列島を縦断した台風も去った10月10日、関東地方は、すがすがしい運動会日和の晴天に恵まれた。
実際私の周辺の地域でも、いくつかの幼稚園、小学校で運動会が開催された。子どもたちが待ちに待った運動会。しかし天気は回復しても、タイミング悪くインフルエンザに感染し、この日に回復が間に合わなかった子どもたちやその親たちにとっては、なんとも恨めしい晴天であったに違いない。
このような行事は、子どもたちはもちろん、親にとっても、わが子の成長を目の当たりに実感できる、年に一度のビッグイベントとして、万障繰り合わせてでもはずせないものだ。
実際、この三連休前の数日間にインフルエンザを発症してしまった子どもたちや、その保護者の最大の懸案事項は、「新型インフルエンザ」に対する恐怖よりも、運動会当日までに、その治癒が間に合うかどうかであった。そして「治癒証明書」もしくは「登校(園)許可書」が当日に間に合うように発行されるのかを、運動会を控えた子どもたちの、ほぼ全員の親から尋ねられた。
現場で多くの小児を診察しておられる臨床医の先生方も、おそらく同様な事態に直面されておられることと推察するが、現場で診療に当たっているわれわれが最近一番苦慮しているのが、「完治証明書」や「治癒証明書」、「登校(園)許可書」の発行である。
学校保健安全法(旧学校保健法)第十八条によって、今回の「新型インフルエンザ」が「新型インフルエンザ等感染症」ということであれば第一種感染症とみなされるわけであるから、出席停止の期間基準は「治癒するまで」となる。一方、季節性インフルエンザならば第二種感染症に該当することになり、「解熱後二日を経過するまで」の基準にあてはまる。しかし実際現場では「新型」か「季節性」かの診断は不可能であるため、出席停止期間の判断は、結局個々の医師の判断によることになる。もちろん、たとえ解熱後二日を経過していても、臨床症状から出席するにふさわしくないと判断されれば、「完治証明書」や「治癒証明書」、「登校(園)許可書」は発行しないわけであるが、現場ではなかなかそうは簡単にことが運ばない場合もある。
「体育の日」の三日後、いつもの診療所に行くと、早くも冬の気配を感じさせる大混雑になっていた。幸い(?)私は「体育の日」は出勤日ではなかったため、その日の具体的な状況は目撃していないが、スタッフの話では、次々にインフルエンザ様症状の患者さんが押しよせ、ものすごい混雑だったという。そして三日後の出勤日、私は、それらの再診患者さんの対応に追われたのである。
小児の保護者の行動は、多くの場合その子どもの「熱」によって規定される。
最近のインフルエンザ報道のためか、多くの保護者は、まず「熱」が「出た」ことに対して行動する。
特に、その診療所のように「年中無休」で診療していると、ちょっとした体温の上昇であっても、すぐ来院してしまう。われわれとしては、「コンビニ受診」する保護者がなかなか減らないなか、地域の他の医療機関が年中無休対応や、休日診療対応ができない(しない)現状において、近隣の大病院にこれらの患者さんが少しでも流入しないよう、日々診療しているのではあるが、あまりに軽微な症状で受診する保護者が増えてきてしまうと、さすがに疲労感でいっぱいになってしまう。その都度できるかぎり「不要不急」の受診は控えるように言い続けているわけだが、その地道な啓蒙活動も押しよせる患者さんの数に圧倒され、とてもかなわなくなってきている。
ただ、これは「熱」が「出た」患者さんに対応する場合の話。
今回の「体育の日」の三日後の混雑の原因は、同じ「熱」による保護者の行動ではあるが、まったく逆の「下がった」ということによるものであった。
再診患者さんの多くは「体育の日」にインフルエンザの診断がつき、その多くは「タミフル」もしくは「リレンザ」の処方を希望し服薬していた。そしてその当日あるいは翌日の午前中には解熱し、ちょうど私の出勤したその日に「解熱後二日目」になっていたのだ。
