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Vol.095 熊本から;大規模震災における地域活動の役割と限界

医療ガバナンス学会 (2016年4月19日 17:00)


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熊本市在住、理学療法士
伊東孝広

2016年4月19日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

まるで地震の再現装置の中に突然放り込まれたような感覚。それはいつもの日常の中で何の前兆もなく訪れました。4月14日、午後9時ごろ帰宅し、シャワーを浴びている途中でした。浴槽にはってあるお湯の表面が揺れ出したかと思うと、いきなり立っていられないほどの大きな揺れ。とっさに壁にもたれかかり、手すりをしっかり握りました。ものすごい地響きの音とともに何かの割れる音、物の落下する音、妻の悲鳴が響き渡りました。ユニットバスの中だったからこそ、余計に地震の再現装置のように感じたのでしょう。風呂から飛び出し、妻と子供全員の無事を確認し、部屋の状況確認。とりあえずここにいたら危ないかも。私にそう思わせるには十分な部屋の荒れようでした。
すぐさま避難の準備。熊本ではこれまで大きな地震がなかったことから、完全に油断しておりました。しかし、いつも緊急時に持ち出すものはまとめて置いてあったので、貴重品を持ち出すのにさほど時間はかかりませんでした。問題は服や日用品。どこまでが必要でどこからが不要なのか?避難所には何があって何がないのか?大きな余震が時折くる中、よくわからないまま準備をし、外へ避難すると近所の方も非難の準備中。しかし、夜間ということもあり、道路の状況もわからないまま飛び出すのも危険ということで近所の方々と話をしたり、会社、スタッフへ連絡をしたりしながらしばらくは屋外で過ごしました。そうしているうちに余震も少しずつ弱くなり、深夜になると各々余震が収まらないのに自宅に入って寝てしまいました。

一夜明け、出勤。私は今年4月よりデイサービスセンターに入職したばかりで、ご利用者の顔も名前もうろ覚えな状態で、当日午前中休業を伝える電話をスタッフで手分けして行うとともに、安否確認を行いました。また、特に被害が大きかった益城方面のご利用者の安否確認の電話も実施しました。支援物資を近くのスーパーで大量購入し、連絡は取れたが自宅へ入ることができなくなっている方を中心に物資を配るチーム、連絡の取れていない方の家へ出向くチームと別れて出発しました。
そこで驚いたのは、スタッフがご利用者のバックグランド(家族構成や住所、いつもどの方と一緒におられることが多い、など)を調べなくてもわかっており、どこに電話すれば連絡が取りやすいかをしっかりと把握していることと、連絡が取れなくなっている方への最適な訪問ルートをカルテを見ることなく、あっという間に作成してしまったことです。私の職場を利用されているのは地域の一部の方たちではありますが、たくさんの事業所がこのような動きができれば、かなり状況の把握が迅速かつ正確に行うことができると考えます。しかし、この情報は行政に上ることはなく、この部分の情報が共有できるシステムがないのは非常にもったいないことだと感じました。

送迎車3台を現地に派遣し、午後の営業に向けて準備をしながら現地スタッフから寄せられる安否不明者の安全確認の情報に胸をなでおろしておりました。昼食を軽めに済ませ、午後の状況を確認しました。「こんな時に来られる方はほとんどおられないのではないか?」そう思っておりましたが、いつもの4分の1程度のご利用者が来られ、「こんな時だからこそ体を動かして落ち込んだ気持ちを元気にしたい。」「いつも顔を合わせている人の顔を見ると安心する。」とのお声を頂き、デイサービスセンターは地域でのコミュニティー形成にかなり大きな役割を果たしているのだと改めて実感しました。

営業も行いながら一人暮らしで被災され、家の中がガラスでメチャクチャになっているという連絡があった90代の高齢者宅へスタッフ5人で片付けをしに出向きました。確かに現場は「足の踏み場もない」とはまさにこのことであるという程の、ガラスが飛散し、とうてい高齢者一人では手に負えない状態でした。皆で手分けして危険物の除去、生活動線の確保、食事環境の改善などを行いました。はじめは明らかに落ち込んでおられましたが、作業が進むにつれ目に見えて元気を取り戻し、趣味の話もされ出し、最後は笑顔で写真撮影までして別れました。「胸の中でもやもやしてたものがスッキリした。ありがとう。」と言われて、私たちも何とも言えない気持ちになりました。

これから少しずつ復興していくであろう。そう思っていた矢先、16日深夜の想像を絶する「本震」。屋内で寝ていた私は、本当に死を覚悟した瞬間でした。1回目よりも明らかにひどい屋内の状態。昼間、震源地の近くを通って、町や建物の状況を見ていただけに、想像できる最悪の事態。「余震」と呼ぶには私の経験上、あまりにも大きな揺れが何度も続き、その日は屋外に避難し、一睡もすることができませんでした。

週末ということもあり、まずは自分の生命、家族を守ることが第一で水、食料、避難ルートを確保する中、病院勤務している方々からの悲惨な知らせがたくさん届きました。基幹病院の1つが倒壊寸前で、強制的に患者が退院せざるを得ない状況や、老健施設が危険な状態になり、民間病院に搬送され、リハビリテーション室いっぱいに患者があふれている状況。一般の方々がトイレや寒さをしのぐためにロビーにあふれている状況。もはや一事業所、民間病院レベルで対応できる状態ではないと判断し、地震発生直後から「お役に立てることがあれば言ってください。」と言っていただいた上昌広先生を頼りました。迅速に対応してくださり、現場の声を行政に伝えることができ、現場の混乱も収まりつつありますが、まだまだ予断を許さない状況です。

私の事業所でも被害はありましたが、早朝よりスタッフ総出でご利用者の安否確認の電話をし、何とか営業を再開しました。郡部や県外などに避難されている方も多く、来られる方は3分の1程度でしたが、皆さん手を取り合って再開を喜ばれ、各々の体験を話されておりました。体育館や車の中で過ごされる時間が長い方もおられ、あちこち痛みを訴えられておりましたが、身体を動かすことにより徐々に解消されていったとのことでした。

また、困っている状態の人にわずかに残った物資を配って回り、片付けの手伝いも行いました。皆さま大変喜ばれ、ごく少数の方々ではありますが、力になることができたのではないかと思います。

まだまだ自宅が住める状態ではなく、断水も続いており、全員の安否確認はできておりません。今後は住む場所の確保や生活の再構築が必要となりますが、これは我々ではどうすることもできません。スタッフの中にも自宅へ帰れない者、避難所で何とか生活しているものおりますが、目の前におられる方にわずかでも生きる希望を与えられるように、私たちは明日も力を合わせて営業を続けていきます。

最後に、今回の地震で亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、震災直後からたくさんのご支援や励ましのメッセージを頂いた方々へ、感謝いたします。ありがとうございます。

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