医療ガバナンス学会 (2009年11月21日 06:58)
第2日(10月22日)は、黄熱病ワクチンの運用から 始まりました。現在でも南
米、アフリカの一部で問題になる蚊を媒介する感染症です。日本にも黄熱病ワク
チンはありますが、副作用の懸念から検疫所と検疫衛生協会でのみ接種ができま
す。アメリカでも予防接種のでき るクリニックは登録が必要ですが、とくに検
疫所には限定していません。 これだけ海外旅行をする人たちが増えたのに、時
代錯誤なルールが長い間 続いているのです。ACIPのように定期的に現行のワク
チンの運用方 法を見直すシステムがないので、一度ルールが決まってしまうと、
「不祥事」でも起きない限り、ずっとそのルールは見直されることがないのです。
黄熱病についての基本的なプレゼン。1970年から欧米では9 人の黄熱病患者が
でており、そのうち8人が死亡。すべて予防接種 がなされていませんでした。そ
の一方、ワクチンの重篤な副作用もよく知 られており、黄熱ワクチン関連の多
臓器傷害は特に問題です。今回の改訂は妊婦、授乳時、HIV感染のあるとき、
胸腺疾患のあるときなどの推奨度についてとくに行われました。日本では、副作
用の発生があるとリス ク・利益のバランスを十分に吟味せずに「禁忌」となる
ことが多いですが、「禁忌」、contraindicationはアメリカでは少ないです。
例えば、授乳による新生児のワクチンによる脳炎の報告が2例され ていますが、
これをもっても「禁忌」とはならず、あくまでも授乳 やワクチンのリスクと利
益を勘案する「注意」precautionと なっています。
次はロタウイルスワクチンでした。小児の重症腸炎の原因になるロタウ イル
スですが、アメリカでは2種類のワクチンが存在します。ロタ ウイルスワクチン
は1999年に1回承認されていますが、腸重 積の副作用が問題となり、一度承認を
取り消されています。これを受けて 2006年から新しいロタウイルスワクチンが
新たに承認され、2008年に別のワクチンが承認されています。この安全性に関わ
るデータのプレゼ ンがありました。いちどぽしゃっているワクチンで、副作用
についてはか なり詳細なデータの分析がありました。アメリカではワクチン導
入以来、ロタウイルス感染症は減少し、流行のピークの遅れと流行期間の減少に
寄与しています。
ちなみに今年になって、WHOはロタウイルスを世界の全ての国で用い るよ
う推奨しています。しかし、日本にはこのワクチンはまだ承認されて いません。
http://www.rotavirusvaccine.org/files/WHO_GAVI_PATH_Press-Release-on-SAGE_FINAL_4June09_000.pdf
次は、小児用の13価の肺炎球菌ワクチンです。我が国のニューモ バックスは
23価の成人用ですが、小児用の7価のワクチンが アメリカでは用いられています。
現在、13価のワクチンが承認間近なので議論に上りました。アメリカでは7価か
ら13価への移行を計画しているのです。特にH1N1インフルエンザの問題が大
きくなっているときに、肺炎球菌が死亡例でしばしば見つかっています。日本
でもこのような議論が必要です。
http://www.cdc.gov/mmwr/preview/mmwrhtml/mm58e0929a1.htm
日本ではプレベナーの7価が承認されたばかりです。これを 13価に移行させる
ことをどのようにするかは、計画を立てておかねばなりませんね。
http://health.nikkei.co.jp/release/drug/index.cfm?i=2009101902090j5
次はインフルエンザです。まずはアメリカの疫学のプレゼン。
オーストラリアでは今はH1N1を定期で予防接種をしていないとのこと。タ
ミフル耐性遺伝子はプレナビルには感受性あるとのこと。妊婦はリ スクグルー
プなのでぜひ予防接種を打つように。小児では二次細菌感染は 黄色ブドウ球菌
(MRSAが主)多いこと。成人では肺炎球菌だが、これ は小児の肺炎球菌の
ワクチンのおかげだと思われるとのこと。このような ことが議論されました。
1価のH1N1インフルエンザワクチンの安全性についてのプレゼン テーショ
ンもありました。ワクチン安全性のモニターシステムは全てのワ クチンに適応
可能なものを援用しているので、H1N1に特化したもので はないそうです。
vaccine adverse event reporting system (VAERS)はCDCとF DAの共同
によるプログラムで、自発的な報告に依存しています。重篤な症状については詳
細を調べます。これは毎日行っています。問題としては、自発的な報告であるこ
と、分母が分からないこと、因果関係を証明す るのには有効でないことが挙げ
られています。
これとは別にマネジドケア機構と共同している報告システムもありま す。ま
た、defense medical surveillance system DMSSモニタープ ランというのもあ
るそうで、これは軍隊を対象としたモニターシステムだ そうです。他にもいく
つかのモニターシステムがあり、アメリカの予防接 種の安全性はたくさんのモ
ニターシステムを併用することで運用されているようです。
1976年のインフルエンザワクチン接種では多くのギラン・バレー症 候群
(GBS)の報告があり、問題となりました。従って、今回のH1N1インフルエン
ザワクチン接種後のGBSの発見には神経学会などが協力し てモニターしてい
るとのことでした。
次にH1N1ワクチンの運用について。アメリカでは当初の予定より もワクチン
配給の遅れが生じています。11月までに4000万人分、ゆ くゆくは2億人
以上のワクチンを確保する予定で、日本と異なり、国内全 員に提供することが
前提となっています。ただし、10月にはどのくらい のワクチンができるの?
