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臨時 vol 288 「「通達」が生むインフルエンザ騒動」

医療ガバナンス学会 (2009年10月13日 08:15)


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          厚生労働省のスタンダードは二転三転
           武蔵浦和メディカルセンター
               ただともひろ胃腸科肛門科
               多田 智裕
  このコラムは世界を知り、日本を知るグローバルメディア日本ビジネスプレス
(JBpress)に掲載されたものを転載したものです他の多くの記事が詰まったサ
イトもぜひご覧ください
 10月1日、長妻昭厚生労働大臣が新型インフルエンザワクチンの接種体制を公
表し、様々なメディアがそれを伝えました。しかし、医療に従事している者から
すると、いつものことながら、伝えてほしいことがうまく報道されていないもど
かしさばかり感じるのです。
 まず、無用なパニックを引き起こさないためにも、次の事実を明確に報道する
べきです。それは「ワクチンは重症化防止に一定の効果が期待されるものの、感
染防止の効果は保証されていない」ということです。つまり、ワクチンは感染防
止を目的に打つものではないのです。
 また、スケジュールにしても、10月19日から開始されるのは一部の医療従事者
だけです。妊婦は11月以降、通常の基礎疾患の人は12月以降、1歳未満子供のい
る保護者や小学校高学年は年明け以降の接種となります。そのことが、はっきり
伝わっているのでしょうか?
 インフルエンザワクチンの効果を十分に高めるためには2回接種する必要があ
り、通常のワクチンの2倍の手間ひまがかかります。でも、それ以前に、事実を
正しく伝えない報道のおかげで、現場はワクチンスケジュールの問い合わせ電話
への対応だけで疲弊してしまうと思います。
値段が3倍にも高騰したマスク
 水際作戦や濃厚接触者に対する停留措置の甲斐なく、日本国内で新型インフル
エンザが確認されてから、関連ビジネスがいろいろ生まれています。中でもマス
クは「特需」とも言える状態です。
 医療機関でさえ、通常業務では「N95マスク」を使用していません。それを超
える「N99マスク」(つけるだけで息苦しく、長時間連続使用は困難)が、「新
型インフル対策として最低限揃えておくもの」としてビジネスパーソン向けに販
売されています。
 しかし、新型インフルエンザは、中学生と小学校高学年を中心とした10代の感
染が大半です。中高年者の発症はきわめて少ないという事実がみんなに伝わって
いないのでは? と思ってしまいます。
 近隣のクリーニング店も、「当店をご利用いただいている方だけに、マスクを
特別価格で販売します」と広告を出していました。マスクの在庫確保がビジネス
につながっているわけです。
 そのため、半年前までは、50枚300~400円程度で流通していた高機能マスクが、
ここ数カ月は1000円を超える値段で取り引きされています。50枚1000円でも、一
般家庭であれば「一家に一箱」という気持ちでそれほど高いと思わずに購入でき
る値段でしょう。
 ところが、毎日毎日使い捨てで大量に消費する医療機関にとっては、コストが
3倍に跳ね上がるのですから大打撃を与えます。そこまで値段が高騰して しまう
と、赤字に悩む多くの病院にとっては、これまでのように受診患者さんおよびそ
の家族が使用する分までマスクを提供するのはほぼ不可能でしょう。
 本来であれば一番マスクを必要とするのは医療機関です。そして、マスクの予
防効果が一番発揮されるのは医療機関においてなのです。それなのに、医療機関
でマスクが品不足になって自由に使えなくなるという状況に陥っているのです。
 とはいえ、マスクの販売取引に規制はありません。値段が高く売れる方に在庫
が回されるのは、市場原理に照らし合わせれば当然のことでしょう。私利 を目
的に、恐怖を武器として人々をミスリードする行為は慎むべきだとは思いますが、
これくらいであれば仕方のないことと思っていました。
次々と降ってくる「ダブルスタンダード」な厚労省通達
 しかし、問題はこれだけではありません。現場には、「周知徹底を図る」とい
うお題目の元に厚生労働省通達が次々と降ってきます。これが極めて「ダブルス
タンダード」的な内容で、この通達が度重なると、だんだん現場のストレスが高
まってきます。
 最近では、9月19日に「インフル簡易検査陰性でも、タミフルやリレンザなど
の投与可能」との事務連絡がありました。
 以前、培養陰性でも自分の判断で「MRSA」(薬剤に耐性のある細菌)を疑い、
患者に抗生物質のバンコマイシンを投与した医師がいました。「保険ルール上は
絶対に認められない」と、その医師を厳しくつるし上げていたのは一体どこの組
織だったのでしょうか?
 この通達によって、現場の医師は、簡易検査陰性でタミフルを処方しなかった
場合、インフルエンザ治療が遅れた責任を負わなければならなくなります。
 ただし簡易検査陰性ならば、インフルエンザではなく他の病気も考えられます。
タミフルを処方してしまうと他の病気の発見が遅れて治療が遅れてしまう可能性
がありますが、現場の医師はその責任もとらなければならないのです。
 さらに9月24日には、「電話による診察のみで抗ウイルス薬の処方を認める」
という通達が出されました。
 厚生労働省は、今まで法律で定められた「無診察処方の禁止」を厳しく指導し
てきました。それなのに、「過去に直接診察を受けた患者に限っての措置なので、
この規定には反しない」と言うのです。いきなりそう言われても、にわかにはな
じめない通達です。
 通達をよく読むと、「医師が薬の投与に問題ないと判断することが条件」との
文言があります。これは、「何か不測の事態が起こった時の責任は、われわれ
(役人)ではなく、全て現場の医師にありますよと」と言っているようにしか思
えません。
 先の通達にしても、インフルエンザ発症初期には陽性と判定されないことが多
いのは、一般にも広く知られている事ですし、医者で知らない人はいないでしょ
う。医者はそれを知った上で、現場の判断でこれまで対処してきているのです。
 一体、これらの通達に何の意味があるのでしょうか? 「通達を出したのだか
ら厚労省に責任はないというアリバイが作られた」というと言い過ぎでしょうか?

