医療ガバナンス学会 (2009年10月19日 17:39)
●はじめに
「驚かないで聞いて下さい。トポテカンが承認取り下げになりました。」
医薬品業界紙の記者さんからの電話取材は、このような言葉から始まりました。2008年10月のことです。
私は耳を疑い、すぐに日本化薬に電話をしましたが、「そのような事実はない」とコールセンターから電話をまわされた学術担当はいいました。しかし残念なことに、その後、当局に確認したところ、「承認の取り下げは事実」と回答がありました。
●トポテカンと卵巣がん
トポテカンは、グラクソ・スミスクライン(GSK)が開発した植物性アルカロイドに分類されるトポイソメラーゼ阻害剤です。日本では、グラクソ・スミスクラインが2001年に小細胞肺癌の適応で承認を取得し、その後、日本化薬が承認を承継しています。
卵巣がんに対しては1996年に海外で承認がされ、その後、世界70カ国以上で承認されておりラグは13年。日本では2007年5月に再発卵巣がんに対して承認申請されました。
日本における卵巣がんは、年間約8000人が罹患し、約4500人が亡くなっています。
卵巣がんは自覚症状が乏しく発見が難しいことに加え、日本ではプラチナ耐性やアレルギーが起こった時の治療の選択肢が少ないのが問題とされていました。
NCCNのガイドラインではSingle-agent non-platinum based if platinum resistantとして、「Gemcitabine」、「Liposomal doxorubicin」、「Topotecan」と示されており、日本でも婦人科腫瘍学会が2007年に改定した「卵巣がん治療ガイドライン」で再発卵巣がんに対して同じ治療薬を記載しています。しかし、日本では今年(2009年)4月22日にドキシルが承認されるまで、いずれもが卵巣がんに対しては適応外という状態でした。
●トポテカン開発の経緯
トポテカンがこのように世界で卵巣がんに承認されるキーとなる研究は、「039試験」と言って、再発卵巣がんに対するタキソール単剤vsトポテカン単剤の比較臨床試験(Journal of Clinical Oncology15:2183-2193, 1997)の結果です。この論文は1997年に発表されています。
226人の再発卵巣がん患者を対象にして、タキソール175mg/m2とトポテカン1.5mg/m2×5日間投与とを比較しています。結果は、無増悪生存期間がタキソールの14週間だったのに対して、トポテカンが23週間と統計学的有意差をもって優っていました。全生存期間は43週間と61週間でトポテカンがやや長いものの、有意差はありませんでした。
この臨床試験はもともと、無増悪生存期間延長を検証しようというものであったので、全生存期間に有意差が出なかったのはおそらく、患者数が足りなかったためと思われます。
しかし、タキソールに初めて優った薬剤として、”可能性”があると、世界では注目され、FDA、EMEA(欧州の審査機関)で承認されました。
日本での開発の経緯は、10年以上前から治験をしており、1.2mg/m2×5日間投与の臨床第二相試験を72名の患者さんに対して行い、腫瘍縮小効果があったとして、2007年5月に承認申請が出されました。しかし、昨年(2008年)10月に却下され、当局に理由を尋ねたところ、非公式の回答ではありますが「データが足りない」という説明を受けました。
ちょうど学会シーズンでもあったので、いろいろな医師とお会いすることができ意見を求めましたが、多くの医師が「承認申請にも治験相談にも多額のお金と長い時間がかかる。企業は再治験しないかもしれない」と危惧されていました。しかし日本化薬が2月に再治験をすると発表したと薬事日報などで報告がありました。
●治験相談で、投与量など決めていたはずなのにどうして!?
再治験が始まると聞いても、私の気持ちはモヤモヤして晴れませんでした。
スマイリーは2006年9月の設立当初から「卵巣がんのドラッグ・ラグ解消」を求めて、当局、企業、医師、学会、メディアなどと情報交換を重ねてこの問題に取り組んできました。
その中で、治験は企業と医薬品医療機器総合機構(PMDA)が治験相談で話し合いながらすすめていると認識していたこともあり、「相談して治験を進めていたはずなのになぜ取り下げになるのか」という疑問がのこってしまったのです。
そこで、何度か日本化薬のコールセンターに電話をし、お話しを聞かせてほしいとお願いをしましたが対応は冷たく「担当者に確認する」と電話を切られ、その後も「患者には伝えられない」と回答を得ることができませんでした。
その後、PMDAに問い合わせた医師から話を伺うことができましたが、その医師曰く、PMDAからの回答は「時代が変わった」といっていたというのです。
10年もの長い治験期間の間、多くの医師や患者が協力をし、企業とPMDAが相談をしながら治験を進めてきたはずなのに「時代が変わった」というのはどういうことなのでしょうか?相談して治験をしても、申請後1年半近く経ってから取り下げになるなんてことがあるならますます企業は治験に及び腰になっても仕方ないではないのでしょうか?何のためのPMDA、何のための治験相談なのでしょうか?
