最新記事一覧

臨時 vol 316 「日経BP社の自律]

医療ガバナンス学会 (2009年11月1日 08:45)


■ 関連タグ

                虎の門病院泌尿器科 小松秀樹

● 記事
 日経メディカル2009年10月号に『政権交代と医療事故調査』と題する記事が掲
載された。以下に内容を要約する。私の意見とされる括弧内の文は記事そのまま
である。
 厚労省は第三者機関としての「医療安全調査委員会」を提唱し、民主党は院内
で調査をする対案を出していた。政権交代で、院内事故調査委員会での究明が主
流となる可能性がある。院内事故調査委員会の課題の一つが委員会に外部委員を
入れるかどうかである。日弁連の『院内事故調査ガイドライン』は、外部委員の
選定では、患者・家族が推薦した人物を尊重し、医療問題に関わる弁護士や事故
調査の手法に知見を有する有識者を選任すべきだとした。財団法人生存科学研究
所が発表した『院内事故調査の手引き』は、院外から医療職1人以上、医療職以
外の有識者1人を含めることを推奨している。『院内医療事故調査委員会の論点
と考え方』(医学のあゆみ, 230:313-20, 2009.)を発表した小松秀樹氏は、内
部委員のみで構成することが好ましいとする。「外部委員は理想を追求しがち。
実情を度外視した過大な要求は、医療現場を疲弊させることにつながりかねない」
というのがその理由だ。
● 誤った印象の誘導
 記事を読んだ友人に、手術室で「小松さんは隠蔽体質だそうですね」と言われ
た。私の意見として引用されている括弧内の文は、私の論文中にはない。引用の
中の「実情を度外視した過大な要求」という特徴ある文言は、小規模病院、個人
病院で、委員会から一律に管理者を排除することの利害得失についての議論で使
われた。管理者や開設者が委員になると、病院経営が優先されて、患者に不利な、
あるいは、医療従事者に不利なバイアスが働く可能性がある。可能ならば、委員
から排除すべきである。これに続く文章に前記文言が登場する。
 一方、小規模病院、個人医院では、管理者が参加しなければ、実質的に外部委
員会になる。調査委員会の結論は病院の運営や経営に大きな影響を与える。外部
委員は、医療機関の運営や経営に対する責任を負うものではない。責任のない者
が、権限を持つと、歯止めがないために、実情を度外視した過大な要求をしがち
になる。
● 事実誤認
 記事には明確な事実誤認があった。第一に、私は外部委員の必要性についても
述べている。論文に「専門的議論の質を高めるために、必要に応じて、外部の当
該医療の専門家を招聘する」「透明性の確保のために、必要に応じて、中立的立
場で社会から信頼されている人物を委員にする」と記載している。
 第二に、記事の主旨とは異なり、厚労省案でも院内事故調査委員会は重視され
ていた。実際に、第二次試案、第三次試案では言及されていた。大綱案では言及
されていないが、重視しなくなったということではない。病院の規模によって実
施可能なことに大きな差があり、院内事故調査委員会について法律で一律に扱う
ことに無理があると判断したためではないか。院内事故調査委員会を厚労省が重
視していたことについては、その指針を厚労省の研究班に作成させようとしてい
たことも傍証になろう。
● 論文の成り立ちの誤解
 最も大きな問題は、論文の成り立ちと意図を理解していないことにある。これ
が、この文章を書くに至った最大の理由である。
 日弁連の『院内事故調査ガイドライン』と生存科学研究所の『院内事故調査の
手引き』は、いずれも「明示されていない規範らしきもの」からの演繹で書かれ
た規範である。
 生存科学研究所の『手引き』では各章で冒頭に、推奨(○)、より望ましい
(◎)、行ってはならない(×)の項目があり、その内容が箇条書きになってい
る。流行の診療ガイドラインと同様の構造である。診療ガイドラインには多大な
問題があるが、それでも、推奨する際には根拠となる論文が引用されている。こ
の『手引き』には、推奨する、あるいは、行ってはならないとする根拠は記載さ
れていなかった。根拠は読者に委ねられている。私がかつて「大衆メディア道徳」
