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臨時 vol 335 「医薬品の安定供給のためにすべきこと」

医療ガバナンス学会 (2009年11月16日 11:55)


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成松 宏人
山形大学 グローバルCOEプログラム 特任准教授
東京大学医科学研究所
先端医療社会コミュニケーションシステム社会連携研究部門
客員研究員


【薬剤不足と公衆衛生】

The New England Journal of Medicine (NEJM)誌10月15日号に「薬剤不足と公
衆衛生」と題した論説が掲載されました。

http://content.nejm.org/cgi/content/extract/361/16/1525

NEJM誌は言わずとしれた、世界の代表的な医学学術誌の一つです。

今回の論説では代謝疾患の治療薬や、検査薬の供給停止問題をとりあげて、今
後、供給不足の問題にどのように対応していくか考えていく必要性を指摘してい
ます。

日本においても今年初めに、骨髄移植に必要な骨髄フィルターが欠品した問題
は大きな騒ぎになりました。http://medg.jp/mt/2009/10/-vol-287.html
これを教訓にして、薬剤の供給停止に対する危機管理体制の必要性が指摘され
ていますが、残念ながら議論は深まっていません。さらにその後の重要な医薬
品・医療機器の欠品が日本においても次々に明らかになってきています。

そこで本稿では、NEJM誌の論説や、骨髄フィルター問題意向におきた欠品問題
を振り返り、どのような危機管理をしていくべきなのか考えたいと思います。

【NEJMの指摘するもの】

医薬品が突然供給停止になる原因は様々なものがあります。そして、それは突
然やってきます。原因としては経済的な事情、テロや戦争によるもの、インフル
エンザなどの感染症のパンデミックなどが代表的なものです。

NEJMの論説ではまずCerezymeというGaucher病の治療薬とFabrazymeという
Fabry病の治療薬の欠品が取り上げられました。Gaucher病、Fabry病ともに生ま
れつき必要な代謝酵素が欠損する病気で、二つの治療薬はその欠損した代謝酵素
を補充する、患者さんにとっては必須の薬剤です。今年6月、米国マサチューセッ
ツの製造施設内でこれらの治療薬を生産するために使用する培養細胞にウイルス
が感染してしまい、治療薬の生産が出来なくなってしまったのです。これにより、
突如として深刻な欠品問題が生じました。11月頃になると見込まれる生産再開ま
での間は、患者の病気の重症度に優先順位をつけ、在庫をより重症患者にまわす
ことで調整したり、投与量を調整して節約するなどの対処法が取られました。

他にも、この論説ではtechnetium-99mの世界的な不足についても取り上げられ
ています。これは、主に心臓などに使用するシンチグラフィー検査の必須の物質
です。これらを精製する複数の施設が、施設内の機会トラブルや施設のメンテナ
ンスで操業することが出来なり欠品を起こしました。

このような出来事をふまえた上で、この論説では非常事態に対応するための計
画の必要性が訴えられました。

【骨髄フィルター騒動以降も続く欠品問題】

日本においても骨髄フィルター騒動以降も欠品問題はおきています。最近明ら
かになったのは腹水静脈シャントの欠品です。

http://lohasmedical.jp/news/2009/10/07100228.php

これは末期がんや肝硬変などが原因で難治性腹水症を来した患者の、腹腔内に
溜まった腹水を静脈経由で全身に戻す医療機器です。腹水を体の外に捨ててしま
えば、「栄養分」も一緒に捨ててしまうことになり、「体力」を消耗してしまい
ます。しかし、このシャントを使用すれば、「栄養分」を外に捨てることなく腹
水をコントロールすることが出来ます。

メーカーによると、製品の不具合が製造過程で見つかり、その改善のために4~
6ヵ月の欠品がみこまれるとのことです。このシャントは圧倒的なシェアを国内
で誇っています。この欠品期間に、多くの患者が難治性腹水の他の治療法を選択
せざるを得ない状況になっています。

http://www.mihama-med.com/denver/denver01.html

【危機管理体制の整備の必要性】

非常事態に対応するための計画の必要性を訴える論説がこの時期にNEJMに掲載
されたことは非常に示唆に富みます。筆者は、この問題はどこの国でも起こりう
る世界共通の問題であることが徐々に認識されているということを示しているの
だと思います。

しかし、日本においても骨髄フィルター騒動経験した以降も医薬品・医療機器
の安定供給に関する危機管理についての議論は深まっていません。これらの安定
供給は極めて重要な社会基盤の一つです。これからも深刻度に差があれ、必ず起
こります。どのように対処すればいいか議論をはじめることが急務です。

【危機管理には2つの段階がある】

危機管理体制には2つの段階があります。まず、危機を起こさない、あるいは
リスクを軽減させるための対策、と危機が実際に発生した後に実害を回避するた
めの対策です。その中でまずしなければいけないのは前者の「危機を起こさない、
あるいはリスクを軽減させるため」の対策です。

突然中止になって困る度合いは医薬品・医療機器によって相違します。まず、
突然欠品になったときに代替品があるかどうかが重要なポイントです。ちなみに、
一般に価格が高く対象患者が多い、メーカーにとっても魅力的な分野は競合品が
多く、反対に治療薬や医療機器が発売されてから相当年数経過しており、対象患
者の少ない分野には競合品がない場合が多いです。後者の分野ではより欠品した
場合実害が発生するリスクが高いと考えられます。

さらに、その医薬品・医療機械がした際の深刻度、つまりは生命の危険度につ
いてもリスク評価をする必要があります。例えば、NEJMで取り上げられている代
謝疾患の治療薬は欠品すれば生命に直結するリスクの高い医薬品であると評価で
きます。

【まずリスクの公表を】

筆者は医薬品医療機器総合機構(PMDA)などの公的機関が中心になり、これらの
リスクを評価して速やかに公表する必要があると考えています。公表することで、
関係者の欠品リスクへの認識が高まり、どのような対処をすべきか議論をするこ
とがはじめて可能になります。

もちろん、リスク軽減のための方法は、ケイスバイケースになるでしょう。た
とえば、その分野では一種類しか供給がない場合には、価格を上げて”魅力”を
高め、他のメーカーの参入を促す方法が考えられます。もし、競合品が海外で市
販されているにもかかわらず日本で市販されていなければ、日本における承認申
請を支援する方法も考えられます。また、分野によってはNEJMの論説で紹介され
たように、欠品が起こった場合の病状に応じた優先度をあらかじめ決めておくと
いったことも必要になるはずです。

どちらにしても、費用や多大な労力がかかります。すべての薬剤・医療機器で
対策のとるのは事実上難しいでしょうから、優先順位を決めて対処する必要があ
ります。そのためにも、最初のリスク把握は必須です。

一昔前までは「水と安全はタダ」といわれ、社会インフラは存在して当たり前
のものとして考えられていました。しかし、その考え方も時代ともに変わりまし
た。たとえば、個人でホームセキュリティーを契約して安全を「買う」人はかな
り増えてきています。同じように、医薬品・医療機器の安定供給も決して当たり
前のものではなくなった時代に入っことは確かに言えることです。

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