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Vol.085 元山本病院勤務医、勾留中変死に関する感想

医療ガバナンス学会 (2017年4月21日 06:00)


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PO法人医療制度研究会 中澤堅次

2017年4月21日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

個人の自由意思による行動が制限される状態では、人権侵害は通常より大きなリスクになる。病気の人は病気による制限下にあり、病人に対する権利の侵害は、それだけ人道レベルの障害が起きやすい。取り調べなどを受ける勾留者の病気も、行動が制限される環境の中で生じる病気であり、いかなる罪の容疑者でも、必要があれば医療の救済を受ける権利があることは言うまでもない。行動制限下にある人を診察する医療者も、勾留に関わる公務員も、この権利を意識して行動しなければならない。また自白を促す目的で公務員が勾留者の身体に危害を加える行為は拷問であり、憲法36条は公務員がこれを行うことを固く禁じている。

山本病院事件は、医療側に業務上過失致死傷罪が問われた事件として有名だが、容疑者の医師が勾留中に死亡している。死因は心筋梗塞とされているが、容疑者の下肢には、外力が加わり起きたと考えられる筋肉および皮膚の挫滅があり、血液検査には、横紋筋の溶解を示す筋肉関連の酵素が極端に高い値を示し、腎障害も認められている。これだけのダメージがあれば心筋梗塞がなくても死亡する可能性があると思っていたが、過日行われた医療法務研究協会設立記念講演会において、詳しい経緯を聞くことが出来たので感想を述べたい。本稿は死亡した人を第一人称として書くが、これは医の倫理の基準となる病人権利を意識したものであり、日常診療でも人権が絡む複雑な問題を正しく把握する上で必要なことだと考えている。

死亡したのは、山本病院に赴任後4か月の外科医で、肝血管腫(肝の良性腫瘍)の患者の術後死亡の責任を問われ逮捕勾留中だった。死亡の数日前に家族が面会した時、医師は衰弱し切って名前も満足に書けない状態だった。その後彼は食事がとれなくなり、某病院に搬送され診察を受けた。受診時、右下腿前面を中心に、皮下出血と皮膚及び筋肉の壊死を伴う広範囲の打撲創が認められた。血液検査では、筋肉関連の酵素CPKが14,280単位と極端に増加し、筋肉の挫滅による大量の酵素の逸脱が考えられ、腎臓障害も起きている(クレアチニン3.06㎎)。外来では2000mlの点滴が施行され、本人拒否の状況下で胃管の挿入も行われた。治療終了後、彼は入院せずに再び拘置状態に戻され、翌日死亡している。

詳しい内容を知る立場にないが、患者中心に考えて、感じたことを議論の参考に述べてみたい。患者は、打撲創による大量の筋肉壊死と腎障害があり食事がとれない。脱水と考えた場合、取るべき選択肢は補液であり、実際2000mlの点滴が短時間に行われた。しかし外傷による筋肉壊死は重症で、しかも勾留下で起きており、さらなる病状の悪化を防ぐためには、元の環境から患者を保護する目的で、入院治療が適切だったと思う。また、胃管挿入は、本人拒否の状態で行われ、インフォームドコンセントはされていない。緊急事態で本人に意識や判断力がない状態以外は、本人の意志は尊重されるべきである。胃管をつけたまま拘置状態に戻し、専門資格者のいない環境で胃管を使う場合、医学的に正しく行われたとしても、なにかあれば真っ先にあらぬ疑いがかけられる。拘置状態にあっては、どんな種類の液体でも、本人の意志と無関係に、胃管を通して注入することが出来るからである。

次に右下肢の外傷はなにによるものかを考えてみる。右の脛骨前面の壊死が強いことから、前方から外力が加えられたことは想像がつく。そして挫滅の領域には中心があるように見えるので、棒状の物体が脛骨と直角に交差する形でぶつかるか、先が丸い物体が反復して前方から直角にぶつかるような形で作用したと感じる。外力の中心が一点に集中しているように見られるので、一か所に数回、集中して力が加わったと考えられる。また、外力を受けたときの脚の位置は水平に寝た状態か、椅子に正しく腰かけた形が考えやすい。そして脛骨の前面は弁慶の泣き所というくらいよく知られた痛点である。自らの意志でこの部分を選択的に床や柱に打ちつけるとは考えにくい。椅子に座らされて机の下から足先を使って外力を加えられたと考えるのは考えすぎかもしれないが、取り調べの詳しい状況がわかればこの説は簡単に否定出来る。録音の開示だけでは証明出来なくても、ほかの方法も加えて潔白を証明してほしいと思う。

今回奈良県警を告発した、岩手医科大学法医学講座、出羽厚二教授は、以前相撲部屋力士の虐待死を告発しており、今回も勇気ある告発に踏み切った。しかし前回は民間人が起こした事件であり、国民の付託を受けた警察が取り調べるのは当然だが、今回の告発は警察の関与を疑い、容疑を警察に向けている。警察公務員には取り調べの権限が与えられており、勾留者個人の権利という視点に立てば、警察による調査だけでは不透明さが残る。

このようなケースを想定しているのだろうか、憲法第36条は、「公務員による拷問及び残虐な刑罰は絶対にこれを禁ずる」と書かれ、第99条では、天皇及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員に、憲法の遵守義務を課している。警察公務員は国民の付託を受け、法をもって犯罪者を取り締まる権限があり、国民は法に従う義務があるので、国民が公務員を規制することは出来ない。公的権限の濫用から国民を守るのが憲法本来の役割とされ、憲法遵守義務は公務員に課せられ、国民には課せられていない。憲法に基づく司法の公正な調査と判断が期待される。

話はそれるが、自由民主党憲法改正草案では、第36条の“拷問は絶対にこれを禁止する”という文言を、単に“拷問を禁じる”と表現を弱めている。そのうえ、公務員に課せられた第99条の憲法擁護義務を国民レベルにまでおろし、国民にも憲法擁護義務を新たに付け加えた。国民の権利擁護という憲法本来の役割を弱め、憲法そのものを公的権限拡大の手段として用いる意図があるように見える。

今回の事件は、原因はともあれ、病気やけがを負った人の人権を重視し、それぞれの事態に対応する必要があった。警察は勾留者の健康異変に対応し、必要あれば医療機関の救済に委ねるべきだったし、医療機関も個人の容疑とは無関係に、一人の病人として救済処置を講じるべきだった。罪人といえども一人の個人として、診療の機会が与えられることが憲法の理念、これを意識し行動することで、それぞれがなすべき方向性が見えるようになる。拷問の禁止を緩和し、公権力の増大を図っても、問題がこじれるだけである。

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