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臨時 vol 315 現場からの医療改革推進協議会第4回シンポジウムから 3)

医療ガバナンス学会 (2009年11月1日 06:44)


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現場からの医療改革推進協議会第4回シンポジウムから、セッションの紹介です。
 *参加申し込み受付は終了しております。

3) 医療費
亀田隆明(鉄蕉会亀田総合病院 理事長)、清郷伸人(転移がん患者・混合診療裁判原告)、松井彰彦(東京大学経済学部 教授)、松田 学(預金保険機構金融再生部長(財務省より出向))、上 昌広(東京大学医科学研究所 特任准教授) 討論司会:鈴木 寛(文科副大臣)
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「医療費抑制政策の呪縛からの脱却」
 亀田隆明(鉄蕉会亀田総合病院 理事長)
 1980年代から継続されてきた我が国の医療費抑制政策は、診療報酬による医療経営を不可能なところまで追い込み、地域の中核病院を中心に、公立病院では他会計からの繰り入れや補助金頼みの運営を余儀なくされ、また民間病院においても急速な経営の悪化を招いた。例えば、千葉県立病院や東京都立病院の医業収支をみると、医業費用が医業収益を約3割から4割も上回っている。この赤字を穴埋めするために自治体の他会計から多額の繰入がされている。これが、自治体の財政を圧迫し、結果的に地域経済に大きな打撃を与えている。
 また、医療費抑制のため一昨年まで医師や看護師不足を認めず対応してこなかった結果、深刻な医師、看護師の不足が医療崩壊の主因となっている。
 医療再生のためには、医療費抑制政策からの転換が不可避である。この政策転換には、寄付税制の改善や自由診療と保険診療併用の原則解禁などを含めた幅広い財源の模索と医療をコストという側面からみるだけでなく、バリュー(価値)に着目し、21世紀型の大きな産業として育成してゆくというパラダイムシフトも重要な視点である。
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公的医療受給権とは何か
 清郷伸人(転移がん患者・混合診療裁判原告)
 わが国の公的医療保険である健康保険は、国民が義務として加入し、その保険料を税金と同じように義務として支払うことによって、永年維持されている世界に誇る社会保障の根幹をなす制度である。その社会保障の範囲は、国民皆保険という名目で、被保険者である国民はいつでもどこでも安価に医療の恩恵を受けることができるというものである。ただし、いつでもどこでも医療を受けられるのは、被保険者だけでなく、無保険者も同じである。すなわち健康保険の本質は、国民が医療を安く受けるための経済支援機能である。
そのような経済支援であるために、その保険財政を最終的に管理する国は、保険を給付する医療の価格と範囲を独占的に決定する権限を持っている。医療に関しては、価格の決定も範囲の決定も複雑で専門的であり、わかりにくい。中医協をはじめとする厚労省の審議会等を経て決定されているが、多くの問題点が指摘されている。
 私は、この健康保険制度において、いわゆる混合診療による健康保険受給権を脅かされた(一つでも保険外診療を受けると一緒に受けている保険診療も全額自費になる政策)転移がん患者である。健康保険を取り上げられると保険診療は受けられない。健康保険を給付されるということは、保険診療という公的医療を受けられるということなのである。
 このような社会保障の根幹ともいうべき公的医療の受療と費用負担を決定的に左右する健康保険の給付を患者から取り上げることはそもそも正当化されるのか。患者を社会保障の外に放り投げるこの政策に、どのような合理的な理由があるのか。
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経済問題としての医療問題
 松井彰彦(東京大学経済学部 教授)
 慢性骨髄性白血病に多大な効果を持つimatinib製剤(商品名グリベック)という経口薬がある。Hochhausら(Leukemia, 2009)によれば、6年生存率は88%、同疾患に係る死亡のみから推計した生存率は95%にのぼるという。夢のような特効薬であるが、まったく問題がないわけではない。この薬は服用し続けなければその効果がなくなるとされており、薬の継続的供給と服用が正に患者にとって生命線となっている。しかし、現在の日本の医療制度では、高額医療費の適用を受けるとはいえ、年数十万円の負担を強いられることから、その経済的な側面が患者にとって大きな問題となっている。
 上昌広研究室のグループに筆者ら経済学者が参画する形で実施した調査では、数多くの病院の協力を得て、約1,200部の調査票を患者の方に配布、600を超える調査票の回収を得た。回収率は約50%と、関心の高さをうかがわせている。
 データ解析はこれからであるが、「家族へ迷惑をかけている」との回答がかなりの割合を占めているなど、患者の方の切実な思いが伝わってくる。心理的、肉体的な負担に加えて金銭的な負担は重い。経済的な問題は医療費だけではない。罹患した後、復職が難しく、生活の糧を得る道が閉ざされた方もいる。
 グリベックの医療費問題そのものは、慢性骨髄性白血病を人工透析同様の医療保険における特定疾病に指定することで解決できるかもしれない。しかし、問題が発生するたびに対処するという現在のしくみは制度を徒に複雑にし、不公平感も助長するおそれがある。
