医療ガバナンス学会 (2009年9月30日 08:54)
前回の配信では、民主党の医療マニフェストを解説させて頂きました。今回は、民主党の医療政策人事について考察したいと思います。
9月18日、民主党の内閣人事が発表されました。翌日の日経新聞は「政治主導へ政策通起用 副大臣や政務官、意思決定影響力強く」と報じていますが、筆者も同感です。
【医療政策決定は5本柱】
医療を語るメディアは、もっぱら厚労省に注目しています。特に長妻新大臣への関心は相当なレベルです。しかしながら、厚労省だけに注目していると「木を見て森を見ない」ことになりかねません。
民主党の目標は「政治主導」。その最大の売りは、内閣府に創設された国家戦略局と行政刷新会議です。前者は予算の組み替え、後者は無駄の排除が目的で、ともに医療政策に大きく影響します。
ついで、民主党の医療マニフェストの売りの一つが、医学部定員50%増員です。これは、厚労省ではなく、文科省の管轄です。また、地域の医療崩壊を食い止めるために、中核病院の入院診療報酬の「少なくとも10%」の増額を表明していますが、該当する病院の多くは公立病院で、総務省が所管します。
このように、民主党の医療政策を実現するには、厚労省以外の省庁の果たす役割が大きく、実現は、彼らの有機的な連携にかかっています。
【国家戦略局と行政刷新会議】
医療に関係する省庁のなかで、私がもっとも大きな影響力をもつと考えているのは、内閣府に設置された国家戦略局と行政刷新会議です。
そして、この二つの組織を仕切るのが、菅直人国家戦略局担当大臣、仙谷由人行政刷新担当大臣、さらに両者の担当副大臣の古川元久氏です。菅氏、仙谷氏は後述するとして、元財務官僚の古川氏が副大臣に抜擢されたことは、大きな意義がありそうです。
古川氏は事務処理能力も高く、人柄も温厚です。更に医療への造詣も深いことが知られています。例えば、2003年には「次の内閣厚生労働大臣」に就任、2006年以降、民主党の医療制度改革チームの座長を務め、民主党の医療政策をリードしてきました。最近は民主党税制調査会副会長としての露出が多かったのですが、医療に詳しい財務省OBが重要なポジションにつき、菅・仙谷大臣をサポートすることは、民主党の医療改革の大きな戦力になるでしょう。
【国家戦略会議と菅大臣】
菅国家戦略局担当大臣に関しては、過去のメディア報道を見る限り、医療に対する見解ははっきりしません。おそらく、あまり関心がないというのが本音でしょう。医療や教育という具体的な政策の内容よりも、「官僚内閣制」から「政治主導」へという政治ステムの変換に大きな関心があるのでしょう。おそらく、医療政策の内容に口を挟むことは少ないと考えています。
彼の考えを知る上で、HPで表明している「行動規範」は参考になります。
(以下、菅大臣のHPより http://www.n-kan.jp/2009/09/post-1936.php)
政権移行の準備が始まった。各省の官僚は早速省益を守るため、民主党のマニフェストがいかに非現実的でこれまでの政策がいかに正しいかということをマスコミを通じて国民に伝え、世論形成を図っている。霞が関の官僚もマスコミも民主党による政権交代の意味を理解していない。イギリスでは高級官僚が国政に関して公の前で意見表明することが禁じられている。イギリスでは官僚はあくまで大臣など内閣のメンバーを専門集団として支えるもので、官僚自身が国民に働きかけることは「政治行為」として禁止されている。官僚の省益を守るための説明を鵜呑みにして報道するマスコミも官僚政治の片棒を担がされている。しかもそのことを彼ら自身十分には気がついていない。
【行政刷新会議:注目が集まる仙谷由人氏】
筆者が医療に対して最も大きな影響力を持つのは、仙谷行政刷新担当大臣だと考えています。その理由は以下です。
まず、議員個人として、医療への関心が深いことが挙げられます。彼の政治信条は「コンクリートから人へ」。2002年に胃がんを患い、国立がんセンター中央病院で手術を受けて以降、民主党の医療政策の第一人者として活躍してきました。例えば、がん対策基本法、福島県立大野病院事件支援、骨髄フィルター不足問題などは、彼が主導したものです。
