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臨時 vol 349 「糖尿病治療における世界最先端研究」

医療ガバナンス学会 (2009年11月18日 10:46)


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-国際膵・膵島移植学会(IPITA)からのメッセージ−

ベイラー研究所フォートワースキャンパス ディレクター
松本慎一


国際膵•膵島移植学会(IPITA)

2009年10月12日から16日まで、イタリアのベニスで国際膵・膵島移植学会
(International Pancreas and Islet Transplant Association, IPITA)が開催された。
今回は、前回に引き続き国際異種移植学会と共催であった。異種移植と膵・膵島移植が
共催である理由は、現時点で臨床的に異種移植が行われている分野は、ブタの膵島を用
いた膵島移植だけであり、異種移植は膵島移植がリードする分野だからである。
IPITAは膵臓移植および膵島移植の関係者のみならず、幹細胞からのベータ細胞移植
などの、糖尿病に対する移植治療の専門家が世界中から集まる会であり、常にエキサイ
ティングな討論が繰り広げられる。また、発表や討論の中から新しいプロジェクトや共
同研究が開始されることも稀ではない。つまり、糖尿病に対する移植医療を行なってい
る研究者にとっては、IPITAは2年に一度の晴れ舞台であり真剣勝負の場である。

CareからCureへ

糖尿病は、治癒(Cure)ができないために管理(Care)をする病気と一般的に言われて
いる。ただし、管理そのものも容易ではなく、糖尿病患者の多くが合併症に悩まされて
いるのが現状である。このため、糖尿病の臨床における研究は、いかに合併症を起こさ
ないか、あるいは合併症の進展をいかに遅らせるかという点に主眼がおかれている。
今回の、IPITAでは糖尿病Cure のための研究が提唱された。糖尿病をいかに治癒さ
せるかという命題に対しては、まず糖尿病の原因を明らかにしなければならない。現時
点では、全てのタイプの糖尿病の治癒を目指せるわけではないが、原因が明らかなもの
で治癒が望めるタイプのものがある。
糖尿病は、血糖値を下げる唯一のホルモンであるインスリン分泌が不足しているある
いはインスリンが有効に働かないために起こる病気である。このため、十分量のインス
リンがきちんと働けば、糖尿病は治癒できる。現在、治癒を目指し研究されているのは、
インスリン分泌が不足しているタイプの糖尿病であり、このタイプの糖尿病はインスリ
ン分泌細胞であるベータ細胞を移植することで治癒できるのである。つまり、インスリ
ン分泌が不足しているタイプの糖尿病に対して、ベータ細胞が唯一存在する膵臓あるい
は膵島を移植することによって治癒できる可能性があり、IPITAでは、まさに、糖尿病
根治を目指した様々な研究が発表された。

膵島移植による1型糖尿病の治療

1型糖尿病というのは、自己免疫疾患によってベータ細胞が崩壊し、インスリンが出
なくなる病気である。特に、小児期に発症することが多いため、小児糖尿病とも呼ばれ
ている。糖尿病は、治癒できない病気であるため、発症と同時に、患者およびその家族
は、一生インスリン注射が必要であることを医師から告げられ、ことの重大さに驚くこ
とも多い。さらに、インスリン注射を続けても、合併症である腎不全、網膜症による失
明、神経障害による下肢の壊死など様々な困難が襲いかかる可能性がある。このため、
1型糖尿病という慢性疾患が患者に及ぼす負担は非常に大きい。
2000年にカナダのアルバータ大学のグループが、膵島移植を行うことによって、1
型糖尿病の患者がインスリン注射から解放されたと発表し、1型糖尿病患者およびその
家族に希望を与えた。膵島移植は、移植と言っても、膵臓から分離した膵島細胞を点滴
で肝臓へ輸注する治療法で、全身麻酔も手術も不要である。このため、我々の施設の施
設を含め多くの施設では入院も必要としない。このように、膵島移植は、患者に負担が
少なく、1型糖尿病の患者がインスリン注射から解放されると言う新しい治療法なので
ある。
ただし、この治療が開始されてから5年後の2005年にアルバータ大学のグループが
長期的なインスリン注射からの離脱が難しいことを発表し、その後次々と問題点が浮か
び上がった。他の問題点として、膵島分離技術が難しく移植できる膵島が得にくいこと、
インスリン離脱に至るまで2回以上の移植が必要なこと、拒絶反応を抑えるための免役
抑制剤のうちラパマイシンという薬に副作用が多いことが指摘された。2000年に、大
きな期待を持たれた膵島移植は、多くの課題があることが明らかになった。