(ドクターズマガジン: 98, 1, 2008.)と呼んだ実体のない雰囲気に依拠してい
るといってもよい。大衆受けのする定義のあいまいな規範は、正義の暴走を招く
ことがある。ヨーロッパで多くの魔女を火あぶりにし、フランス貴族をギロチン
にかけ、ユダヤ人を虐殺し、日本を戦争に引きずり込んだ。
 規範は実情の中で機能する。人間にはそれぞれの立場があり、それぞれの思惑
で動く。規範を社会に問うのならば、規範が誰に利益をもたらし、誰に不利益に
なるのか、規範の求めるものは実現可能か、その規範をめぐってどのような事件
があったのか、結果として、社会にどのような影響をもたらしたのか、あるいは、
もたらすのかを慎重に検討しなければならない。必要な検討の努力を怠っている
ことにおいて、この『手引き』は知的誠実性を欠き、一種のレシピ集のような印
象さえ受ける。
 私の論文は、院内事故調査委員会のあるべき姿を提唱したものではない。過去
に院内事故調査委員会をめぐって生じた様々な問題を検証し、リスクについて警
鐘を鳴らしたにすぎない。この意味で、日弁連の『ガイドライン』、生存科学研
究所の『手引き』と私の論文を、項目別に比較対照することは適切でない。
● 医療事故をめぐる流れ
 1999年の横浜市立大学病院事件と都立広尾病院事件は、日本の医療の流れを大
きく変えた。
 都立広尾病院事件では、病院側は事件を隠蔽しようとしたと解釈されるような
行動をとった。院長は、警察への届け出を一旦は決意したが、東京都病院事業部
副参事の反対を受けてこれに従った。死亡診断書の死因の欄には、当初は、不詳、
その後、病死と記載された。医師法21条の異状死届け出義務違反で有罪になった
ことについてはさまざまな議論がある。しかし、東京都副参事、院長の行動には
明らかに問題があった。とくに、院長が都庁の事務官に従ったことは大きな問題
である。副参事を無罪、院長を有罪とする裁判所の判断は、医師の判断は医学と
自身の良心に基づくべきであって、事務方の事情に基づく判断に従うべきではな
いという強いメッセージとなった。
 これに続く正義を振りかざした報道の氾濫は、ときに、病院管理者の行動をゆ
がめた。
 2001年の東京女子医大病院事件では、秘密裏に立ち上げられた院内事故調査委
員会が、当該医療の専門家が議論に参加しない中で、人工心肺装置を操作してい
た佐藤医師に過誤があったと決め付けた。これをきっかけに佐藤医師は逮捕起訴
され、心臓外科医としてのキャリアを奪われた。学会は、この事件を問題視して
独自に調査し、事故の原因は佐藤医師の操作ではないとした。最終的に、佐藤医
師の無罪が確定したが、冤罪事件ともいうべきこの事件では、多くの二次的紛争
が発生した。東京女子医大と調査委員会の委員は、佐藤医師から損害賠償を求め
られた。病院管理者の、病院を守りたい、自分を正義の立場に置きたいという願
望が、誤った予断を生んだ。
 名古屋大学は、腹腔鏡手術での大動脈損傷による死亡事故が発生した直後に、
患者側弁護士を含む調査委員会を立ち上げた。これにより、刑事事件化の阻止と、
病院の信頼の保全という目的を達成した。名古屋大学の対応は、民事で一切争わ
ないことを前提としたものだった。この対応は喝采を浴びた。私も喝采した一人
だった。この後、外部調査委員会は一種のブームになったが、前提が異なると、
弊害も大きかったのではないかと危惧する。患者側を入れた委員会で、事故につ
いて議論すれば、混乱は避けられない。
 外部調査委員会はメディアスクラム発生に対応する形で立ち上げられることが
多い。メディアは、外部調査委員会を、水戸黄門的な「超法規的裁断を行う正し
い権威」として、評価する傾向がある。今回の日経メディカルの記事にもその傾
向がうかがえる。メディアスクラムに対応するという設置時の目的が委員に影響
して、委員会の判断が病院や医療従事者に過度に厳しいものになりがちとなる。
このため、患者側弁護士はしばしば外部調査委員会の設立を病院に働きかけ、過
失判定をめぐる議論の場にしようとする。これは同時に、弁護士に経済的メリッ
トをもたらす確率を高めるのではないか。「超法規的裁断を行う正しい権威」は、