彼の考え方は、ロハスメディカルのインタビューが参考になります。そのタイトルは刺激的です。
「医系技官を通さず現場の情報を集める仕組みを」http://lohasmedical.jp/news/2009/09/14211832.php
「中医協 なくすか、改革改組か」 http://lohasmedical.jp/news/2009/09/05004313.php
「社会保障国民会議報告書 まったく関係ない」 http://lohasmedical.jp/news/2009/09/02203146.php
ついで、行政刷新会議の対象が、独立行政法人・審議会・補助金・天下りを含めた官僚人事であることが挙げられます。就任の記者会見で、「縦割り、補助金、天下りという日本の宿痾といえる大病にメスを入れてえぐり取る」と宣言しています。この記者会見は秀逸で、一見の価値があります。
http://www.youtube.com/watch?v=TG1pzttMgD8
実は、仙谷大臣が挙げた問題は、まさに厚労省が抱える「宿痾」です。例えば、独立行政法人については、国立がんセンターや循環器病センターなどのナショナルセンター、社会保険・厚生年金病院、国立大学が俎上にあがります。特にナショナルセンター問題は、仙谷大臣が国会質疑で追及してきたものです。真っ先に取り上げるでしょう。
ナショナルセンター問題を取り上げれば、補助金や審議会、さらに医系技官問題に波及することは確実です。例えば、がんの研究予算は、国立がんセンターに出向した役人と一部の御用学者たちが恣意的に使っていることは周知の事実です。昨年、国立がんセンター中央病院外来で約3,000万円の使途不明金が見つかりましたが、うやむやになってしまいました。このような厚労省の恣意的な運営にはメスが入るでしょう。
余談ですが、役所の事業の検証には「事業仕分け」という手法を用います。財務省OBの加藤秀樹氏が主宰する「構想日本」の活動が有名です。自公政権時代、河野太郎議員らが中心となって厚労省の事業仕分けを企画しましたが、様々な圧力で日の目を見なかったと言われています。仙谷行政刷新担当大臣は、この「事業仕分け」に並々ならぬ関心があり、就任の記者会見で「事業仕分け」を明言しています。
審議会も問題山積です。例えば、新薬審査ではPMDA(医薬品医療機器総合機構)での審査に加え、厚労省の「薬事食品衛生審議会」で審査を重ねることは、ドラッグラグを2ヶ月間ほど延長させています。このような屋上屋を重ねるやり方は、果たして本当に必要なのでしょうか?
また、医療行為の値段を決める中央社会保険医療協議会(中医協)のあり方も見直されねばなりません。9月末には、7名の診療側委員のうち、6名の任期が切れます。このうち、5名が医療機関の代表で、うち3名が日本医師会(日医)推薦です。日医が医療現場の声を反映してこなかったことは明らかです。日医に変わり、誰が医療現場代表として選出されるか見物です。
最後に、今回の組閣では厚労大臣のポジションを仙谷大臣から長妻大臣に譲ったことをあげましょう。組閣前夜まで、厚労省には仙谷氏が内定したとの報道が流れていました。この人事を、多くの患者は歓迎したようです。しかしながら、長妻大臣が「年金を担当したい」という強い希望を受け入れる形で、鳩山総理が人事を変更しました。組閣当日、このニュースを知った患者たちは、民主党本部や鳩山事務所に多くのメールやFAXを送り、仙谷氏の厚労省就任を要請したと言います。私が知る限り、普通の市民が大臣人事に声を上げたのは初めてです。このような事情は、仙谷氏と長妻氏の間に微妙な力学を及ぼすことは間違いないでしょう。
【厚労省 足立信也政務官がキーパーソン】
9月19日、厚労省には5名の政治家が任命されました。これまでの活動から考え、長妻大臣は年金、細川律夫副大臣は労働、山井和則政務官は介護・福祉、足立信也政務官は医療を担当し、長浜ひろゆき副大臣は年金問題を中心に、全般的に調整・バックアップ役に回るでしょう。
