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東京大学医科学研究所
先端医療社会コミュニケーションシステム社会連携研究部門
客員研究員
成松宏人
【政権交代と輸血不活化技術導入】
先日の総選挙で民主党が圧勝しました。これは輸血不活化技術の導入において大きな影響があります。今回の総選挙に向けた民主党の政策INDEX2009に新型インフルエンザ対策としての輸血不活化技術の導入が明記されているからです。http://www.dpj.or.jp/policy/koseirodou/index2009_medic.html
不活化技術導入の方向で動き始めることは間違いなさそうです。
ちなみに、株式市場の反応は迅速でした。9月18日には日本において不活化技術の導入の可能性が高まったことを受けて、不活化を行う機器のメーカーの株価が上昇したと伝えられました。
http://sg.news.yahoo.com/rtrs/20090918/tbs-cerus-7318940.html
【輸血でインフルエンザが感染する?】
新型インフルエンザはこうしている間も急速に感染を拡大しています。このような中、日本赤十字社(日赤)より以下のような回収情報が出されました。
http://www.info.pmda.go.jp/rgo/MainServlet?recallno=1-0654
『献血後情報の対応手順に基づき、今回、新型インフルエンザの疑いと診断されたとの連絡が献血後にあった献血者について調査したところ、献血が確認され、直近過去に採血された血液を原料とした血液製剤が未使用であったことから、医療機関より当該血液製剤を引き取り、回収を行いました。』との内容です。今回、回収された輸血製剤は赤血球輸血製剤で8/20に出荷、8/26に回収されました。赤血球輸血製剤の有効期間が21日と長いため回収可能でしたが、もし製剤が血小板であったならば、有効期間4日の使用期限のため既に患者さんに輸血されてしまったと想定されます。インフルエンザの潜伏期が1-7日であるため、血小板製剤の場合は、献血者が発症後自己申告しても既に患者さんに輸血された後・・・という危険性が危惧されるのです。
同様なケースが他にも1例あり、これらの出来事は、毎日や読売といった新聞一般誌でも報じられました。また、テレビでも取り上げられ、国民的な関心を引きつつあります。
今回は、献血者が自己申告し、血液製剤が保存期限の長い赤血球製剤であったため、回収が可能になり、新型インフルエンザ罹患者由来の血液製剤が患者に投与されることは避けられました。
しかし、新型インフルエンザではHBV、HCV、HIVで行われているNAT検査のような精度の高い検査は行っていないため、輸血製剤自体をチェックすることは困難です。つまり、新型インフルエンザ罹患者の献血を防ぐためには、自己申告に頼っている現状です。不活化技術が開発段階である赤血球に関しては保存期間が長いため、後述するフランスの取っているような時間をおいて献血者の健康状態を確認するといった問診や自己申告を中心とした対策も可能でしょう。しかし、保存期限の短い血小板製剤の場合は、回収するための時間的な猶予もほとんどないため、同様な対策の効果は限定的です。血小板に関しては特に新型インフルエンザ罹患者由来の血液製剤が患者に投与されている事例もかなりあると考えるのが自然だと筆者は考えます。実際に、献血者の割合を大雑把にいえば赤血球4人あたり血小板1人です。
今まで新型インフルエンザが輸血を介して感染したという報告は筆者の知る限り今ところありません。しかし、これは輸血由来なのか、面会者・医療従事者などの別ルートの感染か、証明困難であるからだと多くの専門家は考えています。実際に症状発現前にも、短期間でインフルエンザウイルスが血液中で増殖し、ウイルス血症を呈します。つまり、新型インフルエンザの潜伏期に無症状だった献血者から供給された輸血はウイルス血症を呈している可能性があるのです。現在、日赤が問診時に新型インフルエンザの罹患者には献血を辞退してもらっているのはこのためです。海外ではインフルエンザも輸血を通じて感染すると想定して対策を進めています。世界的にみても、実証された例がないからインフルエンザは輸血を通じては感染しないと考えている専門家は実は少ないのです。
