医療ガバナンス学会 (2009年11月26日 08:21)
ところが、医療従事者の次に接種が始まった妊婦や基礎疾患を有する者などは、自分
自身の重症化阻止を目的として接種するので、最終的には個人で接種するかしないかを
判断することになる。一般人でも同様である。その判断基準は何だろうか?筆者は、ワ
クチン接種によりどれほど感染する確率を低下させられるか(発症予防効果)、罹患し
た場合にどのくらいの確率で重症化・死亡するか、ワクチン接種に要する費用、などが
その基準になると考える。
季節性インフルエンザではこれまでに、発症予防効果や重症化・死亡阻止効果に関す
る詳細な調査研究が行なわれており、大まかに言えば発症予防効果は30~50%、死亡
阻止効果は高齢者で80%以上(それ以外の年齢層では不詳)となっている。一方、新
型インフルエンザについては今回初めて流行した疾患であるため、当然のことながら発
症予防効果や重症化阻止効果は明らかでない。
すでにMRICにおいて数名の識者の方々が、ワクチンの有効性を接種後抗体価のみで
論じることの問題点を指摘しておられる。至極当然の指摘である。つまり、新型インフ
ルエンザワクチンを接種するかしないかを判断する材料が乏しいと言える。このことは、
世界の様々な国における人々の動きとなって現れる。すなわち、先を争い長蛇の列をな
してワクチン接種が行われている国もあれば、十分にワクチンを用意したのにもかかわ
らず大量の剰余が出そうな国もある。日本は、医療機関や行政に接種場所や時期に関す
る問い合わせが多数寄せられているところをみれば、前者に近い状況かもしれない。
この時期、国が国民に対して行うべき最も重要な情報伝達は、ワクチン接種の判断材
料が乏しいこと、わかっているのはせいぜいこの範囲であるといった情報ではないだろ
うか。しかしそれらが伝えられることもなく、ワクチン接種回数が1回か2回かという
些末な議論に国や多くの専門家のエネルギーが注がれている気がしてならない。
11月11日に厚労省で行なわれたワクチン接種回数に関する意見交換会では、まさに
そのような中で行なわれた。2週間前に行われた深夜の会議(MRIC 臨時No.331の拙
稿をご参照頂きたい)のときと異なり、様々なデータが議論可能な状況にあった。日本
における医療従事者を対象としたワクチン接種の臨床試験だけでなく、中国の臨床試験
(MRIC 臨時No.350で成松先生が詳細を述べておられる)、アメリカNIAID(NIHの傘下
の一組織)による妊婦対象の臨床試験、欧州医薬品認可局(EMEA)やWHOの判断など、
検討すべき内容は多数あったはずだ。
さらに、日本では妊婦や中高生を対象とした臨床試験が進行中であり、来月には接種
後抗体価上昇に関するデータが出る予定であった。抗体価でものごとを判断するのはあ
まり適切ではないかもしれないが、新型インフルエンザワクチンに対して現実に利用可
能な唯一の臨床データである。そして、若年層の抗体価上昇は、健常成人に比べて悪い
ので、各国とも小児のどこかの年齢(10歳、13歳など)に線引きをして1回接種、2
回接種を区分している。
ところが、11日の意見交換会は、国が実施する臨床試験を無視するかのように、1回
接種で十分だという声が相次いだ。意見交換会は終始座長の尾身氏のペースで進み、せ
かされるように様々な集団での1回接種が決まっていった。筆者は別の会議があったた
め途中から参加したが、到着したころにはすっかりそのような流れになっていて驚いた。
中高生については私が「臨床試験の結果が12月中旬に出るのでそれまで判断を保留す
べきである」と意見を延べ、本会から厚労省への提言としてかろうじて1回接種と両論
併記の形になったが、妊婦については臨床試験の結果をみて判断するという10月20日
の足立政務官の判断が無視された形になった。
皆、いったい何をそんなに急いでいるのだろうか?昨今の事業仕分けや関連法案の国
会における採決が、この意見交換会の状況と重なってみえる。急いで物事を決める場合、
機敏であればよいが、拙速であれば取り返しがつかないことになる。優先順位について
は、8月から9月にかけて何度も意見交換会を開催していたのだ。だからこそ国民は、
優先順位の最終決定に対して納得しているのではないのか。