医療に関しては、足立信也氏が政務官に就任した意義は極めて大きいと思われます。足立政務官は、筑波大学の助教授まで務めた外科医であり、国会議員の中でもっとも臨床経験が豊富です。また、医療事故調問題の民主党案をまとめ、先の総選挙では政調副会長として医療分野のマニフェストをとりまとめました。当選1回の参議院議員で、来年には改選を控えるにもかかわらず、あえて政務官に抜擢したことは、党内の期待を反映しています。この人事、長妻大臣のファインプレーと高く評価します。
今後、医療政策は足立政務官が担当する可能性が高く、民主党のマニフェストを着実に遂行するでしょう。問題は、民主党のマニフェストは、従来の厚労省の方針と合わないものが多く、役人の抵抗が予想されることです。おそらく、役人は、医療をよく知らない大臣や副大臣をターゲットに「レク責め」にするでしょう。最初の戦いは「新型インフルエンザ対策」で、連休明け早々にも動きがありそうです。
【文科省 鈴木寛氏が副大臣に就任】
文科省では、鈴木寛参議院議員が副大臣に就任しました。彼は経産省OBで、慶應義塾大学SFC助教授を経て、2001年に参議院議員となりました。以後、教育・医療のエキスパートとして活躍しています。また、鳩山総理の側近として知られ、仙谷行政刷新担当大臣とも近い存在です。松井孝治官房副長官らと並んで民主党のブレインとも言われ、今回の総選挙では、国家戦略局の立案や医療・教育分野のマニフェスト作成に関与しました。
今回、鈴木議員が文科副大臣に就任したことで、文科省が所管する医学部定員問題、医学教育問題の見直しは加速すると予想します。医学部定員の増員が、医学教育、ひいては大学教育全体の見直しに繋がる可能性すらあります。
医学部定員の増員は、教官の増員を意味します。これらの枠は、臨床医だけでなく、理系研究者、法学部の医事法専門家、経済学部の医療経済専門家、介護・福祉研究者に割り当てられるべきです。
さらに、鈴木副大臣はライフ・サイエンスへの造詣も深いことが知られています。19日未明には、「最先端研究開発支援プログラム」の見直しを表明しました。同プログラムは今年度の補正予算で決まったもので、総額2,700億円という、この分野では従来とはケタが違う予算です。その有効な活用が期待されていますが、実際には現場からの申請、さらには審査が極めて短時間に行われました
。しかも、総選挙後、新政権誕生前の9月4日という時期に、“駆け込み“的に支給先が決定しました。
鈴木副大臣のコメントは「2,700億円という額以上に、支給対象者の選考プロセスに問題がある」です。族議員・文科省・御用学者が一体となったライフ・サイエンス研究のあり方にメスが入るでしょう。
【医療に造詣の深い議員が配備されなかった総務省】
今回の総務省人事のウィークポイントは、総務省に医療に造詣の深い議員が配備されなかったことです。総務省には原口一博大臣を筆頭に、小川淳也議員、階
猛議員など政策通が並んでいますが、いずれも医療とは縁遠い存在です。
総務省は、公立病院や救急隊を所管する重要な省庁です。民主党は内閣に100人の国会議員を送り込むと公言しており 、今後、送り込まれる人材に注目しています。
【議員の有機的な連携を望む】
今回の人事では、民主党の医療政策を主導してきた仙谷由人氏、鈴木寛氏、足立信也氏に対して、妥当なポジションが提供されたと考えられます。いずれも政策通です。彼らは、従来から連携してきた議員たちであり、意思疎通に問題はなさそうです。このネットワークが有機的に活用されれば、政治家主導で、省庁間の縦割り是正が期待できそうです。
このあたり、自公政権の大臣、副大臣、政務官の関係とは対照的です。かの小泉総理ですら政治主導で決めたのは大臣だけ。副大臣・政務官は派閥の推薦を受け入れました。彼らが連携しているようには見えませんでした。
ただ、厚労省の役人も黙ってなすがままにはならないでしょう。様々な手段を用いて抵抗すること必至です。いくら優秀な人材を要所に配置しても、有機的に連携しなければ、「絵に描いた餅」。その意味で、彼らが相互に、および国民とコミュニケーションをとるかにかかっているでしょう。政治も、しょせんは人のすることです。好き嫌い、感情の入り交じる世界。彼らの人間力に注目したいと思います。