 人間は社会的動物である。医学的に生き延びても、社会的に生きられなくこともある。社会保険、社会保障の本来の目的は、そのような社会的排除のリスクを極力減らすことにある。自動車保険の免責の発想など新しい視点からの医療保険制度の見直しが急がれる。
 医療問題には経済問題がつきものである。われわれの共同研究を契機として、医療者と経済学者のコラボレーションが今後進むことを期待する。
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医療財源問題のソリューションは何か-迫られるシステム再設計とその選択肢
 松田 学(預金保険機構金融再生部長(財務省より出向))
 医療問題について何を論ずるに当たっても、医療の財源システムの検討は避けて通れない課題である。医療支出の効率化の論理だけでは医療システムの経済的なつじつまが将来に向けて合わなくなっていることは、医療現場での実感であろう。マクロ的にも、社会の高齢化や医療技術の進歩、医師やコメディカルの不足等々の諸課題は、医療への新たな財源投入なくして、世界に冠たる「国民皆保険制度」を機能させ続けることは不可能であることを示している。
 民主党政権はマニフェストで総医療費の対GDP比をOECD平均まで引き上げるとの目標を設定し、医療により多くの財源を投入する必要性を正面から認めた。問題は、従来型システムの枠組みのまま、その財源を公的負担の増に求めることが適切あるいは可能かどうかである。
 日本の財政状態は、多くの医療関係者が前提としているソリューション、すなわち、医療への財源投入を財政に求める形での問題解決が十分に期待できる状況にはない。日本の財政システムそれ自体が、その持続可能性の危機に直面している。特に他国より少子高齢化の程度がきつい日本の場合、「低福祉-低負担か、中福祉-中負担か」との選択肢すら成り立たず、中福祉を実現するためには高負担が必要である。
 もはや、医療の財源を「負担」で賄う仕組み自体が限界に来ている。180度の逆転の発想が必要だ。それが、「コスト」から、「バリュー」(価値)への概念転換である。
財務省の研究所で有識者を集めた研究会が、これまでタブー視されてきた医療現場の声も含め、自由闊達な議論を医療について行った。それ自体、画期的なことだったが、そこでは、「国民医療『消』費」やバリューの概念も提示された。それを医療財源の仕組みそのものの再設計につなげるところに、医療システムの持続可能性の解が存在する。民主党政権が医療費抑制政策を転換しようとしている今、それをチャンスとして活かすためには、そうした次元へと医療の議論をバージョンアップさせる必要がある。その一つの叩き台として「3層構造の医療財源システム」の設計私案を提示する。
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審査官の増員だけではドラッグ・ラグは解消できない
 上 昌広(東京大学医科学研究所 特任准教授)
 海外で高い実績と効果を示す最新医薬品であっても、日本での承認を受けるまでは標準的な保険診療では使用できない。こうした未承認の新薬による治療が不可欠な患者は、公的医療保険の適用外となる個人輸入に頼るほかなく、高額の負担ができずに最新治療をあきらめる人すら発生している。厚労省は、医薬品の承認審査機関である医薬品・医療機器総合機構(PMDA)の審査官を増員するなど、承認審査期間の短縮に努めているが、これはドラッグ・ラグ短縮の決定打にはなり得ない。なぜなら、現在4年程度と言われているドラッグ・ラグを「?欧米で臨床治験に着手してから、日本で臨床治験に着手するまでのタイムラグ」「?欧米と日本の臨床治験に要する期間の差」「?欧米と日本の承認審査に要する期間の差」に分解すると、そのうち最も大きいのは?であるからである。
 ?が大きいことの理由には、日本の薬価制度や医薬品市場の特殊性があると考えられる。日本では、薬価は事実上、国(厚労省の機関である中医協)において一種の公定価格として定められるが、これは2年に一度必ず引き下げられる仕組みになっており、結果として、日本の新薬(特許期間内の薬)の平均価格は、OECD諸国の中で最も低い水準となっている。他方、日本では、新薬の特許が切れた後に発売される安価な後発品の普及が進んでおらず、新薬メーカーは、特許が切れた後でも欧米ほどには大きな減収とはならない。つまり、新薬メーカーにとっての日本市場は、「特許期間中にはあまり利益は出ないが、特許が切れても長く稼げる生ぬるい市場」であり、これでは画期的な新薬を一刻も早く日本市場に投入して、国際特許が切れるまでに利益を上げようというインセンティブは働かず、?の短縮は図れない。
 現在、中医協では、「革新的な新薬の薬価は、後発品発売までの間は引き下げずに維持する」というアメの施策と、「後発品の使用促進」というムチの施策を同時に導入することで、「日本市場において、新薬を中心とする製薬企業は次々に新薬を開発して市場に投入できなければ経営が成り立たない」という状態を作り出そうと試みている。この仕組みの導入により、革新的な新薬を開発する力のない製薬企業は一気に苦境に立たされることになりそうだが、革新的な新薬を待ち望む患者、ドラッグ・ラグに苦しめられている患者にとっては、福音となり得る改革であり、中医協の審議の行方を見守っていく必要があるだろう。
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