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Vol.076 先富論で発展する中国の介護への取り組み

医療ガバナンス学会 (2016年3月25日 06:00)


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森田知宏

2016年3月25日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

中国の高齢者はタフだ。特に、80歳以上の世代は、幼少期に中国共産党と国民革命軍とが戦う国共内戦、さらには日中戦争という国家存亡の危機を経験している。壮年期から中年期にかけては、大躍進政策(1958-1961)、文化大革命(1966-1976)である。下放運動で自身の子が農村部に派遣された者もいるであろう。大混乱のなか「政府や子供に頼ることができない」との思いを強くしたに違いない。
文化大革命時代に一時日本へ避難していた50代の知人は、「友人と頭の中だけは誰も奪うことができない」と親から聞かされたと言う。当時の気分を窺い知ることができる。

それから50年、中国は急激な経済成長を遂げた。彼らの子供世代では、仕事を求めて家を離れることが一般的となった。その傾向は後の世代になると一層強くなり、北京大学が2012年に出した報告書「中国民生発展報告2012」によると、中国全土の成人のうち既婚者の75%が両親と別居している。子供が家に留まって介護を担う時代は終わった。

そのような影響もあるのだろうか、中国の高齢者は精神面で自立している。
10月29日—11月1日、上海の介護施設や高齢者向けサービスを見学したときのことだ。嘉定区にある介護施設には、戸建住宅ゾーンがあった。介護を必要としない高齢者に向けたもので、介護が必要となったときにはすみやかに介護サービスが導入できるようになっている。健康な高齢者夫婦が「今のうちに」と自ら応募するケースが多く、すでに待機者がいるらしい。
これには驚いた。日本では介護施設に入りたがる高齢者は多くない。群馬県上野村では、上海の施設と同様に介護施設と高齢者住宅が一体化した施設を1989年に作った。現在は、18世帯の高齢者が暮らしているが、住民がコンセプトを理解して便利だと納得しるまでに1年以上かかった。それだけ、日本では生まれ育った家を出ることに抵抗がある。
しかし、上海の高齢者はすぐに移住を決めた。それだけ老後の生活に不安を抱えているとも言えるが、少なくとも現実的に将来を見据えていると感じた。

また、静安区での高齢者向けサービスについて聞いたときも驚いた。静安区は上海のなかでも歴史が古く、富裕層が多い。一方で、60歳以上人口は30%を超え、認知症対策に取り組んでいる。60歳以上の全住民に対して認知症検査を行ったところ、80%にあたる8500人が受験したそうだ。驚くべきカバー率である。
私はこれを聞きながら、復旦大学の教授が笑いながら、「ワクチンが無料だったら怖くて打てない」と言っていたのを思い出した。「必要」と思えば受け入れ、「不要」・「危険」と思えば政府が支援していても受け入れない、これが中国人、ひいては上海人の気質であり、動乱を生き抜いた知恵である。

精神面では自立していても、高齢化に伴い身体機能は低下し、介護需要は増加する。特に、上海や北京を中心として要介護者は急激に増加する。
これは、疾病構造の変化から明らかである。中国では、地方部では依然として感染症などの罹患率が高く、発展途上国と同様である。しかし、上海や北京はすでに疾病構造が先進国と同様である(*1)。例えば、これら都市部住民の1割以上が糖尿病である(*2)など、慢性疾患の罹患率が高い。慢性疾患の増加、高齢化の進行は認知症や脳卒中などの増加を招く。結果、介護を必要とする患者が増加する。

この需要に対して、中国政府が全国一律の介護保険などを整備する余裕はない。経済的に恵まれた地域や民間企業が様々な介護サービスの試行錯誤を行っているのが現実だ。例えば、先に述べた静安区の認知症スクリーニングは、2013年から1年おきに実施され、認知症リスクの高い人は、自己負担無料で体操や、認知訓練などに参加するというものだ。「不管黑猫白猫,捉到老鼠就是好猫(黒い猫でも白い猫でも、ネズミを捕るのが良い猫だ)」とは1962年の鄧小平の言葉だが、現在の介護の発展の仕方は、当時の「先富論」そのものである。

このなかで、高齢者介護に関して先進的な取り組みが生まれる可能性がある。先に挙げた認知症スクリーニングなどは、中国で効果が証明されれば、すぐに世界へ応用可能だ。特に、日本へ応用することが出来れば、高齢化社会の手本となりうる。今後、上海や北京が中心となって、斬新な方法が生まれることを期待している。

*1: Rapid health transition in China, 1990–2010: fi ndings from
the Global Burden of Disease Study 2010 (Lancet) Gonghuan Yang, Yu Wang, Yixin Zengらによる
*2: Prevalence of Diabetes among Men and Women in China (New England Journal of Medicine) Wenying Yang, Juming Lu, Jianping Wengらによる

森田知宏:
相馬中央病院内科医2012年3月東京大学医学部医学科卒業。亀田総合病院にて初期研修後、2014年4月より現職。

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