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臨時 vol 282 「日出る国の昇らぬ産業「再生医療ビジネスの暗い未来」 第一回」

医療ガバナンス学会 (2009年10月9日 06:32)


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   (事業化を失敗した元経営者の繰言)
株式会社ビーシーエス
元代表取締役
稲見雅晴
1: 始めに
 私は、1974年から医療機器産業に従事してきました。1970年代から現代までの
約40年は医療機器が長足の進歩を遂げた時代であると思います。コンピュータの
登場は診断法を驚異的に進歩させ、そこから得られた知見をベースに新しいデバ
イスが多数出現し従来困難であった多くの治療が可能になりました。
 例えば、ペースメーカは出現した当初、直径8cm厚さ3cmもある巨大なものでし
た。重さが150gを超え機能も固定レート(一方的に心臓刺激パルスを発する方式)
刺激しかできなかったものが、現在では重さも30gを切り、体動を感知して心拍
レートを変化させるような高度の機能を持ち、大きさも比較にならないほど小型
になり埋め込んでいる事も分からないほどになりました。現在では、ペースメー
カを使用すればほとんど日常生活に支障を来たす事がないほどに回復できるよう
になりました。これは使用するパーツが飛躍的に発達したこともありますが、リ
スクを恐れず果敢に臨床治療研究を進めた医師とメーカの共同作業の成果でもあ
ります。
 再生医療はどうでしょうか。現代医療では不可能な組織、臓器の失われた機能
を回復させ、欠損した組織を培養等の技術を駆使して物理的に元に戻すという、
全く新しい概念と大きな可能性を持った医療技術であるため、21世紀の医療と喧
伝されてはいますが、現状は可能性があるだけで実際に臨床治療に使用できるレ
ベルに達しているものはほとんどありません。
 最近、京都大学山中教授によるiPS細胞が大きな話題となっています。しかし、
まだ可能性の域を出るものではありません。では、なぜ世界中が血眼になって開
発競争を繰り広げるのでしょうか。それは、iPS細胞、ES細胞に対する実治療に
おける効果への期待と共に今後100年の基幹産業になりえるものであることを理
解しているからであると思います。
 私は、1995年に米国製自家培養皮膚(LifeSKIN CTI社)の存在を知り、1996年
に我が国で始めての自家培養皮膚(LifeSKIN)による広範囲熱傷治療(1.5歳女
児65%受傷)に携わる事ができたことからその治療効果の素晴しさとビジネスポ
テンシャルを確信しました。しかし、培養用に採皮した皮膚の輸送と出来上がっ
た自家培養皮膚の輸送には非常に難渋し15例でギブアップせざるをえませんでし
た。
 同時期に培養皮膚についてアドバイスをいただいていた東海大学猪口教授の考
案した自家培養皮膚が完成期に入りましたので特許取得を勧め、会社(株式会社
ビーシーエス)と専用実施権契約を締結し、純国産技術による自家培養皮膚産業
化を推進してきました。残念ながら、自家培養皮膚の事業化は確認申請の大幅な
遅れにより、多大な費用(約26億円)をかけながら、最後の資金調達に失敗し破
綻しました。
 資金調達の失敗は破産の直接の原因ではありますが、それが起きた原因は他に
沢山あります。資金調達の失敗は結果であり、その原因は別だという事です。こ
れは株式会社ビーシーエスだけの問題ではなく多くのバイオ・再生医療系ベンチャー
企業に起こっている大変大きく深刻な問題です。その事象は、現状では全く解決
の手立てのないもの、あるものは考え方を少し変えるだけで解決できるもの等様
々です。ひとつはっきり言える事、それはわが国のバイオ・再生医療の産業化は
停滞しており良い方向に向かっていないことです。
 先に書いたペースメーカは所謂先進国中、我が国だけが製造していません(で
きません。)ペースメーカは、ICチップ製造技術、パーツの小型化、アッセンブ
リ技術、どれをとっても我が国のお家芸といえる技術の集大成です。でも我が国
では製造できないのです。ペースメーカ黎明期(約40年前)には、我が国にもペー
スメーカ製造を志す会社が数社ありました。しかし、あまりにリスクが高かった
せいもあり大手企業は手を出しませんでした。その後、国も市場任せであり、事
の重大性を認識した様子はありません。
 ペースメーカを埋めたまま火葬場で火葬すると、リチウムバッテリが爆発して
窯を壊すという、とても国費を使うような研究とは思えないような研究発表があっ
たくらいで、ペースメーカ自身を研究、開発する試みはまったく見られませんで
した。1990年代に、米国から帰られた人工臓器研究者の提唱により、某メーカが
製造を試みましたが失敗しました。網の目のように張り巡らされた特許とパーツ
メーカのパーツ供給拒否が主たる原因でした。
 再生医療の国民医療に与える影響はペースメーカの比ではありません。絶対に
同じ運命を辿らせてはいけないのです。バイオ・再生医療は、岐路に立っていま
す。この5年で運命が決まるでしょう。国際競争力を維持し、産業化を成功させ
るために残された時間はほとんどないと思います。
2: 再生医療産業の意義
 戦後、我が国は、家電産業を努力と工夫で世界マーケットから米国メーカを駆
逐しました。現在は、韓国を主とする新興国にその地位を奪われようとしていま
す。これは、生活レベルや産業の成熟によりおこる当然の結果です。米国はコン
ピュータ産業、そこから派生したIT産業、はたまた金融商品の開発等にシフトし、
その地位を確保しています。バイオ・再生医療産業にも非常に鋭敏に反応します。
 再生医療も、技術集約型の自動車産業と同じように、基礎的な国力と学力の優
位性から先進国の方が有利であり、さらに、その裾野の広さは、あらゆる産業を
インスパイアする可能性があることから、すべての先進国は組織的に国家を挙げ
て産業化に取り組んでいます。
 一方で再生医療は、個々の研究者の資質に依存する面も大きく、研究、開発の
きっかけは一人の天才がリードする可能性も大です。世界同時にスタートしたこ
と、それに情報伝達は平等ですから、中進国の研究者にも大きなチャンスがある
といえます。競合は他産業以上に苛烈です。

