医療ガバナンス学会 (2009年11月20日 06:02)
ACIPとは
ACIPはCDCによる委託委員会で、アメリカ連邦政府の所管となります。その役
割は、政府に予防接種に対する推奨を提供し、アメリカの予防接種のあり方を実
質的に形作ることにあります。アメリカにあるどの病気(これは、「俗に言う」
感染症のみならず、子宮頚癌など の予防も含む)が予防接種により予防可能な
のか(これをvaccine preventable diseases, VPDと呼ぶ)、どのような人たち
にそれを提供するのか、そしてそれによってアメリカと国民に何がもたらされる
のかを検 証 し、推奨事項をまとめます。
http://www.cdc.gov/vaccines/recs/acip/default.htm
ACIPは、15人のメンバーと投票権のない「官」の会 員(CDC/NIP, National
Immunization Program, ex-officio members)、「民」からの Liaison
Representatives からなりま す。15人のメンバーのうち1名が議長を務めます。
今回参加したときはキャロル・ベイカーという小児科医がこの任務をつとめてい
ま した。非常にてきぱきと、かつユーモアたっぷりに議事を進行していて感心
しました。
http://www.eurekalert.org/pub_releases/2009-10/tch-cba101909.php
会場はジョージア州アトランタのCDCロイベル・キャンパスで行われ、15人
のメンバーが会場の一番中心にロの字型に集まり、その周囲に投票権のない8政
府組織のメンバーと、同じく投票権のない26 の関連機関の代表がぐるりを周り
を取り囲みます。その周囲に私のような 非会員(オブザーバー)がいます。非
会員もこの会議を傍聴することができます。私のような外国人も申請し、承認さ
れれば傍聴できますし、CDCの職員、患者代表、製薬メーカーなども参加し、
そして発言することが 可能です。会議の内容はインターネット上でも公開され
ています。この透 明性こそが、ACIPの権威と信憑性を高く保っています。
申請のプロセス
http://www.cdc.gov/vaccines/recs/acip/meetings.htm#register
ウェブ上での公開
http://www.cdc.gov/vaccines/recs/acip/livemeeting-archive.htm
投票権のない会員や関係機関代表は、米国医療を代表する各団体を代表する機
関たちです。例えば、会員には医薬品を認可するFDA(医薬 品食品管理局)、
DOD(国防省)がいますし、関連機関にはAAFP (米国家庭医学会)、米国内科学会
(ACP)、米国小児科学会 (AAP)、米国医師会(AMA)、医療感染管理遂行諮問委員
会 (HICPAC)、米国感染症学会(IDSA)、米国医療機関疫学会(SHEA)などの代表
が参加します。堂々たるメンバーです。
ACIPの役割のひとつは1993年に成立した法律に基づき、VFCプログラムを通じ
た小児への必要な予防接種のリストを作ることにあ ります。VFCとは Vaccines
for Childrenの略であり、ここが決定した推奨予防接種は各州が責任を持って小
児に提供する法的義務を持ちます。VFCプログラムに基づく小児用の予防接種の
購入、分配、そして投与はすべてACIPが決定します。つまり、小児の予防接種
の「ありよう」はここで全て決められるのです。ACIPに与えられた 権限と責任
は非常に大きいと言えるでしょう。同様に、成人に対する予防 接種の推奨も
ACIPで決定され、ほとんどの医療保険会社はACIP の推奨に準じますから、ここ
で基本的にはアメリカにおける防接種の提供 のされ方が決定されます(ただし、
無保険者の多いアメリカでは、厳密に は国民全体のポリシーとはならない)。
成人の予防接種とは、季節性イン フルエンザワクチン、肺炎球菌ワクチン、破
傷風トキソイド、帯状疱疹ワ クチンなどを指しますが、基礎疾患の有無や過去
の予防接種歴によって個 別に推奨される予防接種が異なってきます。
我が国では、例えば新型インフルエンザワクチン接種に関する専門家諮 問委
員会は招聘されましたが、どういう基準で「その」専門家が呼ばれた のかは不