膵島移植の進歩

今回の学会では、2005年に浮かび上がった問題点の解決を示すだけではなく、次の
問題点の提起とその解決法の提案がされた。
まず、長期にインスリン離脱を維持することが難しい点において、アルバータ大学の
グループから、移植の最初の免役抑制剤としてサイモグロブリンを使うことで、劇的に
改善することが発表された。また、我々の施設からは、今まで移植されていたほぼ2倍
の膵島を移植した症例において、移植後2年半経ってもインスリン離脱状態が続いてい
るのみならず、膵島の機能全く衰えていない症例があることを報告した。つまり、移植
膵島は、条件さえよければ長期に生着することが証明された。
膵島分離技術の改善に関しては、我々の施設から、日本で開発した新しい膵臓の保存
溶液であるキョウト溶液を膵臓摘出直後に膵管から膵臓へ注入することで、膵臓を良好
な状態に保つことができ、膵島分離成功率がほぼ100%になることを発表した。この方
法は、アルバータ大学のグループが早速導入を希望し、現在我々との共同研究の準備を
進めている。
複数移植が必要な問題点に関して、我々は、キョウト溶液を膵臓の保存のみならず、
膵島の分離に使用する溶液としても採用することによって、1回の移植でのインスリン
離脱に成功したことを発表した。この方法はベイラー法として、この学会でのデビュー
となり、ベイラーの精力的な膵島移植の研究は世界の多くの膵島移植研究施設に知れ渡
ることになった。
ラパマイシンの副作用に関しては、我々の施設を含めて、いくつかの施設からラパマ
イシンを用いない膵島移植の免役抑制剤の発表がされ、ラパマイシンの副作用の問題も
解決した。
今回の学会では、2005年に指摘された問題点のほとんどに対して解決策が示され、
徐々に問題点はなくなりつつある。実際に、1型糖尿病に対する膵島移植は、アメリカ
でも標準治療への第3相臨床治験が開始されており、標準治療になる日も近い。
一方で、膵島移植が、確立された治療に近くなり、新たな問題が提起された。それは、
提供臓器の不足である。今までは、欧米では、臨床治験として膵島移植は限られた症例
のみに実施されていたが、1型糖尿病の標準治療になると、多くの1型糖尿病患者に実
施されることとなる。このために、提供臓器がたちまち不足することが予測された。
臓器不足を補う方法として、ブタの膵島を用いた異種膵島移植が今回大きな議論にな
った。

ブタの膵島を用いたバイオ人工膵島移植

今回の学会で、ニュージーランドのグループから、10月に入りニュージーランド政
府がブタの膵島を用いた異種膵島移植の承認し、1例目の臨床異種膵島移植を行ったと
いう衝撃的な発表があった。ブタの膵島を用いた膵島移植の臨床例は今までも、中国、
ロシア、メキシコで施設内の倫理委員会の承認を経て実施されてきた。ところが、国際
異種移植学会は、異種膵島移植を行う施設の条件として、政府が異種移植に関する法律
と規制を整備している国に限るとの声名を発表した。つまり、今まで実施されてきた異
種膵島移植は、国際異種移植学会のコンセンサスから外れており、異種膵島移植は中断
されていた。その間、ブタ膵島を用いた異種膵島移植は、アメリカとカナダのグループ
が2006年にサルを用いた実験での有効性を示し、臨床応用の開始が期待されていた。
ところが、異種膵島移植の中断の沈黙を破ったのが、ニュージーランドのグループな
のだ。優れた研究者は、アメリカのように恵まれた環境がなくてもブレークスルーがで
きることを目の当たりにした。私は、この発表を聞いて、先を越されたという気持ちで
は無く、素直にこの研究者の知恵と勇気に感激した。ただし、インスリン離脱のために
は大量のブタが必要なことなど、問題点を抱えていることも発表された。我々の研究室
では、ブタを用いたバイオ人工膵島移植の研究を実施しており、特にブタ膵島分離技術
にはいくつかの特許も申請中である。我々の技術を生かしてもらえないものかと、早速、
このニュージーランドのグループのリーダーであるエリオット博士と対談し、今後の共
同研究の可能性を話し合った。異種膵島移植の臨床応用は開始されたとはいえ、課題が
山済みである。これらの、課題を分析して解決していく研究は、まさに、患者に直結し
た医学を押し進める研究であり、このような研究ができることはフィジシャンサイエン
ティスト冥利に尽きる。