<
div> 再生医療という全く新しい概念による治療技術は患者に大きな恩恵を与えると

共に産業面でも大きな付加価値を生む可能性を秘めていることを疑う余地はあり
ません。
3: 再生医療系ベンチャー企業への冷たい視線
【産業化への疑問】
 吉里再生プロジェクト(1992~97年)、ミレニアムプロジェクト(2000年~)
等の再生医療関連プロジェクト、そして医療機器産業ビジョン(2003年)発表か
ら6年以上経過しているが、未だ製造承認を認可された企業はたった1社(それも
国産技術ではない)であり、2,3を除き臨床研究もされていないため、我が国で
は再生医療産業は育たないとの意見も出ています。
【再生医療ベンチャー企業の能力に対する疑問】
 一時期の米国追従型バイオベンチャーブーム時に、事業内容や研究成果を吟味
されずに上場したバイオ・創薬系企業の株価が軒並み低迷しており、バイオ・再
生医療は投資敬遠銘柄になっています。
 先行したベンチャー企業の全てに資質があったとは思えません。ブームに乗っ
て資質を精査せずに上場させ、当然の結果として成果が出ない。これら企業と後
続のバイオ・再生医療ベンチャーも同じと考えるのは間違っています。金融筋と
実業の間では事業評価のポイントが決定的に異なっています。
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私たちの感染症への挑戦はつづきます。
より充実した医薬ラインナップをめざす大正富山医薬品です。
(http://www.taishotoyama.co.jp/)
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【議論は盛んだが有効な具体策がない】
 産業化が進まないことに対する議論は尽くされていると思いますが有効な施策
が講じられていません。
 再生医療の研究支援と産業支援は個別に議論すべきです。再生医療の場合、基
礎から臨床研究まで幅広く、同じ次元で議論しても虻蜂取らずになります。
 再生医療産業化支援は臨床研究と密接に関連しており、基礎研究とは異なる評
価をすべきです。
 私は経産省に自家培養皮膚の産業化支援を相談したことがあります。その時の
経産省の回答は、「経産省はマクロの政策を担っており、ミクロ(個別産業)支
援は考えていない」という返事でした。一方で、再生医療は、これからの重点産
業だ、中小企業支援策を声高に言いながら、再生医療の産業化支援(具体的には
製造承認寸前のような製品化の最終段階にある企業)する具体策がないというの
はおかしな話です。
 以上のような政府の腰の定まらない政策がベンチャー企業への金融支援を阻害
し、結果的に苦境を招いている一因となっています。
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