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臨時 vol 325 「世界から取り残される漢方医学」

医療ガバナンス学会 (2009年11月5日 10:32)


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          -脆弱な国際競争の基盤-
慶應義塾大学医学部漢方医学センター
渡辺賢治

2009年10月12日から16日にソウルで開催されたWHO国際分類ファミリー(WHO-FIC)会議に出席してきた。現在改訂作業中の国際疾病分類(ICD)の次回改訂版に漢方が入る計画が着々と進んでおり、それ自身は大変に喜ばしいことなのであるが、一方で、中国・韓国の国策としての伝統医学国際化政策に比し、日本のおかれている状況があまりに貧弱で、逆に危機感を強めた会議であった。
WHO国際分類ファミリー
 世界の医療情報統計の基礎となっているのがICD(国際疾病分類)である。1900年に始まるICDの歴史は死因統計の世界統計を取ることを主たる目的に始まった。
 しかしながら近年では疾病統計を取ることもその目的に入っている。病院での包括診療などはICDベースであり、その他のすべての医療情報はICDとリンクしている。
 現在のICDは1990年に改訂されたICD-10(第10版)であるが、2014年にはICD-11に改訂され、2015年のWHO総会で承認予定である。
 ICDを含む他の国際分類を扱うのがWHO-FICネットワークである。現在ソウルで会議が行われており、世界中から代表が集まっている。この席で新しいICD-11に漢方を含む伝統医学が入る計画がアナウンスされた。来年1月にワーキング・グループが立ち上がり、改訂に向けての作業が開始される。
東アジア伝統医学分類
 WHO西太平洋地域では日中韓を中心に東アジア伝統分類の作成に向けて2005年から6回の会議を経て東アジア伝統医学分類のアルファ版を作成した。このアルファ版が今回のICD-11への改訂の基盤になる。
 筆者はこのWHO西太平洋地域での東アジア伝統分類作成の議長を務めてきて、まとめてきたが、三国の長所、短所が十分に理解できた。伝統医学の扱いはそれぞれの国で異なる。
中国は中西医結合といって、中医大学のカリキュラムのうち、医学カリキュラムの半分は西洋医学である。また、卒業してから西洋薬を処方することも許されている。一見いいように思うのであるが、中医学の習得には時間がかかる。若い世代は中医学を長い時間かけて一人前になるよりも、西洋薬を処方する道を選ぶ。その結果、中医学の継承者が不足してきている。また多くの中医大学が5年制である。海外で博士課程に入るためには修士課程が必要になる。韓国は西洋医学と伝統医学が対立している。韓医師は優秀で、時に西洋医学の大学よりも入学のための偏差値が高い時もあった。また財政的にも韓医師の方が恵まれている場合が多く、韓医師がCTやMRIを購入し、西洋医学の放射線科医を雇うなどという事態に対して、西洋医師会が強く反発し、訴訟合戦が繰り広げられたりした。日本の場合、漢方は西洋医学のサービスの一つであるので既に十分に統合している。2001年以来医学教育にもしかしながら、中国・韓国と異なり、教育の時間は少ない。
 こうした長所・短所をお互いに知り合うことで、同盟意識を共有することができる。
ICD-11に漢方が入ることの意義
 ICDは世界の保健統計の基礎になっている。1900年以来西洋医学一本で来たICDに伝統医学が入ることは、世界保健の仕組みそのものを揺るがす大きな事件である。WHOが関心を示す理由はいくつかある。まず世界の人口の40%が伝統医学を用いている。多くは西洋医学にアクセスできない開発途上国のプライマリ・ケアであることは事実である。1978年のプライマリ・ケアの必要性を明らかにしたアルマータ宣言でも伝統医学の重要性を説いている。昨年11月、WHOは総長のマーガレット・チャンを招いて北京でアルマータ宣言の30周年を祝福した。
 しかしICD-11の主たる利用者は開発途上国ではない。欧米における伝統医学の関心は最近急速に高まっており、中国から見て生薬の輸出国は日韓の比率が下がり、欧米の比率が上がっている。こうした国際競争の中で日本に入ってくる生薬の質を担保するのが困難な状況に陥っていることは前回書いた通りである。
