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臨時 vol 354 「本当に安全?本当に有効?」

医療ガバナンス学会 (2009年11月20日 10:00)


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新型インフルエンザワクチンを打った後に何が待っているのか

厚生労働省医系技官 村重直子


新型インフルエンザワクチンのアジュバントはまるで危険なものかのような発
表や報道がなされ、医学生にも「「危険」らしい輸入ワクチン」と揶揄される
(1)一方で、アジュバントが含まれる子宮頸がんワクチンは、待望されるイメー
ジとなっているようです。もう少し、事実に基づいた議論や報道ができるように
ならないものでしょうか。

ヨーロッパのECDC(European Centre for Disease Prevention and Control)
やEMEA(European Medicines Agency)から、新型インフルエンザワクチンの製
造・承認や安全性等について、わかりやすい論文が出ていますのでご紹介します
(2、3)。米国FDAが承認したワクチンにはアジュバントは含まれていません
が、日本が輸入予定のグラクソスミスクライン(GSK)とノバルティスの新型イ
ンフルエンザワクチンには、アジュバントが含まれているとのことですし、国産
ワクチンにもチメロサールが含まれていますから、この情報は、日本国民も知っ
ておく必要があるのではないでしょうか。

【アジュバントとは何か?】

パンデミックの際には、世界規模でワクチン供給が不足することや、インフル
エンザウイルスが変異(antigenic drift)しやすい性質があることから、WHO
(World Health Organization)は鳥インフルエンザのワクチン開発にあたって、
アジュバントを使うよう奨励(encouraged)しました。アジュバントは、長年、
多くのワクチンで使われ、効果を上げていますし、インフルエンザワクチンでは、
同じ免疫反応を得るために必要な抗原量を減らすことができ、より多くの変異し
たウイルスに対して、より長く効果を持続させることができます。アジュバント
は、抗原が免疫システムに提示される時間を延長することによって、免疫反応を
増強させます。

EMEAが承認したワクチンに含まれるアジュバントは、抗原量を2~8分の1
(7.5μg~1.875μg)まで減らすことに成功しました(季節性インフルエンザワ
クチンでは通常15μg)。これらは、スクワレンベースのoil-in-waterアジュバ
ントで、スクワレンは人間の体内のコレステロール代謝の自然の中間産物でもあ
り、人間の細胞膜成分でもあり、人間の血液中に検出されます。魚の肝臓の油や、
オリーブオイルなどの植物油にも含まれており、人間が摂取するとスクワレンの
60~80%が消化管から吸収されます。ワクチン製造に使われるスクワレンは、鮫
の肝臓から生成したものです。ワクチンとして既に多くの使用経験があり、70以
上の臨床試験において安全性の問題はありませんでした。MF59というアジュバン
トは、ノバルティスのFocetriaという新型インフルエンザワクチンに含まれてい
ますが、MF59を含む季節性インフルエンザワクチンは、1997年から、4千万回分
が使用されています。AS03というアジュバントは、GSKのPandemrixという新型イ
ンフルエンザワクチンに含まれていますが、AS03はスクワレンとDL-α-トコフェ
ロール(ビタミンE)という2種類の油を含んでおり、これらが免疫反応を増強し
ます。DL-α-トコフェロールは、人間が1日に20~30mg必要とする栄養分です。
スクワレンベースのMF59とAS03は、アジュバントを含まないワクチンよりも、接
種後3日間の副反応は多いですが、重篤な副反応は報告されていません。

EMEAが承認したもうひとつの新型インフルエンザワクチン(Celvapan、バクス
ター)には、アジュバントは含まれていません。

【チメロサールとは何か?】

Focetria(ノバルティス)とPandemrix(GSK)には、チメロサールというエチ
ル水銀が、成人の1回接種量にそれぞれ50μg、5μg含まれています。多くのワク
チンで、無菌状態を保つための保存料として長年使われてきました。水銀は、環
境に、特に魚やシーフードなどの食品に、多くはメチル水銀の形で含まれます。
食品添加物に関するFAO(Food and Agriculture Organization)とWHOの合同委
員会は、1週間に接取しても問題のない暫定基準値(Provisional Tolerable
Weekly Intake)を体重1kg当たり1.6μg/kgとしており、1回接種または2回接種
のチメロサールの量は、ほとんど意義がなく無害であるとされています。

【ワクチンの有効性・安全性は十分といえるのか?】

ヨーロッパも、米国も、日本も、臨床データがないまま、抗体価のデータだけ
で、2回接種ではなく、成人は原則1回接種にしようとしています。臨床データを
待つ時間的余裕はないので、見切り発車でいずれかの方針に決め打ちせざるを得
ないのですが、抗体価のデータからは臨床的な現象を予測できない、つまり、抗
体価が上がったからといって必ずしも新型インフルエンザから守られるとは限ら
ないことに、今後も十分な注意が必要です。日本が2回接種の方針から1回接種に
方針転換するにあたって、「新型インフルエンザに近いウイルスに、人々は暴露
されたことがあるから、1回接種で十分である。」という説明がありましたが、
抗体を持っていようといまいと、これが臨床的にどんな意義をもつのかわかりま
せん。このような研究段階の話よりも、臨床的には、現に夏にも流行したり、高
齢者よりも若年者の死亡が多いなど、季節性インフルエンザとは明らかに異なる
現象が起きていることのほうを重く見なければなりません。

