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臨時 vol 355 「行政刷新会議の「事業仕分け」への期待と不安」

医療ガバナンス学会 (2009年11月20日 15:57)


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村上正泰(評論家/元財務官僚)


連日行われている行政刷新会議ワーキンググループの「事業仕分け」を見てい
て、その成果にいささかの期待を抱きはするものの、それを遥かに上回る不安を
感じる。もちろんそれらの不安が杞憂に終われば構わないし、そのようになるこ
とを望むものではあるけれども、少なくとも現時点では不安を解消できる状況に
はない。

それぞれの事業が必要であるかどうかは、これまでも財務省主計局が予算編成
時に査定していたし、執行後の決算は会計検査院による検査が行われてきた。最
近は財務省主計局も執行調査を実施し、それを予算査定に反映させている。こう
したプロセスでさまざまな事業が「不必要」だと指摘され、削減されてもいる。
改めて指摘するまでもなく、それらの取り組みがこれまで十分でなかったという
問題はあるが、だからと言って屋上屋を架す仕組みを作ればいいというものでは
ない。責任の所在が不明確になるだけである。

そもそも何が「無駄」なのかというのは、実はきわめて難しい問題だ。もちろ
んどう見ても役所の浪費としか思えない予算もあるし、そうした浪費やさまざま
な事業が抱えている問題点をあぶり出しているという意味で、行政刷新会議の働
きは高く評価することができるだろう。しかしながら、その規模は全体の予算か
ら見ると限られているだろうし、それ以外の予算においては、そもそも何を「無
駄」と思うかは、それぞれの人たちの主観による。

民主党のやろうとしている子ども手当や高速道路無料化も、ある人から見れば
必要な施策だとしても、それを「バラマキ」だと批判する人たちもいる。結局、
それぞれの人が考える政策の優先順位づけや価値観によって、大きく左右される
のだ。「無駄」かどうかを判断する客観的な基準など、この世の中に存在するわ
けではない。さまざまなデータなどにもとづきながら、最終的には政治判断とい
う要素が介在してくる。

「事業仕分け」にしても、すべての事業を対象にするわけではなく、いくつか
の事業をピックアップして、それらを仕分けの評価の対象にするわけだが、事業
をピックアップする過程でも、さまざまな政治的思惑が介入しないとも限らない。
また、財務省主計局の予算査定は密室で行われているが、それを行政刷新会議で
行うことで、国民の目に見える形で事業の必要性を評価するというのかもしれな
いが、国民といってもさまざまな立場によって意見は異なるので、むしろその過
程で激しい賛否両論が沸き起こり、ますます合意形成が難しくなりかねない。公
開・透明化すればうまくいくというものでもない。

予算の見直しによって3兆円を削減すると言って頑張っているけれども、何を
根拠に3兆円と言っているのかさえ分からない。数値目標はある程度は必要だが、
そればかりが優先すると、とにかく3兆円を積み増すことが課題となり、本当に
見直すべきかどうかという議論は脇に置かれてしまう。もしかすると、見直し対
象に含まれずに生き残った事業の中にこそ、本来的には見直し対象とすべきよう
なものがあるかもしれない。自公政権時代の三位一体改革の時などもそうだった
が、理念なきままに数値目標の下に政策を組み立てていっても、数値目標ありき
のパフォーマンスに流れ、方向性がどんどん歪んでいくだけだろう。

しかもそれぞれの事業の必要性について、1事業当たり1時間というきわめて
短時間で評価するというのでは、所詮荒っぽい議論にならざるを得ない。さらに、
仕分け人として参加している人たちには、その事業について十分な知識を持って
いるとは到底思われないような人たちも含まれている。先にも述べた通り、最終
的に「無駄」かどうかの判断には政治判断が介在してくるとは言え、これでは、
事業仕分けが素人の一方的な感情論に流されてしまう。その象徴が診療報酬をめ
ぐる事業仕分けの議論である。財務省の示した資料をもとにして、「開業医は儲
け過ぎ」という議論になったが、開業医の収支差には将来の設備投資のための積
み立てや退職金の引当相当額も含まれており、そもそも勤務医とは単純に比較で
きないはずである。にもかかわず、短時間のうちに問答無用の議論に流れてしまっ
ているのである。

そもそも行政刷新会議の責任の範囲も不明確であり、結局のところ最終的には
財務省主計局による予算査定に委ねられることになる模様である。つまり事業仕
分けとは、財務省主計局が各省に対する「錦の御旗」を得るための見世物という
ことだけのようだ。そうなると、これだけ大騒ぎしてやっている事業仕分けとは
一体何なのかということになるだろうし、せいぜい財務省主計局のための「学芸
会」に堕してしまう。その場合には、それこそ「無駄」な事業だと言えるのでは
ないだろうか。他方、もしこの事業仕分けの結論が大きな意味を持つものになる
のであれば、責任の所在が曖昧なままの「人民裁判」のようなものになってしま
いかねない。

私は、何度か「構想日本」が実施されている事業仕分けを見たことがあるし、
野党時代の民主党の事業仕分けを手伝ったこともあり、決して事業仕分けを一概
に否定するものではない。有効に活用できる道はあるはずだ。だが、現状はあま
りに準備が不十分なままに突貫工事で進めているように見える。これではパフォー
マンス優先の小泉政治の再来のようになりかねないのではないだろうか。

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