。自由診
療の占める割合の少ない日本では、診療報酬という医療の値段は国が決めていま
す。これには、良い点も悪い点もあるので、国が診療報酬点数を決めることがい
ちがいに悪いとは言えません。
しかし、国の定める点数計算表は極めて複雑で、医科だけで優に1000ページを
超える分量なのです。専門学校に2年間通っても全部を理解しきれないほどの内
容です。これはあまり指摘されていませんが、大きな問題だと思うのです。
医療は人ごとに違うのだから医療費も個々に違って当たり前です。細かな規定
をすることによって、きめ細かな応分の負担を利用者に求められるのであれば、
ものすごく大変なレセプト処理作業も私は我慢できます。しかし、結局、1000ペー
ジを超える分量で定めても、理不尽な点数処理は数多く残っている のです。
例えば、手の傷に軟膏を塗ると、医療費は「創傷処置450円+軟膏代30円」で
す。実は、ただ単に傷のチェックをすると「外来管理520円」。軟膏を塗る方が、
ただのチェックよりも安くなってしまうのです。
収入が70円安くなるからといってそのために必要な軟膏を塗らない医師はいな
いとは思います。けれど病院にしてみると、化膿止めの軟膏を塗れば、軟膏を塗
らないよりも収入が減るということです。
いったいこの複雑な点数計算は誰のためにあるのでしょうか? 郵便代金だっ
て、手紙は普通の大きさであれば全国一律80円です。書留などの細かなオプショ
ンを含めてもせいぜい10ページ程度の規定です。タクシー代金も初乗り640~710
円(車の大きさによって決まる)プラスアルファの規定だけで、1ページ未満の
内容です。
それが点数計算表は1000ページ以上。なぜこんなに複雑な計算規定が必要なん
でしょうか。「計算を簡素化してしまうと、仕事を失う役人が大勢出るから」と
いう一面は本当にないのでしょうか? 駆け込み天下りの報道を見て、ふとそん
なことを思ってしまいました。
○点数計算の簡略化で現場の負担は大幅に減る
点数計算の規定を細かくすればするほど、付随する作業はどんどん増えていき
ます。1つ新たな項目が規定されるだけで、細かな注釈規定が10~20程度、算定
方法に関する疑義解釈が10程度発生します。そして、現場は審査に引っかからな
いように、各々に対応したコメントを必要に応じて入力しなければならなくなる
のです。
審査支払い業務の担当者はそれを全てチェックするわけですから、人員を減ら
してしまうと、公平な審査ができなくなってしまうことでしょう。
レセプト電子化で、健康保険組合と現場に高額なコンピューターシステムを導
入させたものの、ふたを開けてみると審査の効率化は進まず、合理化には全くつ
ながらなかった、という話は冗談でなく本当に起こりうる話だと思います。
ここで、点数計算そのものを簡素化しようという発想は出てこないのでしょう
か?
現状では、診察代金でも細かく「初診料2700円」「電子化加算30円」「処方箋
代680円」「特定疾患加算180円」などなど・・・、そして、その各々に細かな注
釈規定に疑義解釈が伴なってくるのです。こんなに細かく規定する必要は本当に
あるのでしょうか? 小児科であれば、小児科外来診療料と して「初診5600円」
「再診3800円」と一律です。これで特に大きな問題はおこっていないのです。
1000ページのものを10ページの分量にするのはさすがに無理でしょうけれど、
2割でも3割でもよいですから、点数改正の際にはぜひとも「簡素化」をセットで
導入してほしいものです。ほんの少しの簡素化でも、日々の診療現場にもたらす
波及効果は計り知れないと私は思うのです。
○「脱官僚」の先には現場の高い意識が必要
今後、「脱官僚」の実現に向けて、おそらく様々なことが行われるのでしょう。
私は、その1つとして次のことも忘れないでほしいと思います。
つまり、医療点数計算のように、隅々に張り巡らされてしまった官僚が絡まざ
るを得ないシステム(ある意味利権)を一つひとつ直していく、ということです。
ただし、システムを簡素化して規定を緩くすると、「医療機関がズルをするよ
うにならないか?」という懸念があると思います。
そういう意味では、「脱官僚」の先には、現場の自覚と高い意識が必要になっ
てきます。これまで官僚が支配していたチェック業務が、どんどん現場の裁量に
任せられることになるからです。
医師会も変わることが求められるでしょう。官僚からの指導圧力なしに、自ら
を律して、厳しくお互いの医師の専門性をチェックする制度、定期的に作成する
ガイドライン、オンラインなどで単位が取得できる生涯学習制度などの充実を、
国民が納得できるスピードで自発的に行っていくことができるでしょうか?
脱官僚の熱狂が過ぎ去った後に、無法地帯が残
ったのではシャレになりません。
脱官僚とは規制がなくなるということですので、業界団体として、会社として、
そして個人個人が自ら社会的責任を果たす覚悟が必要になります。
はたして鳩山新総理は就任演説で、「脱官僚ということは、今まで官僚が果た
していた役割を皆さん一人ひとりが受け持つ覚悟が必要なのだ」と語りかけてく
れるでしょうか? 私は今から注目しています。
逆に言うと、それを言ってもらわなければ、官僚組織のムダを廃して、足りな
いと言われている財源を捻出することは難しいのではないかと思うのでした。