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臨時 vol 287 「「骨髄フィルター騒動」を振り返る」

医療ガバナンス学会 (2009年10月13日 06:13)


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        ーガバナンスの欠如とアカデミズムの危機
成松 宏人
東京大学医科学研究所 先端医療社会コミュニケーションシステム社会連携研究部門 客員研究員
山形大学 グローバルCOEプログラム 特任准教授
【危機管理としての情報開示】
 最近問題になった「骨髄フィルター騒動」における 情報開示のあり方が臨床
現場に及ぼした影響について筆者らの研究グループがまとめた論文がBiology
of Blood and Marrow Transplantation 誌電子版(アメリカ造血細胞移植 学会
の学会誌)に9月16日付けで公表された。日本の国内問題であるにもかかわら
ず、米国の専門分野の一流紙が掲載することは異例であり、情報開示についての
関心が国際的にも高まっていると考えられる。そこで、本稿ではこの研究につい
て紹介するとともに、「危機」へのどのような対処がなされたのかを振り返りた
い。
【骨髄フィルター騒動】
 2008年12月、日本においてバクスター社製の骨髄フィルターの供給停止が明ら
かになった。このフィルターは、骨髄移植の際に骨髄液のろ過に用いられ、骨髄
液注入と関連した血栓症の予防に必須のものである。ベンチャー企業が生産する
代替品があるが、米国では承認されていたものの、日本では未承認であった。つ
まり、骨髄フィルターの供給途絶により非血縁者間骨髄移植の全面停止をもたら
す可能性が持ち上がったのである。在庫を考慮すれば、3月中には骨髄移植が行
えなくなることが予想された。
 この問題は、最終的には2009年2月26日に厚労省が代替品を迅速に承認したこ
とで解決した。しかしながら、この間、日本では骨髄フィルターの供給途絶問題
はマスメディアを通じて広く報道され、国民の大きな関心を集めた。問題となっ
たのは、代替品の確保、日本国内で使用する際の患者の経済的負担の二点である。
特に、後者は日本特有の問題である。日本では、全ての国民が何らかの公的医療
保険に加入しており(国民皆保険)、その運用は厚労省がコントロールしている。
未承認の医療機器を用いる場合、原則として、医療費全額を自費で負担しなけれ
ばならず、公的保険と併用することができない。今回の場合、代替品を患者が個
人輸入して使用すれば約1000万円の自己負担が発生するため、多くの患者は骨髄
移植を受けることができない。この問題を解決するためには、厚労省が従来の医
療保険支払いの方針を変えるか、あるいは、代替品が短期間で厚労省に承認され
る必要があった。これまでの厚労省の施策、および残された時間を考えた場合、
何れも現実的でなく、多くの患者・医療者は絶望的な状況に陥ったのだ。
【全くなされなかった情報開示】
 輸入した代替品の経済負担をどのようにするかは、厚労省に決定する権限があ
る。この点は患者が最も懸念を示している点であった。しかし、厚労省はこの問
題が明らかになってから、1ヶ月もの間公式な情報開示を行わなかった。そして、
1月23日になって初めて、厚生労働省は代替品を迅速承認し公的健康保険で支払
うことを示したのだ。
【現場への影響】
 1ヶ月間全く骨髄移植の今後の見通しができなかったことは、骨髄移植数の減
少というかたちで現場への影響を及ぼした。骨髄バンクを介する非血縁者間の骨
髄移植は近年増加傾向にある。骨髄移植推進財団が公表している骨髄移植数の集
計によると2008年10月から2009年1月までは前年同月比で20-40%の伸びを示して
いた。ところが、2009年2月は一転して、20%以上の減少となってしまったのだ。
 非血縁者間で骨髄移植を計画する時は通常で2ヶ月前にはスケジュールを組む
必要がある。2009年2月の2ヶ月前、すなわち2008年12月は骨髄フィルター欠品問
題が持ち上がった時期である。この時期に造血幹細胞移植学会は、「昨年末から
財団の採取依頼を断る施設も輩出していて、患者さん・ドナーさんの間でも不安
が広がってきております。」と厚労省の要望の中で述べている。
http://www.jshct.com/pdf/090106.pdf
また、「骨髄採取の予定が組めない」との医師のコメントが伝えられている。
