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Vol.055 自給と安全・安定供給 無条件には両立しない ~化血研不正から見えたもの2

医療ガバナンス学会 (2016年3月1日 06:00)


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(この文章は、『ロハス・メディカル』3月号に掲載されるものです)
『ロハス・メディカル』編集発行人 川口恭

2016年3月1日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

前回の記事で、化血研が国内自給の国策、安定供給、法令遵守の三者を満たせず法令を破った、と指摘しました。法令遵守を大前提とするなら、国内自給の国策と安定供給のどちらかを守れなかったということになります。よく考えてみると、この二者の両立、意外と難しいことなのではないでしょうか?

化血研の問題を受けて厚労省内に設置されたワクチン・血液製剤産業タスクフォースの1回目会合(1月14日に非公開で開催)は1時間開かれていたはずなのに、公表された議事概要は、たった6行でした。その秘密主義に呆れるのですが、ひとまず憤りを棚上げして6行を眺めてみると、「国内自給の原則をどう考えるかは大きな論点。」という1行がありました。また、「血液製剤分野については、献血、安全性、安定供給の3点が重要。」という1行もありました。

3点が重要ということ自体には全く異論ありません。ただし、必ず3点同時に満たさなければならないとすると、化血研が陥ったアリ地獄のようなことになりはしないでしょうか?

前回も少し書いたように「献血による国内自給」が血液法に明記されたのは、血友病の方などに多くの感染者を出した薬害エイズ事件が契機となっています。

つまり、この国策の底流にあるのは「安全な製剤を製造するため、海外から得られる原料や売血を使わない」という考え方です。先進国の責務として、海外から血を買い集める「吸血鬼」になっていけないから自給が必要なのだ、との主張もありますが、仮にリスクが高いと分かっていても国産だけ使いますか? と質問した時に、どういう答えが返ってくるか想定してみれば、優先度が最も高いのは「安全」ということで納得いただけるはずです。そして製剤によっては、供給されないことで患者の生命が危険にさらされるというものもあるので、安全と並んで安定供給の優先度が高いことも自明です。

よって、献血(国内自給)は、安全と安定供給を達成するための手段で、3項目中での優先度は最も低いはずだけれど、法に明記されているので厚労省としては追求せざるを得ないという現状が分かります。国内自給を最優先して製剤の安全性や安定供給が損なわれたら本末転倒なので、タスクフォースでも議論になっているということなのでしょう。
●本当に安全なのか

ところで血液製剤には、化血研などが製造している血漿分画製剤だけでなく、日本赤十字社(日赤)が製造販売している輸血用血液製剤というものもあります。一連の流れなので、化血研が担っている部分だけでなく全体を見る必要があります。理解しやすいよう、現在の国内の血液の流れを図にしてみました(http://robust-health.jp/article/images_thumbnail/2016/01/%E5%9B%BD%E5%86%85%E8%A1%80%E6%B6%B2%E3%81%AE%E6%B5%81%E3%82%8C-552.php)。

元はすべて日赤を窓口とする献血で、日赤の段階で輸血用血液製剤と原料血漿とに振り分けられ、輸血用血液製剤は日赤から医療機関(一部は卸経由)へ販売されます。原料血漿は、日本血液製剤機構、日本製薬、化血研の3社に日赤から払い渡され、3社によって血漿分画製剤へと加工され、卸経由で医療機関へと販売されます。払い渡される原料血漿の量は、各社から届出がある翌年度の製造・供給見通しに基づいて年に1度国が算出し、薬事・食品衛生審議会血液事業部会で決定されています。

さて、「海外から得られる原料や売血を使わない」のは、この図の最初の所に関門を設けていることになります。関門が意味のあるものになるのは、未知の病原体は海外から入ってくるもので、国内献血はそうしたものに汚染されていないとの前提が成立する場合のみです。関門を補強するため日赤は、献血の問診段階で海外渡航歴などから何かに感染しているリスクの高そうな人は振るい落とす、HIVやB型とC型の肝炎ウイルスなど既知の病原体のいくつかに対しては血液自体を検査する、ということをしています。

ただ、これらの策は、献血希望者がウソを言っても分からないとか、既知の病原体でも検査をすり抜けてしまうタイミングがあるとか、存在を知られていながら検査されていない病原体があるとか、未知のものに汚染されていた場合は処置なしとか、弱点はいくらでもあります。あくまでも国内献血の大多数が汚染されていない場合にだけ意味を持ちます。

逆に言うと、その前提が崩れた場合には、国内自給と安全性とは何の関係もなくなります。実際、E型肝炎に関しては輸血で感染、慢性化してしまったという例が最近も何件か報告されています。そして、国内自給だけ堅持していたら安全性が高まるということはあり得ず、どんどん危険性は高くなっていきます。一つの例を挙げます。

2014年夏に国内でデング熱患者が確認されて騒ぎになったのをご記憶の方も多いことでしょう。患者に直近の渡航歴がなかったことから、海外から持ち込まれたウイルスによる二次感染が起きたと考えられ、最終的に約160人が医療機関を受診しました。国立感染症研究所のサイトによれば感染しても5割から8割の人は何の症状も出ないと言われているそうですので、少なく見積もっても300人、多く見積もれば800人が感染したことになります。