来院した子どもたちは、咳を多少しているものの、マスクもせず元気いっぱいに診察室に駆け込んでくる。そしてその保護者の手には、ほぼ例外なく「治癒証明書」や「登校(園)許可書」が握られている。
そして、
「おかげさまで、多少咳はしてますが、すっかり元気になりました!もう、こんなに体力を持て余してしまって~今日で解熱後二日目ですから、明日から行っていいですよね?」
と、その書類を手渡されるわけである。
なかには、タミフル服用開始の「ゴールデンタイム」である48時間と混同して、「もうすぐ解熱して48時間ですから、そろそろ大丈夫ですよね?」と問われることも珍しくない。
10月1日 に厚生労働省から公表された「医療の確保、検疫、学校・保育施設等の臨時休業の要請等に関する運用指針(二訂版)」によると、地域における対応として、感染した患者さん本人に対しては、「発熱、呼吸器症状等のインフルエンザ様症状を有する者のうち、 基礎疾患を有しない者については、本人の安静のため及び新たな感染者をできるだけ増やさないために外出を自粛し、抗インフルエンザウイルス薬の内服等も含め医師の指導に従って自宅において療養する」としか記載されていない。
そして厚労省HP上のQ&Aには、
「熱がさがっても、インフルエンザの感染力は残っていて、他の人に感染させる可能性があります。完全に感染力がなくなる時期については、明らかでなく、個人差も大きいと言われます。少なくとも『熱がさがってから2日目まで』外出しないように心がけましょう。ただし、現在流行している新型インフルエンザについては、発熱などの症状がなくなってからも、しばらく感染力がつづく可能性があることが、様々な調査によって明らかになっているため、新型インフルエンザに感染していると診断されている場合や、周囲で新型インフルエンザが流行している場合には、発熱などの症状がなくなっても、周囲の方を守るため『発熱や咳(せき)、のどの痛みなど症状がはじまった日の翌日から7日目まで』できるだけ外出しないようにしてください」
といった、素人には判断しにくいアドバイスが掲載されている。
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v> 小児のA香港型(H3N2)のオセルタミビル服用症例において、急性期から回復期の鼻咽頭検体からウイルス感染価を測定した、三田村敬子先生、菅谷憲夫先生による大変興味深い研究論文(「インフルエンザの診断と治療?臨床症例のウイルス排泄からの考察?」:「ウイルス」第56巻 第1号、pp.109-116,2006)がある。
その論文によると、「(オセルタミビル)投与開始後3~5日のウイルス分離陽性率は68%(36/53)で、解熱した時点でもウイルス陽性率はまだ高く、7歳以上で66%、6歳以下で73%であった」との指摘があり、掲載されている図表においても、解熱後三日目でもウイルス力価の陽性が示されている。
中外製薬、グラクソ・スミスクラインの双方にも直接問い合わせてみたが、タミフル、リレンザともに、投与5日目時点ではウイルス力価が陽性を示す社内資料があるという。
実際それが、感染源として流行の原因になるかどうかまでは不明であるが、「解熱後二日」経っていれば感染力はなく、「完治している」「感染の心配なく大丈夫」だともけっして言い切れないことがわかる。
そして、今回流行している「新型インフルエンザ」についてこれらを検討した研究は、未だ見あたらない。
しかし、多くの国民はこれらの情報を知らないのである。
むしろ、「解熱後二日」(場合によっては48時間!)という基準があまりにも有名になりすぎている。
では、これらを踏まえて私自身が、新規のインフルエンザ患者さんを診断し、治療していくときに、実際どのように患者さんに説明しているかを、僭越ながら簡単に以下に記してみよう。皆さんはどのように思われるだろうか?