http://medg.jp/mt/2009/01/-vol-15.html
 これらの事実を考慮すれば、骨髄フィルターの供給の目処が立たないために、
多くの施設でこの時期の骨髄移植が延期されたとことをこの減少は示唆している
と筆者らは論文において結論づけた。
【現場へは全く影響なし?】
 骨髄バンクを運営する骨髄移植推進財団は今年の2月13日に以下のリリースを
公表した。
「(前略)なお、2月の骨髄採取予定数は82件であり、前年よりも18件少なくなっ
ていますが、これは、昨年は閏年で今年は昨年よりも1日少ないこと、2月5日
(木)、6日(金)に造血細胞移植学会が開催されたためこの両日に少なくとも
非血縁の骨髄採取が1例も行われなかったこと(昨年は2月29日、3月1日に開催)
等によるものであり、採取キットの供給による影響ではないと考えられます。
(後略)」
http://www.jmdp.or.jp/documents/file/07_about_us/monthly/monthly09_02_13.pdf
 早々に「影響はない」と断言してしまったのである。常識的に考えても「影響
はない」と言い切るのは極めて難しい。一人でもこの騒動の影響で延期をしたと
言えば、このような主張はできなくなるからだ。実際に上述のようにこの騒動が
骨髄移植のスケジュールに影響を及ぼしたとコメントをした医師もおり、全施設
対象の調査を行わなければ十分な根拠が得られないであろう。なによりも、「財
団の採取依頼を断る施設も輩出している」という上述の造血細胞移植学会(財団
と学会の理事の何人かは、二つの組織を兼務している)の報告と矛盾する。
【天下りと骨髄バンクのガバナンス】
 なぜ、このような根拠の不十分な見解を、まだこの騒動が解決していない時期
に公表したのだろうか?この時期は厚労省から迅速承認の方向性が示された後で
あり、筆者は現場の医療関係者や患者にとってこの発表は有益になるとは考えら
れない。有利になるとするならば、情報開示を1ヶ月もの間行わなかった厚労省
だろう。現場への影響をなしとすることで、その責任を逃れ
られるからだ。
 伝えられるところによると、骨髄移植推進財団は常勤のトップは厚労省の天下
りで代々占められている。http://lohasmedical.jp/news/2009/04/27002915.php
このような背景からこのリリースの当初から、厚労省の何らかの指示ではないか
との見方をする向きもあった。筆者もその一人である。
 この真偽は分からないが、少なくとも、この一連の経緯は、骨髄移植推進財団
がその本来の目的とははなれた対応を行ったことが示唆される。骨髄移植推進財
団は言うまでもなく、骨髄移植という国民にとって極めて重要なインフラを預か
る団体である。今後の適切なガバナンスが行われるためにも、この経緯は十分に
検証されるべきであろう。
【アカデミアへ期待】
 筆者は、これらの検証を担うのはアカデミアの役割だと考えている。アカデミ
アでは専門的、科学的そして論理的な議論を得意としているからだ。
 筆者らの研究グループは近々開催予定の第71回日本血液学会学術集会において、
今回の論文と同様な内容の発表を行う予定である。(10/23 PS-1-244, 発表者:
濱木珠恵医師)危機管理における適切な対処の方法について議論をしたいと考え
ている。
【論文の詳細は……】
 論文の詳細は以下をご参照下さい。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19772945?ordinalpos=1&itool=EntrezSystem2.PEntrez.Pubmed.Pubmed_ResultsPanel.Pubmed_DefaultReportPanel.Pubmed_RVDocSum
なりまつ ひろと
1999年 名古屋大学医学部卒 2008年同大学院修了。医学博士、総合内科専門医、
血液専門医。血液内科医として愛知県厚生連昭和病院(現江南厚生病院)、豊橋
市民病院などに勤務。現在は東京大学医科学研究所 先端医療社会コミュニケー
ションシステム社会連携研究部門で以前より取り組んでいる「従来型」のがん臨
床研究に加えて、従来とは異なる社会的アプローチからのがん臨床研究を展開中
である。2009年10月より山形大学グローバルCOEプログラム特任准教授。
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