医療ガバナンス学会 (2009年11月19日 08:00)
新型インフルエンザA(H1N1)に対するインフルエンザHAワクチンの免疫原性に関する臨床試験について
-試験デザインからの考察-
東京大学大学院医学系研究科臨床試験データ管理学特任准教授
山口拓洋
11月11日に厚労省で開催された専門家からの意見交換会の後、こんな記事が散
見された。どうやら、国立病院機構が実施した臨床試験でわかったらしい。「同
等、、、」。臨床試験の専門家ならピクッと反応する言葉だ。なぜなら、「異な
る治療法の効果が同じ」ことを方法論的にきちんと証明するのは非常に厄介だか
らだ。医学統計の専門家(自称?)のはしくれとして、本試験がどのように計画
されたか興味を持ち、WEB等で手に入る資料を入手した
(http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou
/kekkaku-kansenshou04/inful_iken-koukan1111.html)。本試験が、関心のある
仮説あるいは試験の目的を達するために妥当なものだったかどうか確認したかっ
たためである。
以下、治験実施計画書の要約(上記URLの資料1-1)などを読んで、試験デザイ
ンに関して気になった点や試験結果を評価するうえで不足している情報について
述べたい。
1. 本試験の目的
まずはここから。治験実施計画書の要約を読むと、
「健康成人志願者を対象として、KIB-H1N1を15μg(通常量)皮下接種および
30μg(倍量)筋肉内接種した際の免疫原性及び安全性を検討する。」
と書かれている。うーん、わかったようなわからないような。抗原量が2つある
ので、至適用量の決定が目的か?そういえば、開発のフェーズの項には「第
II/III相臨床試験」、治験デザインの項には「無作為化非盲検用量比較試験」と
書かれている。ふむふむ、II/III相というのはよくわからんが、やはりこれは、
至適用量を決定する試験だな、と読める。あれ?じゃあ、この試験は本来、ワク
チンの1回接種と2回接種の効果が同じことを示すために計画された試験ではなかっ
たのか?いずれにせよ、試験の目的には「検討する」とは書かれていても、「比
較検討する」とは書かれていない。よくわからない。
2. 主要評価項目
主要評価項目としてどのような評価項目を設定するかは、試験の目的に直結す
るため非常に重要である。治験実施計画書の要約には、評価項目として1. 血液
検査評価項目と2. 安全性評価項目が挙がっているだけで、主要評価項目がどれ
であるかの記載がない。えっ?主要評価項目がどれかわからないなんて、ちっと
も試験計画の要約ではないではないか。血液検査評価項目には、ワクチン1回目
接種前、2回目接種前、事後観察の3回の血液(合計27ml)採血による、と書かれ
ており、1) 新型インフルエンザA(H1N1)H1N1型に対する中和抗体価、2) 新型イ
ンフルエンザA(H1N1)H1N1抗原に対するHI抗体価、などの記載がある。また、別
の資料(上記URLの資料1-2)には、HI抗体価、中和抗体価で評価、と書いてある
から、おそらくこれらが主要評価項目なのだろうが、明確な記載はない。あるい
は、主要評価項目を複数設定している試験なのか?そうであれば、そう書いて欲
しい。
3. 統計解析
主要評価項目の問題が残されているが、統計解析の章を見ればモヤモヤが少し
は解決するかと思ったが、治験実施計画書の要約には統計解析に関する記載もな
い。えっえっ?これ本当に試験計画の要約ですか?HI抗体価、中和抗体価などは
どのように解析するのか事前に決めていたのだろうか?
4. サンプルサイズ設計の根拠
えーっと、じゃあ、非常に怖くなってきたが、サンプルサイズ設計(試験の目
的を達成するために何人の参加者が必要かを見積もること)を見てみることにす
る。ランダム化試験は実験であるから、必ず成功させなければならない。研究者
が考えている仮説が本当に正しい場合には肯定的な結論を、本当は誤っている場
合には否定的な結論を、きちんと導くことができることが臨床試験の成功であり、
サンプルサイズ設計は非常に重要である。さすがに、これを見れば試験の目的や
主要評価項目などがはっきりするだろうと思い期待する。
さて、治験実施計画書の要約には、以下のように書かれていた。
「目標被験者数 計200名」
げっ。設定根拠はやはり書いていないのか。
5. 再び、「新型ワクチン 2回接種しても1回と同等」か?
上記URLの資料1-2を見ると、抗体陽転率(HI抗体価)の結果があり、そこでは
陽転定義を40倍以上かつ変化率4倍以上とし、各用量群における1回接種後と2回
接種後の抗体陽転率が算出されていた。この結果をもとに2回接種しても1回と同
等なんて結論が出たのかもしれないが、小生に手に入る資料のみではデザインの
詳細が不明であるのでその判断の妥当性は正直なところ評価できない。ただ、解
析に関しては、1回接種後と2回接種後の抗体陽転率(及びその信頼区間)が並べ
てあるだけなので、この結果のみからはそんな結論は出るはずはなく、効果が同
等と結論づけるためには、1回接種後と2回接種後の抗体陽転率の違いがどの程度
であれば同等とみなせるのか、その範囲をきちんと試験計画書で示す必要がある
し、解析も、例えば1回目と2回目の抗体陽転率の差とその信頼区間を算出するな
ど、解析目的に沿うよう実施されるべきである。
そもそも目的も明確でない試験結果から、どうしてこんな「新型ワクチン 2
回接種しても1回と同等」なんて結論になるのか?本当に本試験結果をもとに判
断しているのであれば、試験計画書をきちんと公開して欲しいし、納得のいく説
明が欲しい。効果が同等と証明するのに必要なサンプルサイズは本当に1群100名
で適切だったのか?いくら治験実施期間が限定されている状況とはいえ、目的も
明確でないこのような試験を実施すること自体、問題にならないのか?
公開されている資料から判断するに、ワクチン接種は1回で十分、そんな結論
が本試験結果からのみで出る理由がわからない。中間報告の段階ではあるが、小
生に誤解があれば、ぜひご指摘いただきたい。