 世界は西洋医学のみでなく、伝統医学を含む他の医学に対してもきちんと整備しようという動きがある中で、中韓は盛んに伝統医学の国内整備と国際化を進めている。
中国・韓国の例
 中国北京では中国中医研究院が伝統医学の医療情報に関わる職員が200名おり、国家の標準化の伝統医学のコードを決め、実際の医療情報は上海中医大学が中国内の病院ネットワークを構築して既に100万件のデータを蓄積している。
 韓国は韓医学会と西洋医学会が仲が悪いので、進まないだろうと思ったら、ICD-10の韓国版には使われていない章に韓医学の用語を入れ、西洋医学と伝統医学のダブル・コードを作成し、来年1月から運用する。
 韓医学と西洋医学が対立して整備が進まないと思っていた韓国で、既に基盤整備が行われ、来年から運用が始まるということに正直言って驚いた。漢方の場合もWHO西太平洋地域での活動の中で暫定的なコードは作成したが、国家レベルで運用するには至っていない。しかも、西洋病名(ICD)と伝統医学独特の診断、証とのダブルコードは日本が主張してきたことで、それを韓国が国家レベルで整備して運用することに大きなショックを受けた。
 それにも増してショックを受けたのは、このWHO会議において、韓国がオントロジー・ツールを用いた伝統医学用語の解析を既に始めていることである。中国においても伝統医学の分野に数多くのオントロジーの専門家がいる。
 こうした人材育成を国家戦略でやっている中韓と日本との差は大きい。
ICD-11改訂に向けて
 過去5年間、WHO西太平洋地域において日中韓および他の東アジア伝統医学分類の取りまとめをやってきた身において、今回のWHO国際分類ファミリーで痛感したことは、このままでは日本だけがICD-11の改訂に間に合わない、もしくは中韓の医学に埋もれて日本漢方の特徴が取り入れられない、という危機感である。
 これから医療情報時代に向かおうというのに、日本はあまりに国が医療情報に無関心である。厚労省の統計情報部の研究費は他部署に比べて雀の涙のような学である。基本的に医療情報が整備されれば、どこにどのような疾患の患者がいて、専門医がどれくらいいるから、今後この地域にどのような医療政策をすべきか計画が立つ。
 今回の医師不足の問題に見るように、国は将来予測をして医師数のコントロールをしなくてはならないのに、今と過去を振り返り、医療計画を立てるので時代遅れの政策しか取れない。しかし医療情報がきちんと整備されれば向こう100年の計も立てられる。
 ここではそのことに多くは触れないが、伝統医学を巡る医療情報はICD-11に入ることでその基盤ができる。中国・韓国はそれに向けて着々と国策として進めている中で、わが国だけが大きく後れを取っている。
緊急に日本がやるべきこと
 1)漢方医学の医療情報を担うセンターを作る。2)漢方医学の医療情報を担う人材の育成を支援する。3)わが国で漢方の医療情報を取るネットワークの整備をする。4)日中韓+αの国で医療情報のシンポジウムを開く支援をする。
 韓国はWHO国際分類のWHO協力センターを2011年に設立予定であるが、半分が西洋医学、半分が韓医学で、韓医学の部門の中に教育委員会(コーディングを教育する)、普及委員会(コーディングの普及を促進する)を設立する。こうした他国の体制に近づけるような整備が必要である。
 医療情報、オントロジーいずれもかつての日本がIT立国であったように、中韓は急速なIT化を進めている。
韓国では2000年には9割以上の医療機関で院内事務の電子化が実現されていた。レセプトや電子カルテの導入を通じて、それまで導入されてきたシステムとの連携も進み、病院内部のシステムの統合実現に向けた取り組みが加速され、2004年までには8割以上、今やほぼ100%近い普及率である。これらにより、病院内部における紙カルテ及び診療情報伝達における伝票等が無くなるペーパーレス、画像データ等のフィルムレスが実現しつつある。インフラ整備には投資が必要であるが、その後の運用費、ならびに環境に配慮すると、病院経営の高度化や費用削減などに多大な効果が得られている。医療制度改革とIT国家化で進む医療情報化このような医療情報化が進展した背景には、政府による医療改革やIT国家政策といった計画的な施策の実施があったことが広く知られている
 こうした韓国の取り組みを参考に、わが国の整備を早急に進めない限り国際的にも漢方の生き残りは厳しい状況にある。
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