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Vol.097 学ぶ楽しさを伝える教員を目指して -通信制大学・大学院を経験した振り返り-

医療ガバナンス学会 (2017年5月8日 06:00)


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看護教員 角田はる美

2017年5月8日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

私は、キラキラ輝いている看護学生が好きです。看護師として働いていた当時、未来の看護師を目指して成長していく学生を見ては、「少しでもこの私にできることあれば」と助けたい気持ちでいっぱいだったことを思い出します。

看護師としてしばらく勤めたのちに、縁があって看護基礎教育の現場に足を踏み入れることになり、今年で10年になります。新人看護教員として着任した当時の私の授業と言えば、「先生の授業はテキストみればわかります」「先生はパワーポイントをみているけれど、私達の顔をみてますか?」このように看護学生から声をかけられるほどに「ヒドイもの」だったと思います。しかし、「教育学」を追求したいという私の原動力になったのが、こういった学生からの率直な意見だということものちに気づくことになります。看護師から看護教員に転身する方は少なからずいますが、必ずといっていいほどぶつかる壁は、「現場で看護をするのと看護を教えるのは違う」という看護実践と看護教育のギャップです。

看護基礎教育に携わって5、6年してから、もれなくその壁に遭遇した私は、看護教育の基礎を学ぼうと決意して、通信制大学(教育学部)で教育の本質について学びを深めることにしました。テキストや参考図書を読みながら「人間にとっての教育とは何か」「教育を受ける人間とは何か」といったことを考えることは、私にとってはまさに「目からウロコ」の経験でした。
通信制大学での学びは、私の「授業づくり」の姿勢に変化をもたらしてくれました。特に、看護短大に着任した当初の私には「学生観」(筆者注1)が欠けており、何を教えたいか不明確であり、授業評価をきちんとしていなかったことがわかったのです。大学での学びがきっかけで、授業の組み立てをより楽しんで考えるようになりました。そして看護教員として何より学ぶこと自体がとても楽しく感じられ、働きながら学べる通信教育は私にとって好都合なものでした。

次に考えたことは大学院進学でした。大学院でやってみたいことを思い浮かべながら、学問を追究する仲間も研究指導教員も距離が近くなる通学制の大学院に惹かれていました。しかし、どうしても仕事との両立が難しく、通学制大学院への進学は断念しました。

その後、通信制大学院を選んだのはある意味で私の妥協案でした。通信教育で学習しながら研究論文を書く、と聞くと皆さんはどんなものを想像するでしょうか。一人でパソコンに向かい、メールで論文をみてもらうのだろうな、というのが私のイメージでした(実際に大学でも自学自習がほとんどでした)。指導教官とは顔を合わすことはほとんどなかったと通信制大学院を経験したことのある友人からも聞いていたため、あまり期待はせずに、「(通信制大学院に進学することに決めたから)とにかく気持ちを切り替えて前に進むか~」と割り切って星槎大学大学院に入学したのが2015年の春でした。

ところがどっこい、入学してすぐに私の予想が違っていたことがわかったのです。「えっ、もう研究テーマの話がでるん??えっ、2年で修了するつもりで研究を進めてくださいってなに?き、厳しい(汗)」(※筆者注2)入学式当日の話を聞いて私は心の中で叫んでいました。「でも、一緒に学ぶ仲間はいるみたいやし、思ったよりも『なんちゃって』大学院生活が味わえるかもしれんわ」と、通信制大学院にまだ半信半疑な私でしたが「気持ちを切り替える」つもりでそう考えました。そして私の「半分看護教員・半分大学院生」の生活には、予想外の展開がたくさん待っていました。
同期の大学院生たち(皆さん現場で働く看護師か看護教員)と2人の指導教官とフェイスブックでグループをつくり情報交換をしたのがその始まりでした。修士論文に向けた研究指導では、全員で仲間の研究内容を聞いて意見交換しました。「あら?仲間づくり速攻できたやん。仲間と話し合う刺激が自分の成長になるわ~、嬉しいな~」ふと気づくと仲間との距離はグッと近いものになっていました。研究テーマにそって計画を立てて実行していくことに及び腰でしたが、自分の考えを仲間と共有することも、仲間の考えに自分なりにコメントをすることも、自分の研究を進める大きな張り合いになりました。