最近、ドイツのPEI(生物製剤の規制当局)は各地の血液センターに対し、新型インフルエンザ流行地域への旅行歴があるドナーの献血も製剤の病原体不活化を行えば認める指示を出しました。フランスでは既に新型インフルエンザの大流行を想定して血小板と血漿は不活化で対応し、(不活化技術がまだ開発段階にある)赤血球については採血後時間をおいて献血者の健康状態を確認のうえ出荷することで対応すると公表しています。筆者は今までの配信で、不活化技術の利点を血小板製剤の有効期限延長による、在庫調整の容易化という観点から主に議論していました。もちろん、この観点の重要性は変わりませんが、ドイツやフランスにおける動きは、不活化技術の導入は潜在的な輸血を介した感染リスクから患者さんを守る上でも、献血者数の確保をすることと同様に有用であることを示唆しています。
また、不活化技術は今回の新型インフルエンザのようにNAT検査のような精密な輸血製剤の検査方法がない新興感染症ほぼ全てにおいても、輸血を介した感染のリスクの軽減に有効です。この点は、今後の輸血の危機管理として重要な論点になります。
【導入への道筋】
導入に向けてどのような手続きが考えられるのでしょうか。まず、問題になるのはいくつかある不活化技術のうちでどの技術を選択するのかです。筆者は前回http://medg.jp/mt/2009/09/-vol-236.html
でも述べたように日赤の進めているリボフラビンの方法ではなく、ソラレン誘導体による方法しかないと考えます。ソラレン誘導体による方法でなければ血小板製剤の保存期間延長はできないためです。
次に問題になるのはどのように承認をするかです。新規の医療機器や医薬品は治験を行い主に安全性を確認して承認となります。このプロセスには数年かかることもあります。しかし、今回の新型インフルエンザの感染が拡大している状況ではあまり時間的余裕はありません。
今までの海外のデータを元に審査を進めていくのではないかと筆者は予想しています。骨髄移植に必須の骨髄フィルターが欠品した際に、海外で使用されている日本未承認の代替品を迅速に承認した際には約1ヶ月で「迅速」に承認されました。米国FDAは法的な裏付けによって、緊急事態には、場合によっては期限付きで未承認又は未認可の医薬品の使用を許可する制度を表明しています。これらの様な前例や海外の事
例を参考にして審査・承認のプロセスを考えていく必要があります。また、少数の日本人を対象に急性期の有害事象がないことを確かめる臨床試験を行うことも選択肢に入るでしょう。そして、導入方法についても議論が必要です。特に、不活化処理を日赤の独占にするのか、それとも、各医療機関でも不活化の施行ができるようにするのか、早急な議論が必要です。実際に、海外の一部では、輸血部のある病院では採血して不活化処理を行っています。
【国際標準の重要性】
繰り返しになりますが、欧州を中心に不活化はすでに施行されており、35万回以上の輸血実績があります。ここで一つ重要なことは、これらの不活化処理の技術、使用されている機器、処理方法のプロセスなどが国際標準化されていることです。今後、起こりえるかもしれない副作用の発現状況の国際的な調査やその結果を評価する上で、プロセスが標準化されていることは極めて有利です。日本に導入する際にも国際標準にあわせた方法を導入する必要があります。
もし日本が独自に手法やプロセスを変えて不活化を実施した場合は、どのような影響が出てくるかを、国際的な標準仕様と比較することは困難が予想されます。不活化導入に当たっては、先行している各国の動向を詳細に確認し、遅れを取っている日本は、正しい情報を海外から学ぶ姿勢も重要になるでしょう。
筆者は前回述べたような不活化製剤導入に関わるリスクについて日赤は十分に国民や医療関係者に開示すること、そして、使用成績調査をしっかり行うことが特に重要だと考えています。特に後者は日本に於いてしかるべき規模の治験が行われずにこの技術が導入されるのであれば、安全性を担保する上で極めて重要です。そして、導入後の調査をどこが主体になって行うか(日赤が行うのか、もしくは他の公的な機関が行うのか)も重要な論点になります。
新政権では予算の見直しが行われようとしています。約200億かかるとも言われる不活化導入のための費用ですが、これは国民の生命を守るために必要な費用であると、声をあげつづけることも重要です。
また、不活化技術導入により節約できる費用が相当有るはずです。たとえば、期限切れで廃棄する血小板製剤分の費用や輸血後GVHD予防のための放射線照射装置の維持と更新の費用は節約できます。この点についても議論を進める上で日赤は情報開示をする必要があります。
【日赤は透明なマネージメントを】
日赤は日本の血液事業を独占しています。それが故に、高い公共心とそれに基づく透明なマネージメントが求められることは言うまでもありません。今回の新型インフルエンザと輸血不活化技術問題では、国民に正確な情報を提供することは、日赤の使命とも言えます。そして、我々医療従事者は患者さんの利益を守るために、この問題について引き続き議論を行っていく必要があります。