医療ガバナンス学会 (2016年11月22日 06:00)
前日の24日に福島県庁の記者クラブで会見を行い、この「和解」について説明させていただきました。テレビも新聞も、記者さん達は私たちの主張を熱心に聞いてくれました。しかしその一方、放送時間や字数には限りがあります。どうしても電波や紙面だと、「和解」という言葉が一人歩きし、実際に何が起こったのかが十分に伝わりません。今回は、私達が東電と繰り返し行った交渉の長い道のりを紹介したいと思います。
結論から申し上げると、今回の「和解」(といわれるもの)は、震災後の平成23年10月から平成27年9月末までの、今回の原発事故のために増えた人件費や、平成26年10月から平成27年9月までの人材確保のために必要だった地代・家賃等の経費について、東電が支払いに同意しただけにすぎません。総額の約2割減の金額で譲歩し、1年以上かかりやっと認めてくれたというのが現実です。「やった!」という気持ちもなければ、お互いに納得して、握手をするようなものではありませんでした。
和解案の回答の末尾には、「(今後同様の請求があっても)更なるお支払いはできないことを申し添えます。」と書かれています。被害が継続する限り、最後まで完全賠償を行うという会社のトップの方針とは、まったく違うことが現場で行われているのです。残念ながら、「和解」と呼んではいても、わかり合えたとはとても思えませんでした。どうしてもそう思えなかった理由はいくつかあります。
今回の「和解」に至るまで、「原子力損害賠償紛争解決センター(ADR)」を通し交渉を行ってきました。ADRは、原子力損害賠償法に基づいて設置された機関で、裁判代替的な紛争解決機関です。仲介委員が、双方の主張を聞き、和解の斡旋を行いますが、双方の当事者に対して拘束力はありません。拘束力のある「仲裁」ではないのです。今回ADRの方たちは、当院の置かれた状況をとてもよく理解してくださり、早期解決に力を尽くしてくださいました。
しかしうまくはいきませんでした。ADRからの合意案が出ても、東電側から何度も何度も、同じ様なスタッフの人員の推移や総労働時間の推移、最終的にはスタッフ一人一人の平成22年から平成27年分の労働時間の集計等の追加の資料を求められ、その都度ADRが示した合意書に返答する期日が延びていきました。
私達からは十分譲歩する旨を伝えているにもかかわらず、東電は「○○の資料を提出いただいてから、3週間後には見解を述べます。」等、勝手に期限を決めてそれ以上何も無し。ある時は、期限も決めずに「今しばらく猶予」と述べるだけで、ADRが示す合意の金額を何度も否認し、合意書に返答する期日を勝手に延ばしたりと、ADRに拘束力がないとは言っても、仲介しているADRの存在を無視したような返答もありました。自分たちが合意を先延ばしにしているにも関わらず、決して文書では「その後回答します」とはいわないのです。あくまでも「検討し意見を述べさせていただきます」に終始していました。
そんな繰り返しの中、ある日東電の代理人から、ADRを通さない和解を持ち掛けられたのです。その内容は、驚くようなものでした。「もう支払いはこれっきりにして欲しい。」と言ってきたのです。さらに今後、和解の内容、金額、協議過程とその内容については第三者に口外しないという、守秘義務の契約条項を入れたいというものでした。このことを、金額の提示もなく、電話で当院の代理人に連絡がありました。東電は常々トップの方たちが、「被害が継続する限り、最後まで完全賠償をします。」と言っているにも関わらず、これが彼らのいうところの個別対応なのかと、憤らずにはいられませんでした。
合意までの期限を引き伸ばされると資金が枯渇します。十分な賠償なくとも、すぐにお金が得られないとならば、黙って賠償を受け取る人たちもいるのではないかと、考えずにはいられません。私達が平成23年に、倒産するわけにはいかず、そうしたように。
今回私達が、満足のいく結果でなくても「和解」の記者会見を行った理由は、今回の合意内容にありました。8回目(http://medg.jp/mt/?p=7027)でも述べたように、これまで東電は、事故後に必要となった手当等の支払いを、すべて病院の「(勝手に行った)経営判断である」と退けてきました。それについて、今回初めて東電側に支払い義務があることを認めたのです。これまで棄却された他の医療機関や企業の多くの案件がこれで認められるかもしれない。そのための記者会見でした。
何度も申し上げますが、私達は決して必要以上の賠償を求めているわけではありません。必要な賠償がされずにいる現状を、東電に認識していただき、それを今後どのようにしていくのかを一緒に考えて欲しいのです。現在東電が提示している「2年分の賠償の一括払い」で終了ではなく、私達がこの地域の医療を安定的に継続していくためには、まだまだ長い年月が必要となることを、認識して欲しいのです。「地域医療を守るための賠償」、それだけが私達が望むものであり、それを東電が認めたときこそが、本当の「和解」になるのではないでしょうか。