「よく『解熱後二日』とは言いますが、その法律が作られたのは、タミフルやリレンザが発売されるずっと前のことです。これらの薬を使うと、早ければ飲み終わる前にその基準を満たしてしまいますが、どうも最近の研究では、少なくとも薬を使っている間、つまり最低5日間は、たとえ熱が下がっていても、ウイルスを出していないとは言えないようです。ですから、かかってしまったひとは、今度はかかっていないひとのことも考えて、最低5日間、できれば今日から一週間はお休みしてくださいね」
一部の保護者は、このように言うと、とても困惑する。
「違うクリニックの先生は、解熱して二日で証明書を書いてくれますよ。同じ日にかかった子は、もう登園しているのに、なぜうちの子はダメなんですか?」
と。(現場で診療していて、一番無力感を味わう瞬間である)
厚労省からも文科省からも、「既感染者」に対するメッセージがあまりにも少ない。
感染拡大防止の対策をするのなら、「確定診断」のついた「治りかけの既感染者」を「未感染者」にいかに接触させないかの対策を講じなければならない。
学級閉鎖や学校閉鎖は、流行初期の適切なタイミングで施行されなければ感染拡大防止には有効でないと言われている。蔓延期となったあとも漫然とこれらを行えば、伝搬抑制効果が限定的であるばかりか、仕事をかかえた保護者にとっては大きな負担となり、社会的、経済的コストにも大きく影響しかねない。
しかし、罹患してしまった個人個人が、十分に回復するまで、十分に自宅で療養してくれさえすれば、学校閉鎖の必要などなくなり、これらの問題は簡単に解決すると私は思う。
社会人の場合ならいつまでも休んでいられないかも知れないが、今回のインフルエンザの場合、幸いにも感染者は圧倒的に未成年者(未就労者)だ。十分休ませることは可能であろう。
タミフルやリレンザによって早期に「熱」が「下がった」子どもは、初診時のぐったりした風貌とはまるで別人のように復活して診療所にやってくる。保護者からすれば、「こんなに元気なのだから家にいてもらっても困ってしまう。一日も早く幼稚園や学校に行ってもらいたい」と思ってしまうのも仕方がない。
しかし、元気に復活してしまうが故に、ウイルスをさらにひろくまき散らしながら感染を拡大させてしまう、という危険性をもっているのも、若年感染者の特徴だ。
若年者に感染者が多いことで、悲観的な報道が多いが、裏を返して楽観的に考えれば、教育現場の協力と保護者の意識次第で若年者(とくに小児)の感染拡大さえ制御できれば、案外簡単に事態の悪化は避けられるのではなかろうか。
しかし、それには「罹患してしまった個人個人が、十分に回復するまで、十分に自宅で療養してくれさえすれば」というのが大前提となる。
「ちょっとくらいウイルスが出ていたってウチの子は済んだのだから、関係ない。それよりも大切なのは運動会!」では感染拡大は防げない。
そこで大切なのが、「友愛」だ。
「なんて青臭い理想論を言うのだ」と笑われそうであるし、そもそも私のような俗人が「友愛」を語る資格などないのだが、今一番多くの国民の知る、わかりやすい(わかりにくいという意見も多いが)言葉で、効果的な「新型インフルエンザ対策」を広く伝えるには、この「友愛」という言葉と考え方が最も適しているのではないかと、私は思う。
なかなか立ち直れない不況のなか、とても他人のことなど気にしておれない現状ではあると思うが、「新型インフルエンザ」という共通の「敵」に立ち向かおうというのであれば、自分のことばかり主張せず、他人のことを思いやるという、気持ちが不可欠なのではなかろうか。
「うつされた」という被害者意識をもつのではなく、同じようなひとを自分の手ではつくらないという「他人を思いやる気持ち」を今こそ国民ひとりひとりにもってもらう必要があると考える。
今からなにができるというのか?
今から「学校保健安全法」を変えている時間などはない・・・。
そう、法律などいじらなくても効果的な方法はたくさんある。
みのさんでも古舘さんでも大塚さんでも、どなたでもいい。お茶の間に絶大な影響力をもつメディアによって、
「インフルエンザにかかってしまったひとは、タミフルやリレンザを使って熱が下がっても、かかっていないひとのため、しっかり一週間は休みましょう!」
と繰り返し国民全体に刷り込み続けてもらうのだ。
そして、鳩山由紀夫首相には是非