明です。予防接種メーカーとの利益相反も明示されません。関係 団体は同席せ
ず、メーカーも参加しません。また、委員会の推奨が決定事 項ではなく、最終
的には厚労省の中でプラニングがされます(そして、その経緯はブラックボック
スです)。専門家委員会が推奨し、その 間、厚労省とメーカーなどと「陰の」
折衝があり、そして最終的にポリシーが決定される非常に不透明なシステムです。
私はある意見交換会で、このような会やパブコメは厚労省がいろいろな人の意見
を聞きました よ、という「アリバイ作りではないのか」と問いただしたことが
あ りますが、それもこのような不透明なシステムでは懸念を払拭できないた め
です。そして、そのことは皮肉にも厚労省そのもののクレディビリティ (信憑
性)を低めています。そして何よりも、この委員会は新型インフル エンザにつ
いて「だけ」しか議論しません。
ACIPでは、各ワクチン推奨の決定の基準は「予防接種で予防でき る」疾患で
あるか?、予防接種の副作用の害を利益が凌駕する、というエ ビデンスがある
か?、コスト効果が充分にあるか?、といった基準で決められます。「○○の学
会が陳情してきた」「ワクチン反対団体からの反発が不安」といった消極的な理
由で決定されるわけではないことに注 意することが必要です。
ACIP会議は年三回行われます。
議事は、あらかじめ決定された議題についての情報提供を行い、ワーキ ング
グループによる推奨の追加、改訂についての提案が行われます。その後、ACIPメ
ンバーによる意見交換、一般参加者による意見交換が行 われます。文章の訂正
などがここで提議され、最終的な決議をしてよいかどうか、議長がメンバーに訊
きます。ACIPメンバーのの一人が決 議を提案し、別の一人がこれに賛同すれば
投票、となります。投票にて議決されれば、これがアメリカという国のそのワク
チンの使用のされ方となります。実に明快なシステムです。投票は口頭で行われ、
「○○、イエ ス」と自分の名前を述べて投票しますから、誰がどのような意見
を持って いるかは一目瞭然です(ネットで公開されていますから、世界中に分
かり ます)。委員の責任は極めて重いですが、それだけプロとしての矜恃があ
るのでしょう。
ACIPによって決定された推奨のひとつにVFC 決議がありま す。これは、州や
メディケイド(低所得者などに対するアメリカの公的医 療保険)の予防接種プ
ログラムに組み込まれます。ACIPの決定(VFC決議)を遵守する義務が各州やメ
ディケイドにはあるのです。私的保険については、予防接種をカバーする保険か
そうでないかによって異なり、これはACIPの守備範囲外ですが、通常はほとんど
の医療保険会社はACIPがVFCに組み込むよう推奨した予防接種をカバーします。
予防接種の購入契約はCDCの仕事となります。このようにして、実質的にはACIP
の決定がアメリカの予防接種のあり方を決定している、と言えるのです。
ACIPとVFCの関係はちょっと複雑で分かりにくいです。実 際、ACIPのメンバー
からもよくわかんない、という声も上がってお り、VFC決議のもたらすものに関
するプレゼンがあったときには、「ようやく理解できた」という声が多々上がっ
ていました。複雑な制度な のですね。
http://www.cdc.gov/vaccines/programs/vfc/acip-vfc-resolutions.htm
http://www.cdc.gov/vaccines/programs/vfc/default.htm
実際の議事進行
今回参加した会議は、10月21日、22日の2日間行われました。朝8時か
ら午後5時くらいまでの長い会議です。
議事進行は以下のように行われました。
http://www.cdc.gov/vaccines/recs/acip/downloads/agenda-oct09.pdf
21日、まずはアメリカで承認されたばかりのヒトパピローマウイ ルスの2価ワ
クチン(HPV2, GSK)の推奨についての議論があ りました。アメリカではすでに
メルクによる4価のワクチンが2006 年から承認されており、10-11歳になったら
全ての女性が3回 のワクチンを接種するようACIPから推奨されています。今回は、
こ れに新たに承認された2価のワクチンを組み込むための議論でし た。この2価
のワクチンは最近日本で承認されたものと同じもので す。日本では「任意接種」
