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臨時 vol 350 「で、結局何回打てばよいのでしょうか?」

医療ガバナンス学会 (2009年11月19日 06:48)


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ー新型インフルエンザワクチン接種回数論争における科学と政治、そして哲学

成松 宏人
山形大学 グローバルCOEプログラム 特任准教授
東京大学医科学研究所
先端医療社会コミュニケーションシステム社会連携研究部門 客員研究員


【新型インフルエンザワクチンの接種回数】

インフルエンザワクチンの接種回数が二転三転しています。10月16日、厚労省
で開催された意見交換会で、免疫が上がりにくいとされる1歳から13歳未満の
小児以外は、原則1回接種とすることが合意されました。ところが、意見交換会
直後より、多くの専門家が、この合意に疑問を呈しました。特に問題となったの
は、20?50歳代の健康な男女200人を対象とした臨床研究の結果を、小児、
持病を持つ人、高齢者、妊婦に当てはめたことです。

10月19日になって足立信也政務官が、前回とは別の専門家も加えて、公開で議
論をやり直しました。この議論を経て、足立政務官は16日の合意を白紙撤回し、
健康な医療従事者以外は従来の二回打ちを基本とする方針を打ち出しました。

しかし、11月11日、長妻昭・厚生労働大臣は、新型インフルエンザ国産ワクチ
ンの臨床試験の2回目接種後の試験結果を受け、新型インフルエンザの接種回数
を見直し、健康成人、妊婦、基礎疾患を有する人、65歳以上の高齢者について1
回接種とする方針を決定しました。

【「だからリザルトとディスカッションを一緒にしないでほしい」】

表題は10月19日に行われた公開の議論の場での足立政務官の言葉です。

http://lohasmedical.jp/news/2009/10/20010545.php

インフルエンザワクチンの接種回数が二転三転しているのは、臨床試験の結果
が新たに明らかになったからだということが各メディアで報じられています。上
述の足立政務官の言葉は、試験の結果から明らかになった「事実」と、それから
個人が考察した「推論」を一緒にしては十分な議論ができないという意味に筆者
はとりました。しかし、今回の決定についてどこまでが「科学」でどこまでが
「政治的もしくは行政的な判断」なのか必ずしも明確には社会に伝えられていな
いと考えています。そこで、本稿では、最近New England Journal of Medicine
誌(世界最高峰の臨床医学の学術誌です。)電子版に掲載された、新型インフル
エンザワクチンの接種回数の考える上で重要な論文の一つである、中国からの研
究を紹介させていだき、新型インフルエンザワクチン接種回数論争を振り返りた
いと思います。

【様々な年齢層でのワクチンの効果】

10月21日付けで様々な年齢層での新型インフルワクチンの効果についての研究
が中国の研究グループより発表されました。
A Novel Influenza A (H1N1) Vaccine in Various Age Groups

http://content.nejm.org/cgi/content/abstract/NEJMoa0908535v1

不活化ワクチンを受けた、3歳から77歳までの2200人を年齢別に4つのグルー
プ(3-11歳、12-17歳、18-60歳、61歳以上)に分けて、さらに様々なワクチンの
接種量やアジュバント(免疫増強剤)の有り無しで無作為に群分けして抗体価の
上昇があるかどうかを調べた研究です。スケジュールは2回打ちで、2回目は1
回目の21日後に接種されました。抗体価は1回目接種の21日後と35日後に測定さ
れました。

結果を以下にまとめます。15μgの1回目接種後の抗体価が情報した人の割合
と、2日目接種後抗体価が上昇した人の割合を示しています。
3-11歳のグループ;74.5%→98.1%
12-17歳のグループ:97.1%→100%
18-60歳のグループ;97.1%→97.1%
61歳以上のグループ:79.1%→93.3%
以上が主なこの研究の結果です。

この研究グループはディスカッションの部分で、この研究は11歳未満のグルー
プや61歳以上のグループは2回打ちをすることで、さらなる抗体価の上昇効果が
得られることを示したこと、これは季節性インフルエンザワクチンと同様の結果
であることを述べています。

【抗体価が上がる。それ以上でもそれ以下でもない。】

筆者はこの結果から、接種回数を決定するだけのエビデンスを見いだすのは困
難だと考えます。この試験では「新型インフルエンザワクチンは季節性インフル
エンザワクチンと同様な抗体上昇の効果を有している」ことしか示していないか
らです。特に、今回問題になっている、妊婦、基礎疾患を有する人、65歳以上の
高齢者1回うちでいいかどうかは、さらに相当な研究を積み重ねないと出せない
でしょう。

なぜならば、まず、抗体価の上昇が新型インフルエンザの罹患予防もしくは重
症化の回避にどれだけの意義があるか今のところは不明です。現時点では抗体価
の結果しか出ていないため、抗体価が上昇する=新型インフルエンザに効果があ
るだろうと「推論」しているに過ぎません。また、妊婦、基礎疾患を有する人の
死亡率が高いのは抗体価と関係しているかどうか現時点ではよく分からないため、
抗体価の情報のみで議論すること自体不可能です。

さて、11月11日の接種回数について新聞報道をみると、筆者はあたかも国内の
臨床試験の結果で決定されたかのような印象を受けます。

では、その根拠の臨床試験はなんだったというと、詳しい報道によると、やは
り抗体価を健康成人で測定したもののようです。

http://www.m3.com/iryoIshin/article/111070/

先ほど紹介した中国の臨床研究と同様に、この結果をもって、妊婦、基礎疾患
を有する人、65歳以上の高齢者を1回うちとする結論づけることは、かなり無理
があると筆者は考えます。

【結局は政治、公衆衛生行政の問題】

今回取り上げた中国の研究グループは論文で接種回数は「public health
officials」の決定する事項であると述べています。筆者も同感です。この問題
は、現時点では科学的なエビデンスを持って決めることは出来ない以上、多分に
政治や行政の問題なのです。

話を単純化してみます。たとえば、少しでも多くの人にワクチン接種すること
を目標にするならば、出来る限り1回うちにする方針になります。この方針は発
展途上国など、医療環境が良好でない地域では、健康人でも死亡するリスクが比
較的高くなるでしょうから、十分に検討に値するでしょう。

一方で、健常人などの低リスクグループの新型インフルエンザによる死亡率が
極めて低い先進国などの医療環境が良好な地域では、高リスクグループの死者を
減らすことに重点をおくために、たとえ健常人などの低リスクグループにワクチ
ンが行き渡らなくても、高リスクグループに出来るだけのことをする(=ワクチ
ンを2回接種する)という方針を考えるでしょう。

臨床試験の結果と今回の接種方針の間には、政治的・行政的な判断があったは
ずです。だとしたら、筆者は「だれ」がどのような「哲学」を持って今回の接種
回数を最終的に判断したのか明らかにする必要があると考えます。そうしなけれ
ば、あとで振り返って今回の判断について検証することが出来なくなってしまう
からです。それは、わが国の公衆衛生行政が発展しないことを意味します。

科学を隠れ蓑にしていては、見えるものも見えなくなってしまう。筆者は今回
の騒動をみて強く感じています。

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