医療ガバナンス学会 (2016年11月18日 06:00)
施設には、有料老人ホーム、グループホーム、サ高住等の区別があり、一応それぞれに入居基準があるのだが、訪問診療を行うにあたって違いは殆ど感じなかった。施設は、独立採算の所もあるのだが、多くは他業種の親会社が存在した。親会社の業務形態は多岐に渡っていた。私の携わっていた施設の親会社は、ホテルチェーン、飲食業(居酒屋、カラオケ)、教育産業、某大手電気メーカーであった。
施設訪問診療と在宅訪問診療が大きく異なっていた点は、施設訪問診療では医師が医療のイニシアチブを取る事が、在宅訪問診療に比べて現実的に遥かに困難であった。これが、私の感じていた施設訪問診療の最大の問題点であった。施設にとっては、入居者は、「お客様」であって「患者」ではないからだ。企業は営利活動を第一目的しており、利益のために「お客様」の「しんどい事」は、一番嫌悪される。この点で私は、衝突が絶えなかった。
一例を挙げる。私の担当患者に、70代の糖尿病患者がいた。彼は、HbA1cが7%後半で、内服治療と食事制限が必要な状態であり、私はその両方を「普通に」治療にあたっていた。しかし彼は、その「普通の」食事制限に耐えきれず、施設職員に泣きついた。本来であれば、医療行為に関する医師以外の口出しは医師法違反なのだが、「お客様」からの「クレーム」と受け取られ、結局私は、施設と提携している私が非常勤で所属していたクリニックから、その患者の担当医を外された。その後、その患者は、糖尿病が悪化し糖尿病性網膜症を発症した、と、後任の医師から聴いた。
医療には、患者の病状改善や悪化を防ぐために、「多少辛いが患者に協力してもらわなければならない事」が、数多くある。重症度や介護度の高い老人が介護保険導入時より増加し、また、療養群病院のベッドを国が減らしたために介護施設への重症度、介護度の高い入居者の割合がどんどん増えている。「介護施設は医療機関では無い」という建前は、厳しい現実の前には無力である。医療の素人が運営し従事している介護施設は、医療的な不利益や悲劇の元になる。施設訪問診療は、この問題から目をそらさず認識し、何らかの対策を講じる必要がある段階にきているのではないのだろうか。