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臨時 vol 314 「新型インフルエンザワクチン導入の意義は何か?」

医療ガバナンス学会 (2009年10月31日 08:42)


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厚生労働省医系技官 木村盛世(きむら・もりよ)

 「人間は真実を見なければならない。なぜなら真実は人間を見ているからだ」
―ウィンストン・チャーチル
 巷では新型インフルエンザワクチンに関する議論が真っ盛りである。インフル
エンザは入ったからには必ず広まる。100%有効な予防法はないし、特効薬もな
い。その中でやるべきことは既存の方法を組み合わせて、広がりの程度をできる
だけ小さくすることである。それ故ワクチンも有用なツールの一つとして挙げら
れる。ワクチンの効果はどの程度なのか、副反応はどうなのか、そして1回うち
が良いか、2回にすべきかといった議論が新聞の紙面をにぎわすと、国民のワク
チンに対する期待と不安もおのずと高まってくる。そしていつの間にか「新型イ
ンフルエンザワクチンを打つと罹らない」とか「ワクチンで重症化が防げる」と
いった世論が形成されてしまった。そこで本稿では、ワクチンの効果はどのよう
にして判定するのか、なぜワクチンが必要なのかということについて論じてみた
い。
 豚由来のAH1N1インフルエンザウイルスは流行を初めてまだ間もない。このウ
イルスについて人類はどれだけのことを知っているのだろうか。人為的に捲かれ
たものではなく、自然発生的なウイルスであること、今のところ病原性は通常の
インフルエンザと大差ないこと、若年層が罹りやすい、くらいのものである。ワ
クチンの効果にしても本当のところは誰も知らないのである。
 それでは、ワクチンの効果とはどうやって判定するのであろうか。ワクチンの
有効性についての議論は近代疫学の歴史とともにあるといってよいだろう。疫学
とは「因果関係のあるなしを調べる」学問であるが、「ワクチンの導入により、
病気の発生が少なくなった」ことを立証することが近代疫学モデルの代表といっ
てもよいのではないだろうか。公衆衛生とは、個々人の健康問題にフォーカスを
あてるのではなく、国民ぜんたいあるいは地球上の人間に視点を当てることを第
一義とするが、疫学は公衆衛生を論じるのになくてはならない学問である。なぜ
ならば、公衆衛生とは厚生行政そのものであり、厚生行政の運営に際して科学的
根拠を与えるのが疫学研究だからである。それ故、疫学とは人間の大集団を研究
対象とする。
 ワクチンの評価モデルとして確立されたのは結核ワクチンについての研究だっ
た。結核はエジプトのミイラからも発見されている、人類と一番付き合いの長い
感染症である。近代疫学は19世紀から20世紀にかけて花開いたが、世界のトップ
をゆくハーバード大学、ジョンズ・ホプキンズ大学に公衆衛生大学院はこの時期
に設立された。公衆衛生大学院は結核対策のエビデンスを政府に提供するために
つくられたのである。当時、結核はアメリカ合衆国はじめとする先進国にも大き
な脅威であったので、これを抑えるのは国家の存亡にとっての重大事であった。
結核対策の星として期待されたのは結核ワクチン(BCG)であった。BCGに関して
は既にいくつかの論文が出されていたが、国策としてBCGワクチンを導入するか
については、大集団を用いた大掛かりな調査研究が必要だと判断された。
 これを受けてUSPHS(United States Public Health Service)は、各地でBCG
の有効性についての大規模前向き研究を開始した。ワクチンを打つ群と打たない
群に分けて経過を観察し、どちらの群からの結核発生が多いかを比較したのであ
る。アメリカだけでなく英国、北欧、アジアの諸国とも合同した研究が開始され、
20年にわたるフォローアップを終えてBCGワクチンの効果が判定された。この結
果ワクチンの効果は-20%から100%と開きがあり、「効果については不確定」
との結論が出された。
 このような研究(RCT)から得られる効果をefficacyと呼ぶが、現場で使う場
合の効果(effectiveness)はefficacy より低くなる。このためefficacy平均
90%以上が有効なワクチンとされるのが通例である。この結果を受けて、アメリ
カ合衆国や主要先進国はBCG集団接種を導入することを止めた。それでは、この
研究結果は実際の対策にどのように反映されているだろうか。日本は「結核中進
国」と位置付けられている。アメリカなどの主要先進国と比べると新規発生患者
率と比べると10倍以上多い。わが国でのBCG接種率は100%である。この事実から
みて、疫学調査を元に得られたワクチンの有効性に基づいて政策を行う国とそう
でない国との差異は明らかである。
 ワクチンの有効性は、BCGワクチンで行われた前向き調査によってのみ判定可
能である。 抗体価の上昇がワクチンの有効性を示すかのような報道や政府見解
が示されているが、抗体価との因果関係における疫学的確証はない。もしその関
係を立証したいのであれば、ワクチンを打つ群と打たない群とに分け、前向きに
追ってゆくとともに抗体価を調べる以外にはない。
 しかし、インフルエンザには他のタイプのウイルスとの混合感染があり、結果
の解釈が難しいと共に、現状でワクチンを打たないという選択肢が社会的に認め
られるかという大きなハードルがある。同様の方法で行われているHIV/AIDSワク
チンの研究が行われているが、インフルエンザとは状況が違う。抗体価とワクチ
ンの有効性についての仮説が独り歩きしているのは、BCGワクチンの有効性とツ
反の大きさが無関係ではあるのにもかかわらず「ツ反で陽転したら結核に罹らな
い」という間違った考えが独り歩きしている現象と同じである。「ツ反で硬結の
大きい人からは結核発病が多い」という事実と混同されているのではないかと思
う。
 新型インフルエンザワクチンの有効性について確実にいえることは、100パー
セントの効果を求めることは難しいということだ。100%近いefficacyを持つワ
クチンはそれだけで疾患を根絶する。天然痘ワクチンがその例だ。天然痘はワク
チンのみで全世界から根絶された。しかし、インフルエンザがワクチンで根絶さ
れたという話はきかない。仮に有効なワクチンが生産されたとしても、インフル
エンザウイ
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