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臨時 vol 280 「漢方を活用した日本型医療の創生」

医療ガバナンス学会 (2009年10月7日 15:56)


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慶應義塾大学医学部漢方医学センター
センター長 渡辺賢治
●はじめに
 昨今のインフルエンザ騒動を見ていて、漢方を専門とする医師として誠に歯が
ゆい思いで見ている。大規模臨床研究ではないにしても、麻黄湯(まおうとう)
がタミフルと同等の効果という結果が複数出ている。現場でそれを知っている医
師は多く、現に各メーカーの在庫が底をつきかけ、生産が間に合わない状況にあ
ると聞く。
 MRIC臨時 vol 271で木村知先生が書かれているように、「インフルバブル」の
中で、どうして漢方薬の存在が見えてこないのであろうか。筆者はこうした事態
が来ることを想定して、漢方を取り巻く環境のインフラ整備を急ぐことを提言し
てきたが、残念ながら準備不足の状態で、このような事態を迎えてしまったこと
を遺憾に思う。
 MRIC臨時 vol 189 「統合医療の確立ならびに推進をうたった民主党マニフェ
スト」で、民主党のマニフェストに漢方を含む統合医療が盛り込まれていること
について述べさせていただいた。いよいよ民主党政権が発足し、具体的にどのよ
うな政策が取られるのか期待されるが、こうしたインフルエンザ騒動を見ている
と、早急に漢方の基盤整備をして、日本型医療の創生を急ぐ必要があると考え、
本稿を記す。
●漢方の抱えるジレンマ 原材料(生薬)の供給
 麻黄湯がインフルエンザ治療として、何故表に出てこないのであろうか。一番
の理由は原材料の供給である。麻黄湯の構成生薬は麻黄(まおう)、杏仁(きょ
うにん)、甘草(かんぞう)、桂枝(けいし)である。このうち麻黄、甘草は中
国の北部の野生品に頼っており、収穫量に限度がある。また、現地の人たちは生
活のために乱獲するが、計画栽培をしないで掘りっぱなしのため、掘った後が砂
漠化し、大きな環境問題となっている。そのため中国政府は、1999年以降麻黄・
甘草の輸出を規制している。
 それに加えて中国の経済発展と元高基調は、生薬原料の価格を押し上げている。
さらに下記に述べるような世界的な伝統医学見直しの時期に来ており、欧米での
需要が急速に伸びているために、限られた生薬資源の配分バランスが崩れつつあ
る。
 このような生薬の不安定な供給状況で、投機的資本の介入により、価格が高騰
する危険性もはらんでいる。
 2002年にSARSが流行した時に、タミフル(シキミ酸)の原材料である八角の価
格が10倍に高騰したと聞く。
 もしも新型インフルエンザに漢方薬が良いということになり、原価が高騰した
ら日本の漢方メーカーは大きな打撃を被ることになる。ただでさえ資源の問題、
砂漠化の問題で、中国は甘草、麻黄の輸出を問題視している。甘草は漢方薬の7
割に使われている大事な生薬であり、理不尽な価格高騰が起こった場合、わが国
の漢方製剤の生産そのものに与える影響は大である。
●漢方の抱えるジレンマ 薬価
 では国内栽培を振興すればいい、ということになるが、その足かせとなってい
るのが、薬価である。麻黄湯の1日薬価は55円である。木村先生が述べておられ
る「インフルエンザが疑われても検査で陰性」の患者に仮に3日分処方しても160
円である。
 発熱する前に危ないと思った段階で麻黄湯もしくは葛根湯を服薬すると、大抵
2,3服で済んでしまう。これには教育も必要であるが、そもそも熱が出て症状が
出始めた時がインフルエンザの始まりではない。ウイルスにさらされている機会
は発病の何倍もあって、潜伏期間の間、免疫力が優れば発症せず、ウイルスの増
殖が優っていれば症状が出るわけである。潜伏期間の間にも何らかの体のサイン
のあることが多く、それを見逃さなければ麻黄湯、葛根湯を数回服用すればそれ
で済んでしまう。ちなみに葛根湯は1日薬価が73円である。タミフル1日分は618
円であり、通常5日分処方される。漢方薬を身近に使用することで、医療費削減
は十分可能である。
 さらに漢方の良い点はウイルスそのものをターゲットにしていないので、耐性
ウイルスを作ることはない。また、生体防御機構を高めているので、不顕性感染
を作ることもない。
 薬価は漢方薬といえども西洋薬と同じルールで改訂されている。西洋の新薬の
場合、開発費に罹る費用を計算に入れての初期薬価であり、2年毎の改訂で下がっ
ていくことは理解できる。しかしながら漢方薬の場合、生薬の価格で変動するた
めに、一律に下がる薬価ルールが適用されるはずもない。事実中国からの輸入価
格は上がっているにも関わらず薬価が下がっている。このため、薬価に見合う生
薬しか輸入できず、医療の質そのものが危うくなっている。
 漢方製薬メーカーや生薬メーカーは原価と薬価が逆転するいわゆる「逆ザヤ品」
を抱えながら全体で利益が出るように調整している。企業でありながら、売れば
売るほど赤字という品を売っているわけである。「では明日から赤字品目は撤退
します」、といったら日本の医療が成り立たなくなる。メーカーは日本の医療を
守るために、大変な犠牲を払っているのである。
●急ぐべきは漢方の基盤整備
生薬の国内自給率向上
 江戸時代までは生薬の栽培は盛んであったが、近年では農村の労働力の欠如、
薬価の低下に伴う生薬価格の下落から栽培農家は激減した。その結果生薬の自給
率はどんどん低下し、現在では15%にしか過ぎない。食の自給率よりさらに悪い。
 現在の農業技術を持ってすればわが国で栽培できない生薬はほとんどないと聞
く。問題は価格が見合うか、ということになる。価格の問題で、わが国の生薬栽
培を海外に移していった経緯は食と同じである。生薬の場合、中国への依存が大
きいため、中国の経済発展に伴い、原価は上がる一方である。
 今後わが国の伝統医学である漢方を発展させ、国民の健康に資すためには、生
薬の安定確保は必須事項である。さらに、農薬・重金属などの心配のない安
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