このデング熱、既にお隣の中国や台湾では毎年流行が報告されており、熱帯病ではありますが温暖化とグローバル化が進む現況から見て、いずれ国内でもありふれた疾患になることが、ほぼ確実です。(1)過去に感染し抗体を持っている人 (2)蚊に刺されて知らずに感染し血中にウイルスが大量に存在する人(刺されてから7日程度までの間)、が一定の確率で社会に存在するようになります。

さて、デング熱には4種類の血清型が存在します。この4種類、ちょっと不思議な関係にあります。例えば1型にかかった場合、1型に対しては抗体が出来て終生免疫を獲得します。一方で2型・3型・4型に対する感染防御効果は数カ月しか持続せず、その後は抗体がむしろ他の型のウイルス感染を助け重症化してしまう確率が高くなるのです。

(1)の人が、(2)の人由来の輸血用血液製剤を投与されて、そのウイルスの型が違った場合、輸血の原因となった疾病やケガに加えて劇症型デング熱を発症することになり、恐らく生命の危険に直結します。現段階では天文学的に低い確率に過ぎませんが、BSE(狂牛病)の感染確率とそれでも起きた騒ぎのことを思い起こすと、感染者が増えてきた段階で抜本的な対策が必要になることは間違いないと考えられます。

デング熱ほど極端に危険な例でなくとも、熱帯病と思われていたものが、ありふれた病気になるという流れがこのまま進んだ時、国内自給という関門は、安全性の面からは恐らく何の意味も持たなくなります。
●本当に安定なのか?

国内自給が安全に直結するわけではないと分かりました。安定供給との関係はどうでしょう。

今回、厚労省は化血研に対して110日間の業務停止を命じましたが、血液製剤14品目のうち8品目については代替品が存在しないという理由で出荷を続けさせています。見かけ上の処分が重いだけに、その実態が骨なしということには、業界内でも呆れる声があります。40年間騙され続けたこともあり、厚労省のメンツは丸つぶれです。

メンツ丸つぶれでも厚労省が見かけ倒しの骨なし処分をせざるを得なかったのは、患者の生命を危険にさらすわけにいかないからです。

このことが教えてくれるのは、図の流れの1カ所でも滞ったら、代替するバイパスが充分には存在しないので、患者の生命にすぐ危険が及ぶ、そんな実に危うい構造です。図に出てくる国内の関係各所すべてが順調に何事もなく業務を遂行するという前提でシステムが出来上がっている極めて脆い構造なのです。

今回は、たまたま不祥事で工場自体は健在でしたから、厚労省が骨なし処分にすることで、供給を維持することができました。しかし、地震などで4社の工場のどれかが出荷不能となった時には確実に供給が足りなくなります。

地震でなくても、例えば国内でデング熱の大流行などが起きた場合には、先ほど説明したリスクがある関係上、献血受け入れそのものがストップする可能性も考えられます。そして血小板製剤は有効期限が採血から4日間しかないため、4日間献血受け入れが止まるだけで在庫がゼロになってしまうのです。血小板製剤を必要とする人は生死の境にいるようなことが多いため、確実に生命の危険に直結します。

こう見てくると、現在のカツカツ・ガチガチの構造を前提にする限り、国内自給の国策は安定供給との相性が極めて悪いと言わざるを得ません。

理論上、各社が原料をもっと多く備蓄できるようにすれば安定性は上がりますけれど、その費用を誰がどう負担するのかとか、今でさえ献血者が不足しているのに余計な原料をどこから確保するのかといった問題があり、現実的とは言えないでしょう。
●ゼロベースで再検討を

もし国内に何かトラブルがあったら、外国メーカーからの輸入でしのぐしかないのは、図を見ても明らかです。

とは言え、「国内自給」を国策としている関係上、普段は外国メーカーをどちらかと言えば冷遇しています。困った時だけ頼るというのは、ムシの良い話にも思えます。必要量を売ってもらえるという保証はありません。平常時から良好な関係を築いて流れの中に取り込んでおいた方が、イザという時の安定性は増すはずです。
海外との関係は、一方的に買うばかりとも限りません。

タスクフォースの議事概要6行の中には「国際展開などグローバルな観点からの検討が必要。」と書かれていました。

前回も説明したように、血液製剤の輸出は実質的に禁じられています。血漿分画製剤は連産され、すべての成分が一定の割合で取り出せてしまうため、国内の血漿分画製剤メーカーには売れ残って廃棄している半製品が大量にあると考えられます。元が善意の献血で、世界を見れば血漿分画製剤が全然足りないという国はたくさんある(2013年11月号参照。ロハス・メディカルのwebサイトで電子書籍を読めます)のに、実に勿体ない話です。出来た製品すべてを残さず売れる海外メーカーに対して、国内メーカーが価格競争力で劣る原因の一つにもなっています。輸出を解禁すれば、このムダは減っていくでしょうし、原料血漿を海外メーカーに預けて製剤化して戻してもらうというバイパスも出来ます。

こうして見てくると、血液を国から出しも入れもしないというのは、様々な面で国益を損なってはいないでしょうか?

ただし「国内自給」は法に明記されており、変更するなら法改正が必要です。化血研問題に社会の関心が集まり、タスクフォースも設けられた今を逃すと、法改正の可能性にまで踏み込んだ議論の機会は当分ないでしょう。

結論が出る前に社会が関心を失えば、恐らく何も変わりません。つまり、これは私たち自身が考え、意思表示しなければならない問題なのです。

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