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臨時 vol 270 「「○○被告」の誤謬」

医療ガバナンス学会 (2009年10月1日 06:40)


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 国立がんセンター所属
 医師・弁護士  大磯 義一郎
1 「○○被告」は誤り
 最近、有名人の薬物使用に関するニュースが紙面を騒がせている。
 「○○被告追起訴」
 「○○被告保釈」
 「○○被告の初公判は×月×日に」
 繰り返し目にする報道ではあるが、ここには大きな誤りがある。
 刑事事件において、公訴提起された者は被告「人」であり、単なる「被告」は
民事訴訟において、訴えを起こされた側の当事者のことを指すのである。
 司法界の「サクシン」「サクシゾン」と言えるこの両者の紛らわしさがもたら
す弊害について考察する。
2 被告「人」とは
 被告「人」となるためには、通常、以下のような非常に長い期間と手続を経な
ければならない。まず、検察官又は司法警察職員は、被疑者が罪を犯したことを
疑うに足りる相当な理由があり、かつ、逮捕の必要性がある場合に、あらかじめ
裁判官に逮捕状の請求を行う。逮捕状に基づいて被疑者が逮捕された場合、司法
警察員による逮捕から48時間以内に検察官に送致される。その後、検察官は、24
時間以内に、逃亡のおそれや証拠隠滅のおそれ等により勾留する必要があるかを
判断する。勾留する必要があると判断した場合には、裁判官に勾留請求を行う。
そして、裁判所にて、裁判官は被疑者に対して弁解の機会を与えた上で(勾留質
問)、勾留決定がなされる。被疑者は、原則10日間勾留され取調べを受け、複雑
な事件の場合には更に10日間勾留期間を延長された上で、公訴提起すべきと判断
されたときに、公訴されるのである。
 しかも、日本では被告人の有罪率は99.8%と非常に高く、「被告人」とな
ると、ほぼ間違いなく有罪となるのであるから、その意味は強い(なお、被疑者
から上記過程を経て被告人になるのは40%程度である。昨今、被疑者段階の弁
護活動の重要性が言われるのはこの日本の司法の構造による)。
3 「被告」とは
 一方、「被告」は、先に述べたように、民事訴訟において訴えを起こされた側
の当事者のことであり、前回述べた「裁判を受ける権利(憲法32条)」が国民に
保障されていることもあり、極端な話が、「今日、雨が降ったのは○○のせいだ」
「どちらの学説が正しいか」で訴えを提起することも不可能ではない(但し、純
粋な学術上の争いは法律上の争訟ではないため結果としては、却下される)。そ
の場合、最終的には原告が敗訴するとしても、訴えが提起された時点で、相手方
は「被告」となるのである。
 即ち、相手が、一方的に、訴訟を提起しさえすれば、誰でも、何時でも、被告
になることがあり得るである。
 また、民事における原告、被告は相対的なものでしかなく、先に訴えを提起し
た側が原告、相手方が「被告」となるのであり、逆ならば、原告と被告は入れ替
わる。さらに、第一審の判決に不服があり控訴した場合、控訴をした側が控訴人
であり、その相手方当事者は被控訴人となる。したがって、被告が控訴した場合
には、控訴審では、(第一審の)被告が控訴人であり、(第一審の)原告が被控
訴人となるのである。
4 ○○被告「人」の問題の所在
 昨今の薬物使用に関するニュースは、刑事手続きに関するものであるから、公
訴提起後は、「○○被告人」または「被告人○○」が正しい表記であり、「○○
被告」と表記してしまうと、意味の全く異なる民事の相手方当事者を指すことと
なるのであるから、「人」は絶対に省略してはならない。
 しかるに、日本のメディアは、ロッキード事件の頃から、「田中角栄被告」、
「被告田中角栄」と記載しており、理由は不明だが誤った表記による報道を続け
ている。
 その一方で、医事紛争において、民事で被告となっている医療従事者も同様に
「○○被告」と表記している。
 これでは読み手には、当該医療従事者が、刑事における被告「人」なのか、民
事における「被告」なのか一見して判断できない。
 特に日本では、被告「人」は即ち有罪といっても過言ではない状況であるから、
「被告」と被告「人」を混同するような報道は、民事の「被告」にとっては、本
来は、正しい表記であるにもかかわらず、大きく本人の名誉を損なうこととなる。
5 英語では
 たった一文字の違いであるが、その意味は天地ほどの開きがあることはご理解
いただけたであろうか。日本語では、これほど紛らわしい表現となっているが、
英語ではどうであろうか。
 英語では、「被告」は「defendant」、被告「人」は「accused」であり、両者
は明確に異なる表現となっている。
 原告を表す単語は「plaintiff」であり、plain・tiffのtiffは、いざこざ、口
論、軽い立腹といった意味の語である。そして、これに対する当事者である「被
告」は、「defendant」なのである。上記で縷々記述した内容が、英語で表記さ
れるとしっくりくるのではないだろうか。
6 結語
 ここ10年、頻発した医事紛争関連報道において、日本のマスメディアは、民事
で「被告」になっている、つまり、「defendant」の立場にいるときでも、刑事
で被告「人」つまり「accused」となっていても、どちらも「○○被告」と誤っ
た報道をしている。
 一方、日本では、国民と司法の距離が遠く、三割司法とも呼ばれている。また、
法学教育が未整備なため、法律知識を持つ国民は殆どいないのも日本の特徴であ
る。このことが、メディアの過ちの意義を更に深化させている要因となっている
ことは事実であろうし、改善すべきではある。
 しかし、これほど意味合いの異なる両者を一文字違いで表わすことこそが問題
の本質であり、「サクシン」と「サクシゾン」の誤処方同様、紛らわしい名称に
しなければいいだけの話である。
 「被告
」と被告「人」を混同するのは、国民が不勉強だからではなく、司法の
怠慢の故であることを自覚しなければならない。
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