標準治療としての膵島自家移植

我々の施設から、制御が困難な腹痛を伴う慢性膵炎の治療として、膵臓全摘出術と摘
出した膵臓から膵島を分離し患者に戻す、膵島自家移植の症例を報告した。この治療に
より、慢性膵炎を持つ膵臓を摘出することで患者は腹痛から解放され、さらに、膵島を
移植することで糖尿病になることが予防できる。自家移植のために拒絶反応の心配も無
く、もちろん免疫抑制剤も不要である。痛みに対する効果は劇的であるが、慢性膵炎の
膵臓から膵島を分離するには高度な技術と経験を要する。このように膵島自家移植は高
度な技術と経験を必要とするため、世界でも実施されている施設は少ない。
我々の施設では、膵島分離の高い技術が有るためすでに3年前よりこの治療を開始し
ている。そして、昨年、我々の施設の膵島自家移植の成績が評価され念願であった標準
治療へと進化した。つまり、我々の施設では昨年より膵島自家移植は、標準治療として
患者に提供され、医療費は保険で賄われるようになったのだ。
膵島移植を実施する側の大きな課題として、巨額の研究費が必要であることが指摘さ
れている。ところが、我々の施設では膵島自家移植が標準治療となることで病院にとっ
て大きな収入源となり、膵島移植研究を推進する原動力となっている。このように、膵
島自家移植は、研究からベッドサイドへ、そして標準治療にと進化した、まさに、臨床
研究の努力が患者に実際に還元できるに至った成功例なのである。

国際学会での発表

国際学会は、自分の研究を世界に発表できる貴重な機会である。2001年でのインス
ブルックでのIPITAでは、私は二層法膵臓保存の発表を行い、その後一気に、この膵臓
保存法が世界に広まり、今では膵島分離前の膵保存の標準となっている。2005年にジ
ュネーブで開催されたIPITAでは、日本で開始した心停止ドナー膵島移植および生体ド
ナー膵島移植の発表を行い、その結果、ベイラー研究所にディレクターとして抜擢され
た。今回の学会では、ベイラー研究所から口演11題、ポスター発表3題と14題の演題
が採択され、我々の研究活動の高さを世界にアピールすることに成功した。この結果、
先日、アメリカ移植学会から膵島・幹細胞および細胞移植のセッションのアブストラク
ト委員会のCo-Chairのオファーの手紙が私のもとに届いた。つまり、国際学会
での発表は、研究者にとって次のステップに進める重要な機会であり人生の岐路にもな
りうるのだ。
今回は、ディレクターの立場で国際学会に参加したため、発表している研究者に注目
していた。そして、よい人材があればリクルートしたいと考えていた。

さいごに

日本人研究者の発表は、内容が優れているにもかかわらず、研究にかける情熱や、ほ
かの人に是非知ってもらいたいという思いが伝わらないことが多い。欧米の研究者が、
国際学会が真剣勝負の場と考えているのに対して、日本の研究者はまるで発表すること
だけを目標にしているようだ。このため、貴重なチャンスを逃していると残念と感じる。
学会での発表は10分ほどであるが、何百回も発表の練習をし、少しでも正確にそして
一人でも多くの人に自分の研究を知ってもらおう。人生において真剣勝負ができる機会
はそれほど多くはないからだ。この努力は決して無駄にはならず、自分にとって大きな
財産になる。

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