また指導教官は、研究に関わる内容や学びにプラスになる情報などを私たち大学院生に発信してくださり、学ぶ私たちのモチベーションの維持に努めてくださっていると感じました。「先生がこんなにしてくださる。頑張らなアカン」そう思って自分を鼓舞していました。そして何よりも、指導教官の教育的関わりには頭が下がる思いでした。研究の相談をすればすぐに返答してくださり、そこでかけられる言葉に「やる気でるわ~。先生めっちゃすごい。私も自分の学生に早く反応しないと~」と感じていました。不思議にも自己効力感が上がったようで、「わたしは褒めて伸びる子や」と褒めてもらいたがる看護学生の気持ちがわかるような感覚でした。また、私が教鞭を振るう様子を見に勤務校まで指導教官が足を運んでくださり、そのあとで研究テーマの絞り込みのアドバイスをしてくださったことも強く印象に残っています。「聴講してくれた後、すぐに作戦会議か〜。先生、神ってるわ~」これがその時の私の素直な感想でした。
大学院生全員が集まって研究の進め方や内容について指導を受けながら仲間と議論する機会を定期的に持つ重要性は、大学院での研究指導で強く感じました。何度も研究内容の指導を受ける中で、論理的思考の難しさや人に伝えるプレゼンテーション能力の重要性も実感しました。大学院全体での研究発表会では、普段あたりまえに使っている医療の専門用語が通じないことで本当にあせりました。そこでは、言葉の定義を振り返ること、聴衆を把握することの大切さがあらためてわかりました。また、研究結果を導き出したプロセスの根拠や、文献との関連性、研究の意義について発表後に質問を受け、準備をしていても緊張して答えにならなかったこともありました。これも、実は自分自身が研究内容をよくわかっていなかったと振り返り、次に聞かれた時は答えられるようにしようと考えるようになりました。
修士論文の執筆は「大変やった」の一言に尽きます。計画を立てていてもなかなか思うようには進まずに悩むことも何度もありました「絶対卒業」と目標を書いたポスターを自分の部屋に貼り、その文字を見つめながら、必死のパッチ(※筆者注3)でモチベーションを維持していったことを思い出します。机の上では、書籍や関連文献が山になり、「印刷→誤字→訂正→印刷」のサイクルを繰り返して論文原稿は散乱していました。それでも夫は何も言わずに見守ってくれて美味しい食事を作って応援してくれました(本当に夫には感謝しています)。お正月を返上しての修士論文との格闘は、指導教官の丁寧な添削指導もあり、何とか終わりを迎えました。
製本された自分の論文を手にしてあらためて振り返ると、通信制大学院への私のイメージはいい意味で覆され、星槎大学大学院を選択して本当によかったと思っています。「共生」という理念のもとにすべての先生方が関わってくださったと実感しています。「共生」の意味を考え、実践し、それを評価し変化させていくことを教えていただきました。自分の今までの価値観の意味を考え、自分に問いかけ考える柱となるものが「学問」であることもわかりました。研究をする意義は、既存の知識をもとに新しい知見を追究して未来につなげることにあると気づかせてくれたのは、教育分野の専門科目の先生方のスクーリングであり、あらためて学問への興味が湧いてきました。また、良質な本との出会いも、本を読むことのおもしろさも、大学院で学ばなければ実感することはなかったのではないかと今思っています。
大学院での学びを終えた今は、そこで吸収したことをこれから現場でどのように実践につなげ、さらに研究をどのように継続していくかを考えています。先の「半分看護教員、半分大学院生」の経験を通して、学ぶ楽しさが連鎖していくように周りに伝えることも大事だと感じています。私の授業に影響を受けて、後輩の看護教員が今年から星槎大学大学院に入学すると聞いて本当にうれしく思っています。これからは看護教員としてそして管理職として、看護学生に「学ぶ楽しさ」を伝えていくことを使命にしようと心に決めています。看護師になるという夢をもった学生が、社会で活躍できる「キラキラと輝く看護師」に育つように関わっていくことに邁進したいと思っています。大学院での研究テーマ「看護基礎教育について在り方」は、これからも私の研究テーマであり続けます。大学院でその「序章」が完成しました。これから学生や教員と一緒に発展させていきたいと思います。

※筆者注1
学生の特徴に応じた指導方法を工夫するために授業内容に合わせて関連付けて把握する学生の実態や傾向を指します。
※筆者注2
筆者は関西出身で、気持ちのつぶやきは関西弁丸出しになります。
※筆者注3
必死のパッチ:「必死」の最上級の表す言葉です。関西地方で用いられます。

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