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Vol.130 社会的孤立解決の障壁 −南相馬から−

医療ガバナンス学会 (2016年6月3日 06:00)


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この原稿はライフライン21(蕗書房)からの転載です。

南相馬市立総合病院
尾崎章彦

2016年6月3日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

前回,前々回と,社会的孤立とがんの関係について,お話してきました。その中で強調してきたのは,社会的孤立ががん患者に与える負の影響を和らげるために,意味のある人間関係を築いていくこと,そして,医療者のサポートが重要であるということです。

しかし,がん患者の社会的孤立を解決することは,並大抵なことではありません。ごく最近も,そのことを痛感する出来事がありました。私が勤務する南相馬市には5つの訪問看護ステーションがあり,終末期のがん患者や脳卒中の後遺症で寝たきり状態の方など,多岐にわたる患者のケアを担当しています。その1つが,在籍する看護師の退職に伴い,この春に閉鎖するという話が持ち上がったのです。最終的に,新たな職員の確保が叶ったことで,最悪の事態は避けられました。しかし,実際に閉鎖する事態となった場合,残された訪問看護ステーションの負担が増加し,更なる訪問看護ステーション閉鎖につながっていたかもしれません。南相馬市内の訪問看護ステーションが,ぎりぎりの人員でケアを提供しているということを,改めて浮き彫りにさせる出来事でした。

この背景には何があるのでしょうか? 私は,東日本大震災と福島第一原発事故の影響が大きいと考えています。以前述べた通り,南相馬市においては,震災後,高齢化と人口減少が急激に進みました。その結果,十分な社会的サポートを受けられない高齢者の数が増加しています。一方で,市内の介護施設,そこで働く職員の数は,十分ではありません。結果として,そのしわ寄せが,在宅医療や訪問看護の現場にも及んでいるのだろうと考えています。リソースが限られた中で,地域住民の生活を支えることの難しさを痛感しています。

●超高齢社会と認知症の脅威
改めて感じるのは,がんと社会的孤立という問題の根底にある「超高齢社会」の現実です。新たながん患者の60%,がん死の70%が,65歳以上の高齢者に起こっている現在,高齢がん患者に特有の問題を理解することは,ますます重要になっています。高齢者は,がんの他にも,心血管疾患や糖尿病,認知症などの様々な併存疾患を抱えており,このような疾患は,高齢がん患者の治療過程を大きく左右します。なかでも,認知症が,がん患者のケアに与えるインパクトは極めて大きいと考えます。この点に関して,私たちの外来を受診した乳がんの女性をご紹介しながら,ご説明したいと思います。

患者は,認知症のある70代後半の女性です。今回,同居している長女が,入浴の介助をしている際に,患者さんの右乳房全体が発赤・腫脹していることに気づいて,外科の外来を受診されました。なお,本人は,自分の症状には,まったく気がついていませんでした。詳しい検査の結果,左乳房の炎症性乳がんと診断されました。幸い,肝臓や肺への転移はありませんでしたが,炎症性乳がんは,その高い悪性度のため,化学療法や手術,放射線療法を組み合わせての治療が勧められています。
この点に関して,本人への説明を試みましたが,病気や一つ一つの治療のメリット・デメリットに関しての正確な理解は,難しい状態でした。そのため,キーパーソンである長女に説明を行い,高齢であること,認知機能やADLの低下があることを理由に,手術や化学療法,放射線療法といった,負担が大きい治療は行わない方針としました。幸い,ホルモン療法が効くタイプの乳がんだったため,副作用が比較的少ないホルモン療法のみを継続しています。

このケースから透けて見えるのは,認知症患者ががんになった際に起こる様々な問題です。一つは,症状の自覚から受診までの遅れ,もう一つは,診断や治療の説明の難しさです。私たちの患者は,左胸の発赤や腫脹には全く気づいておらず,家族に指摘されて,初めて受診するに至りました。また,乳がんという診断やその治療を理解することが困難だったため,家族の助けを借りて初めて,治療方針の決定,さらには,その継続が可能となりました。
このように,がんに加えて認知症を同時に抱えた場合,周囲からの助けをより多く必要とする事態となります。私の頭をよぎったのは,この方が,もし家族からのサポートを十分に受けられない社会的孤立状態にあった場合,どうなっていただろうかということです。乳がんの治療を行うことは一切不可能だったでしょうし,そもそも病院を受診することもなかったかもしれません。このように,認知症は,ただでさえ解決が難しいがんと社会的孤立の関係を,さらに複雑にさせる可能性を秘めています。

実際,認知症に対する危機感は,世界中で強まっています。日本では,認知症を抱える65歳以上の高齢者は,2012年時点には462万人でしたが,2025年には,1.5倍の700万人を超えると推測されています。欧米においても,認知症に対する恐怖は年々強まっており,認知症になることを,がん以上に恐れる人々が多いと言います。その背景には,人としての尊厳を奪い,また,家族や友人に,肉体的,精神的,金銭的な負担を強いる認知症を忌避する思いが見え隠れします。2014年には,世界5大医学誌の一つである英国医学誌「ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル」の元編集長であるリチャード・スミス氏が,「認知症となって,長時間をかけて,ゆっくり死ぬ」ことは,最悪の死に方と述べ,注目されました。実際,彼の発言は,現代の多くの欧米人の思いを代弁していると考えられています。

●認知症,がん,社会的孤立
今後,認知症とがんを共に抱える高齢者の数は,ますます増加していきます。しかし,認知症とがんをつなぐ研究は,依然として少ないままです。一つの理由は,がんの研究が,薬剤や放射線療法,手術に耐えうる若年者を主な研究対象とし,高齢者に焦点を当てた研究が,積極的に行われてこなかったことです。また,高齢がん患者を研究に加える場合においても,相対的に健康な方が選ばれてきました。
もう一つの理由は,認知症に対する研究が,全体として軽視されてきたことです。例えば,英国において認知症に費やされている研究費は,がんに対する研究費と比較して,10分の1以下に留まっています。また,認知症に関する知識のレベルは,がんと比較して,20年から25年程度遅れていると推測されています。そのため,認知症とがんの関係から一歩踏み込んで,社会的孤立の概念を巻き込むような研究は,現時点で,皆無と言えます。

家族へのサポートもますます重要になるでしょう。認知症患者のケアを行う家族は,しばしばうつ状態となり,周囲からのサポートがない場合に,その傾向が顕著であることが知られています。実際,Alzheimer’s societyの代表者であるデーム・ジル・モーガン氏は,認知症の進行を防ぐ薬剤の開発以上に,その家族をサポートする体制を整えることが,重要と言います。今,本人と家族を同時に支える仕組みづくりが求められています。

●遠隔診療の可能性
現場でも模索が続いています。私たちが現在着目しているのは,遠隔診療の活用です。2015年8月に,遠隔診療が,事実上解禁となったことを受け,既にいくつかの企業が参入を表明しています。そのうちの一つMRTによる「ポケットドクター」が,2016年4月からサービス開始となるのを受け,私たちの病院では,その導入を検討しています。広く普及しているスマートフォンを活用できること,また,導入に費用がかからないことが,そのメリットです。具体的には,在宅診療においての患者や家族とのやりとり,仮設住宅の入居者からの電話相談等において活用できればと考えています。もちろん,遠隔診療が全てを解決するとは考えていません。様々な方法を組み合わせながら,そして,ときには,患者やその家族と相談しながら,彼らを支えていく最善の方法をなんとか探していきたいと考えています。

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