民主主義にはなじまない。しかも、裁判所のような手続、裁定者の免責などの法
的裏付けのある重装備を持っていないため、公平性を担保するのが困難であり、
紛争を扱うのに適していない。
● 院内事故調査委員会の目的
 私は、望ましいかどうかとは関係なく、実際に院内事故調査委員会の目的になっ
たものとして、以下の9項目を挙げた。
(1) 医療事故の医学的観点からの事実経過の記載と原因分析
(2) 再発防止
(3) 紛争対応
(4) 過失の認定
(5) 院内処分
以下、隠れた目的
(6) 社会からの攻撃をかわすため
(7) 保険会社から賠償保険金を得ることを確実にするため
(8) 開設者から賠償金を支払うため
(9) 訴訟を有利に運ぶため (病院側、患者側の双方に発生する)
 院内事故調査委員会が担うべき役割は、語義からも(1)である。再発防止は総合
的な安全対策の中で位置づけられるものであり、この意味で、別の委員会で扱う
方が望ましい。(3)以下の目的を重視すると、(1)の目的を損ねる。
● 外部委員
 議論になった外部委員についての考え方を以下にまとめる。基本的にあるべき
論ではなく、実情についての考察である。
 システムの内部では、機能に伴って責任が生じる。システムの境界は「責任境
界」でもある。外部委員を招聘する場合、必然的にその意義は内部委員とは異な
る。外部委員が、当該病院の医療と病院の存続に対し、内部委員と同様の責任を
持つことは実際上ありえない。院内事故調査委員会が、病院の存続を脅かしかね
ないことを認識しておく必要がある。
 弁護士は病院側、患者側を問わず、委員とすべきではない。弁護士の行動は紛
争を前提としているが、院内事故調査委員会には紛争を扱う能力がないからであ
る。
 特に、患者側で活動している弁護士が院内事故調査委員会に加わると、議論の
重心が、科学から法あるいは情念の側に移動し、紛争が生じやすくなる。「責任
境界」の内側に外部の人間が入ることになり、紛争の形がいびつになりかねない。
医療事故の被害は、傷害や死亡なので、民事事件にも刑事事件にもなりうる。少
数意見であったとしても、刑事事件相当であるとの記載を報告書に残せば、その
後の紛争に大きな影響を与えることができる。患者側弁護士の一部は大きな団体
を形成しており、利害を共有しているように見える。
● 報道機関の自律
 私は、この件では日経メディカルに謝罪も記事の訂正も求めない。日経BP社の
自律の問題とする方が、結果が望ましいものになる。外部からの圧力に対応しよ
うとすると、記事に何らかのゆがみが生じる。問題のある記事すべてに対し、社
内調査委員会に外部委員を入れて調査して報告書を作成するとすれば、大きな副
作用を伴う。
 これを機に想像していただきたい。医療では、有害事象が入院患者の10%に発
生する。不可抗力であったとしても、一旦行き違いが生じると、紛争に発展する。
犯罪者とされる可能性さえある。医療はぎりぎりの状況にあり、事故調査はやり
方によってはシステムを壊しかねない。
 記事を読んだ後、記者に「悲しく思います」と伝え、論文について詳しく説明
した。ありがたいことに、日経メディカル11月号にこの件に関して記事を投稿す
るよう提案を受けた。ただし、字数が、800から1000字と制限されており、この
複雑な問題を扱うのには足りない。このために、この文章を発表することにした。
この件に関する私の対応はこれで終了とする。
● 最後に
 人間は立場に基づいて行動する。院内事故調査委員会にはさまざまな利害が交
錯する。明確な利益相反、隠れた利益相反が事実認識をゆがめる。医療機関の規
模、活動内容、抱える人材は多様であり、最適の運営方法は病院によって異なる。
対立が生じやすいが、対立を適切に扱う能力はない。院内事故調査委員会に生じ
た問題を凝視しようというのが私の論文の意図である。

 

MRIC Global

お知らせ

 配信をご希望の方はこちらのフォームに必要事項を記入して登録してください。

 MRICでは配信するメールマガジンへの医療に関わる記事の投稿を歓迎しております。
 投稿をご検討の方は「お問い合わせ」よりご連絡をお願いします。

関連タグ

月別アーカイブ

▲ページトップへ