【ワクチンの市販後調査と情報公開が必要】

ですから、有効性・安全性について市販後調査を行い、接種後の長期データを
収集・公表することが、極めて重要なのです。ワクチン接種した人々の集団は、
本当に、臨床的に、ワクチン接種しなかった集団よりも、重症化や死亡が少ない
のか、長期データが待たれます。

安全性についても、稀に起こる副作用とワクチンとの因果関係については、市
販後調査をしっかり行わなければなりません。仮にどんなにたくさんの臨床試験
を市販前に行ったとしても、市販後のほうが使用する人数がずっと多く、確率の
低い副作用は、それほど大規模な人数が使って初めて現れてくるからです。市販
後調査においては、ギラン・バレー症候群に特に注意を払います。ギラン・バレー
症候群は、キャンピロバクター、インフルエンザ、EBウイルスなどの感染症に関
連するとされる一方、米国で1976-77年に豚由来のインフルエンザに対して使わ
れたワクチン接種後に観察されています(4)。ワクチン接種後6週間以内のギ
ラン・バレー症候群のリスクは、おおむね100万人に9人ですが、その因果関係は、
欧米で数多くの研究が発表された今も不明です。今日までの多くのヨーロッパの
エビデンスは、季節性インフルエンザワクチンとギラン・バレー症候群の関連性
はなく、むしろインフルエンザ感染そのものとの関連性を示しています(5)。

欧米で、このような解析・研究が進むのは、様々な大規模データベースが公開
されているため、様々な研究者が、多様な研究結果を発表できるからです。一方、
日本からこういった研究は発表されず、日本国民における副作用の動向等はわか
りません。多くの大規模データベースが公開されていないため、研究することが
できないのです。従って、この分野の研究者は、日本にはほとんど存在しません。
この状況は、臨床医学に限らず、公衆衛生学、薬剤疫学、医療経済学など、マク
ロデータを必要とする分野に共通した問題です。

加えて、ヨーロッパでは、GSK、ノバルティス、バクスターといったワクチン
メーカーが、ワクチンが使われている間、安全性・有効性について市販後調査を
行うことになっています(6)。このデータ収集には、小児、高齢者、妊婦、重
篤な基礎疾患のある者、免疫能が低下している者などにおける副作用情報も含ま
れます。日本の国内メーカー4社にも、このような市販後調査の実施が期待され
ます。

EMEAは、3社のワクチンを「例外的な状況」において承認したとしています。
つまり、これらのパンデミックワクチンに関する十分な情報を得ることは不可能
だったため、今後も毎年、EMEAが、新たに得られる情報をレビューして、情報公
開を更新していきます。日本のPMDA(医薬品医療機器総合機構)は、市販後のワ
クチンをどのようにフォローしていくのでしょうか。

【副作用に対する十分な補償と免責が必要】

ギラン・バレー症候群のような重篤な副作用は極めて稀ですから、経験する人
の数は少ないでしょう。しかし、人数が少ないからと言って、社会が見捨ててよ
いのでしょうか。日本はこのまま薬害訴訟を繰り返すのでしょうか。

少数ながら必ず発生してしまう副作用を受けた人々を、国民全体として受け止
め、十分な補償やサポートを行う、そして十分な補償金を受け取ったら訴訟しな
いという約束は、社会全体のバランスや国民のベネフィットも考えて、日本国民
のコンセンサスを得られるでしょうか。国民一人ひとりが考え、議論する必要が
あります。

(無過失補償・免責制度については、「先進国並みの医薬品・ワクチンを使いた
いですか?」をご覧ください。http://medg.jp/mt/2009/09/-vol-231.html )

【参考文献】
(1)篠田 将 「危険」らしい輸入ワクチン;医療ガバナンス学会 2009年9月26日

http://medg.jp/mt/2009/09/-vol-264.html

(2)Johansen K, Nicoll A, Ciancio BC, et al. European Centre for Disease Prevention and Control. Pandemic influenza A(H1N1) 2009 vaccines in the European Union. Euro Surveill. 2009 Oct 15;14(41):19361.

http://www.eurosurveillance.org/images/dynamic/EE/V14N41/art19361.pdf

(3)European Medicines Agency. Explanatory note on scientific considerations regarding the licensing of pandemic A(H1N1)v vaccines. London, 24 September 2009
Doc.Ref.: EMEA/608259/2009 rev.

http://www.emea.europa.eu/pdfs/human/pandemicinfluenza/60825909en.pdf

(4)Schonberger LB, Bregman DJ, Sullivan-Bolyai JZ, et al. Guillain-Barre syndrome following vaccination in the National Influenza Immunization Program, United States, 1976–1977. Am J Epidemiol. 1979 Aug;110(2):105-23.

(5)Stowe J, Andrews N, Wise L, et al. Investigation of the temporal association of Guillain-Barre syndrome with influenza vaccine and influenzalike illness using the United Kingdom General Practice Research Database.
Am J Epidemiol. 2009 Feb 1;169(3):382-8. Epub 2008 Nov 24.

(6)
Celvapan(バクスター)

http://www.emea.europa.eu/influenza/vaccines/celvapan/celvapan.html

Pandemrix(GSK)

http://www.emea.europa.eu/influenza/vaccines/pandemrix/pandemrix.html

Focetria(ノバルティス)

http://www.emea.europa.eu/influenza/vaccines/focetria/focetria.html

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