なので、要するに「打ちたい人は勝手に打てば?」ということです。日本という
国が我が国の子宮頚癌をどうしたいのか、女性の健康をどこまで守りたいのか、
というビジョンがここにはありません。申請を受け、審査して、承認するだけで
す。
http://release.nikkei.co.jp/detail.cfm?relID=234033&lindID=4
ACIPのHPV2のワーキンググループの代表がヒトパピローマ ウイルスが起こす
子宮頚癌、陰部のコンジローマなどの疾患について、ワクチンについて、コスト
効果について、両ワクチンのアジュバントの違いについてなど多方面にわたる情
報を提供するプレゼンを行います。そのうえで、2価のワクチンをルーチンのス
ケジュールに組み込み、対象年齢などを4価の既存のワクチンと一致させる提案
がなされまし た。このとき、ワーキンググループの提案は「ACIPは4価と2 価の
ワクチンについてとくに優先順位を定めない」という一文を入れてい ました。
ところが、ACIPのメンバーから「4価のワクチンは陰部コンジローマを予防し、
2価はしない。さっきの情報提供ではそのよ うな結論だったが、どうしてそのよ
うなデータから、我々は優先順位を定めない、という結論が導かれるのか?」と
いう突っ込みを入れていまし た。この後たくさんの議論があり、結局この一文
は削除されること になりました。また、この議論では一般参加者のなかからメー
カーである メルクとGSKの代表も発言していました。メーカーのコメントが
直接聞けるのもACIPの特徴で興味深いと思いました(新型インフルエンザ の委
員会では国内、国外含めメーカーは参加しておらず、この辺の情報は 完全にブ
ラックボックスでした)。ACIPメンバーから質問された事 項について、メーカー
もできるだけ情報を開示しなくてはなりません。
また、このワクチンの男性に対する運用についても議論がありました。 男性
の陰部コンジローマを予防する効果は認められているが、肛門癌、陰茎癌、口腔
癌や咽頭癌などの予防効果に対する効果が期待されるが、これ を確認したエビ
デンスはないこと、コスト効果が十分吟味されていないことなどから、ACIPはこ
のワクチンを男の子全員に接種するルーチン のスケジュールに組み込むのでは
なく、「希望者は接種してもよ い」という立ち位置にするよう提案しました。
すると、男性の患者代表などから、「私はパピローマウイルスで咽頭が んに
なり、治療に非常に困難を要した。ぜひこのワクチンは汎用されるべ きだ」と
いったコメントが続出しました。注意深くこれを聴くACIP のメンバーですが、
結局投票では当初の提案通りで、ルーチン化はしませ んでした。
すでに述べたように、投票は口頭で行われますから、誰が賛成して誰が 反対
したかは一目瞭然です。患者などの意見や見解もきちんと聞き、それ はそれと
して何が大事かを冷静に判断する、そのようなプリンシプルが貫 かれています。
日本の官僚が、「これこれを言うと、こんなふうに○○か ら叩かれるからでき
ない」と弱腰になるのとは対照的です。叩かれることは、全然彼らの責務にとっ
て問題ではないのです。
次に、小児、青少年、成人の2010年の予防接種スケジュールの変更について議
論が行われました。これも決議され、ACIPの正式な推 奨としてCDCに提出さ
れ、これが認められると必要なワクチンがCDCにより購入されます。2010年1
月のCDCの週報(MMW R)にも公開されます。小児に対してはVCR決議に組
み込まれ、各 州とメディケイドがこれを遵守します。
次に、RSウイルスワクチンについてワーキンググループが議論する旨が報告
され、現行のRSVの問題点と今後の議論のスケジュールが確認さ れました。
さらに、青少年に推奨されている髄膜炎菌ワクチンを小児に適 応させるかの議
論がありました。小児については比較的髄膜炎菌による髄 膜炎の頻度が低いこ
と、ワクチンがカバーしないタイプBが原因のほとん どを占めること、青少年
に比べて疾患の予後が相対的によいことなどから ルーチン化は見送られました。
ここでも髄膜炎菌感染症に罹患した小児を代表する患者団体から、「小児でもルー
チン化せよ」という陳情がありま したが、決定は覆りませんでした。
この後、一般参加者からのコメントを募り、第1日の日程は全て 終了しました。