という質問には明快な答えがメーカーからなかっ たです。また、一つのメーカー
は技術的な問題が生じて製造が遅れている、という報告もありましたが、どのメー
カーかは教えられないとのこと で、アメリカといえどもメーカーの情報開示は
完全ではないようでした。
興味深かったのは、ACIPにおけるプライオリティーグループの決定への意見。
彼らは、優先順位決定をあまり厳密にすると、逆に現場の接種がうまくできなく
なるのでACIPはあまり厳しくプライオリティーを「制限」しない、と言っていま
した。ワクチンの遅れがなければ そもそもプライオリティーリストは必要なかっ
たはずだ、というのがACIPの見解。ACIPはできるだけたくさんの人がとにか
く予防接種を受けることが大事であると過去にACIPはプライオリティーをつけす
ぎて現場の運用が難しくなったことがあったのだそうです。
私(岩田)も同じ意見です。要するに国民全てに予防接種を提供する、 と宣
言してしまえばプライオリティーリストは消滅する。5千何百万人に 提供する、
なんて言うからあれやこれやもめるのです。ノアの方舟のよう に乗せる人と乗
せない人を分断してしまうとルサンチマン(怨嗟)が生じ ます。厚労省のプラ
ンみたいに、ナースは接種するけど事務員はしない、という分断は倫理的にも許
容しにくいです。ノアの方舟ではなく、東京駅 のタクシーです。
なるほど、東京駅では、みんないっぺんにタクシーに乗ることはできないです
から、順番を作ります。先に乗れる人、少し遅れる人もあるでしょう。足の不自
由な高齢者などは列を作っても先に譲ってもらえるかもしれません。でも、列の
後ろにいる人も、いずれは、いつかは絶対にタクシーに乗れるのです。待つのは
大変かもしれませんが、でも「いつかは絶対に 打てる」。このような強力なメッ
セージを必要としているのです。ACIP メンバーは明快に、「プライオリティー」
は作りたくない、と明言したのでした。CDCのガイドラインもよく読むとその
ように書いてあります。いつかの専門家委員会の時、厚労省の資料はCDCのデー
タを曲解してCDCが「接種対象を定めている」かのように書いていましたが、
それは間違いなのです。
アメリカの新型ワクチンは今でも鶏卵を使っていますが、これは将来技術的な
改善が必要だろう、という意見も出ていました。細胞培養にするといいのでは、
という意見と、「新しいテクノロジーを導入する」コ ストもあるのでそれが全
てを解決するわけではない、というサノフィ代表 のコメントもありました。
安全性については、このワクチンが普通のワクチンよりも危険だと信じる理由
がない、という根拠のみが挙げられていました。ここは今回の議論の弱点だな、
と思いました。
アメリカは7月、8月に臨床試験のために100万ドル以上を支出し、 フェー
ズ3を現在行っていところだそうです。ワクチンは無料ですが、私的医療保険も
巻き込み、医療従事者には適切な報酬がでるように計画して いる。このほかに、
学校における集団接種なども計画しています。現在、 アメリカでは毎日100
0万本のワクチンが提供されています。また、各 州からワクチンの分配につい
てうまくいっているかフィードバックを毎週 受けています。
たとえば、テキサス州では2,3歳の子どもを最優先と「提案」していますが、
実際には接種の方法は各自で決めています。これが、あるべき姿でしょう。ベー
カー医師も明確に「CDCは州に提案はできるが、 最終的な決定は地域でやる
べきだ」と明言しています。
http://www.cdc.gov/h1n1flu/vaccination/vaccinesupply.htm
ワクチン分配の方法はまちまちで、州で決めているのが28,各地域で 決め
るのが14,その混在が3つでした。アメリカでは地方分権が進んで いるので、
自分たちのやることは自分たちで決めます。決して「連邦政府は丸投げにしてい
る」なんて文句は言いません。予防接種接種場所 もお店や学校など、いろいろ
なところで州が工夫してルールを作っていま す。もちろん、接種のための基礎
疾患を持ってますよ、なんて証明書なん て要りません。なにしろ、最終的には
「全員」に接種するのですか ら。
ハーバードの研究では、一般の方のワクチンに対する態度に対するアンケート
がなされ、アンケート回答者の53%のみがワクチンを打つ、とい う回答でし
た。アメリカでは、国が推奨しても「自分のことは自分で決める」という文化な
ので(良くも悪くも)、普及は中々進みません。 接種しない理由は副作用への
心配と、新型インフルそのものはかかっても よい、という考えによるようです。
また、「not trusting public health officials」(お上は信用できない)が3
1%もありました。
また、季節性インフルエンザワクチンが安全だと思っている人は57% もい
るのに、新型については30%台でした
1回打ちか2回打ちの議論は、生ワクチンと不活化ワクチンのデータを 待っ
ているとのことでした。
アメリカのワクチンはH1N1はアジュバントなしです。中国のワクチ ンの
データのNEJMの論文も報告されていました。
http://www.cdc.gov/h1n1flu/vaccination/vaccine_keyfacts.htm
http://content.nejm.org/cgi/content-nw/full/NEJMoa0908535v1/T1