この言葉には怒りというか、絶望というか、何とも言えない感情が噴き出してくるような思いでした。再治験が行われ、きっと将来、トポテカンは再発卵巣がんに対して再申請がされるのでしょうが、これで何の配慮もなく、前回と同じように通常審査になったら…と想像すると身震いする思いです。
●PMDAの見解
トポテカンに関する臨床試験としては、ドイツの研究で502名の再発卵巣がん患者を対象にして、トポテカン単剤1.25mg/m2×5日間、トポテカン+エトポシド、トポテカン+ゲムタビンの3つの投与法の臨床第三相比較試験(Journal of Clinical Oncology26:3176-3182,2008)がありますが、結果は、トポテカン単剤に対して、各薬剤を加えても追加効果は認められないというものでした。しかし注目すべきはトポテカン単剤の生存期間中央値が17.2ヶ月あり、同様の再発卵巣がんを対象にしたカルボプラチン+ジェムザールの18ヶ月と匹敵するデータであることです。そのことからも、トポテカン単独1.25mg/m2というのは、十分臨床的にも有用な投与量であるのではと思います。
実際、トポテカン単独1.5mg/m2というのは白血球減少が強く、感染症発症率が25%あり、欧米の医療現場では、1.0-1.25mg/m2あたりの量で使用されているということも聞いていました。
医師も、トポテカンが承認取り下げになったあとPMDAに足を運び、先にご紹介した039試験のデータと、1.25mg/m2日本で少量の安全性試験を追加するという案を出したという風に聞いています。しかしPMDAはそれを真っ向否定して、「国内30症例で安全性の確認を取る臨床試験をし、そのデータをもとに公知申請を行うことを勧め
る」と言ってきたそうです。
つまり、FDAやEMEAがトポテカンを認めるために使った「039試験」は「日本では承認には使えない」ということであり、それまで10年以上かけて日本で進めてきた先の治験も全く意味が無いということです。
PMDAがFDAやEMEAを否定するのもビックリではありますが、最後の公知申請というのはどういう意図なのかとわからないなりに考えてみると、PMDAはトポテカンの治験相談をしたくないのではと疑心暗鬼になってしまいました。もちろん、疑心暗鬼になったとしても、私たち患者には詳しいことはわかりませんので、前向きに考えようと「あとどれくらいかかるのですか?」と医師に聞いたら、「PMDAのいうとおりに、これを普通にやったら4,5年かかるよ」と言われビックリしました。
つまり、トポテカンが承認される頃にはラグが20年近くになるということです。
そんな中でも、日本化薬が再治験に踏み出したのは評価すべきことかもしれませんが、患者の気持ちとしては、正直これから何年待つのかと思うと気が遠くなります。
●医学の進歩についていけない医療行政への提言
日本は、医薬品に関して有効性よりも安全性を求めるような人が多く、それを思うと、未承認薬に関してはやはり安全性の確認は必要だと私も思います。また、必要な治療薬はきちんと承認されるべきであると思っています。
しかし、癌患者にとっては、この「承認されるべき」ということは、きれいごとであり、適応外に関してはマッチしてないのではと思います。
実際にジェムザールは様々な背景から企業が卵巣がんに対して治験に乗り出すことが無く、非小細胞肺がん、すい臓がんなど様々な部位で承認されていることから、卵巣がんに対して適応外で広く使われているのが現状です。患者の多くは、ジェムザールが適応外であることすら気づいていないのではないでしょうか。
今年の4月22日に承認されたドキシルに関しても、トポテカンやジェムザールに関しても世界で広くプラチナ抵抗性の卵巣がんに対して承認されており、臨床試験に関する論文も多く、日本でも他の部位に使われているのにラグがこれほど大きくなってしまっているのは、医療行政が、今の医学とマッチしていないからではないでしょうか?
最近では、「医師主導治験に解決を求めては?」というアドバイスもいただきますが、複数の医師にその件を伝えると、「ジェムザールなんて医師主導治験をする必要もない薬だ」と言われました。また、これまで医師主導治験推進と言いながら、一体、私たちの血税から厚生労働省はどれだけの補助金を使い、どの程度の効果があったのか全く見えません。 そんなものを解決策だなんて言われても患者としてはピンときません。
私たちが求めるトポテカンやジェムザールは、適応外であり、日本では他の部位で承認されています。海外でもデータがたくさんあります。
癌は命に直接かかわる病気です。以前、適応外処方を希望する患者の思いを論文に書いた時に、多くの医者から「療担規則を破って罰せられた時にだれも守ってくれないじゃないか」「裁判に訴えられたらどうするんだ」と悲痛な声が届きました。
それでも、先に書いたようにジェムザールは多くの医師が卵巣がんに対して適応外処方を決断しないといけない状況になっているのです。こういった薬剤に対して、適応外使用が混合診療といわれるのであれば、例えば保険償還を先にして、市販後調査みたいな形でデータを集めて承認に繋げるとか、日本独自の人道的支援のようなことはできないのでしょうか?
抗がん剤のドラッグ・ラグは2000年ごろに大きなうねりとなり社会問題化され、その後、未承認薬検討会ができました。しかし、現在も私たちは、トポテカンやジェムザールが適応外で苦しんでいるのです。これは、対策すべきことをしてこなかったという「不作為による殺人」ではないのかと、患者を天国へ見送るたびに思ってしまいます。
適応拡大に関しては、もっと柔軟な対応ができるように国には考えてもらいたいと思います。そして製薬業界団体や医師がたは私たち患者よりもっともっといろいろなことをご存じだと思います。もっともっと解決のために声をあげてほしいと思います。
先日、今年度補正予算に計上されていた『未承認薬等の開発支援』に関する予算753億円のうち653億円を執行停止することが明らかになり業界の報道を見ると、製薬業界はこの件に強く反発されています。しかし、それは業界団体として困るという話であって、「それでは患者が困るじゃないか!」「金を出さないなら、きちんと国としてドラッグ・ラグを無くす対策をしてほしい!」くらい言ってほしいと思いますが「患者が困る」と書いている業界紙はありません。
今のままではドラッグ・ラグは続くよ、どこまでも…です。トポテカンがラグ20年になったら…それこそ笑い話では済まされません。私たち患者は身勝手で無知かもしれませんが、動かないことにはどうしようもない事態になっているのだとおもいます。これからも、薬が欲しい当事者として、声をあげ、各方面に働きかけて行きたいと思います。