<di
v> 統治者であれば、現場が動きやすくなるような通達を出してくれるべきではな

いでしょうか。「責任はとるから好きなようにやれ」ではなく、指示を出すだけ
出して、結果についての責任を現場に負わせるのは、「現場に丸投げ」と何ら変
わらないと思います。
ペーパー上で決められた指示ならいらない
 冒頭で取り上げた、新型インフルエンザワクチンの優先接種対象者は、「医師
や看護師など診療に直接従事するもの」と定められています。また、「保健所職
員は対象、薬剤師は対象外」、そして、事務職員は「代替可能か否かを現場で判
断」と定められました。
 現在、インフルエンザの流行に伴い、夜間休日診療所では連日、1日に数百人
の患者の対応に追われています。医療従事者にとっては、インフルエンザに感染
するために仕事に出かけるような状況です。
 そういう現場を知っている者であれば、患者さんと一番最初に接する医療事務
を事実上、接種対象外にすることはあり得ないはずです。病院で受付の人がいな
いと休診にするしかありません。「受付の仕事も、医師または看護師がやれ」と
いう意味なのでしょうか?
 また、現場からすると、投薬説明をする薬剤師を対象外にすることも考えられ
ません。医師が薬について患者に説明することは可能かもしれませんが、それで
は病院の業務は回らないでしょう。
 このように見ていくと、現時点で出されている通達や決定は、「現場を知らな
い者が書類だけを見て出しているのではないか?」と思えてきてならないのです。
 でも、希望はあります。先日、市当局から「医療機関でぜひ使ってください」
と、一医療機関あたりマスク100枚(2箱)が支給されました。こういうのは、現
場を少しでもサポートしたいという気持ちが伝わってきて、嬉しい限りです。
 政府レベルになると大変なこととは思うのですが、報告書だけを見て決定を下
すのではなく、できる限り現場を見て、現場の人の意見を聞いて、決定を下して
ほしいと切に願います。
MRIC Global

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