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臨時 vol 382「混合診療控訴審判決における憲法判断の問題点(その1)」

医療ガバナンス学会 (2009年12月4日 06:00)


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転移がん患者・混合診療裁判原告
清郷 伸人

2009年12月4日 MRIC by 医療ガバナンス学会 http://medg.jp


1. 違憲性の判断
最高裁判所が、立法府の裁量を尊重して、法律の違憲判断に慎重であることは十分理解する。しかし私が本件で違憲判断を求めるその内容は、健保法の規定が私の健康保険受給権を否定しているとする国の法解釈は憲法に違反するという主張と、仮に健保法の規定がその法解釈しか採りえず、私の保険受給権を認める解釈が不可能ならば、健保法の規定そのものが違憲無効になるという主張である。そして、そういう国の解釈または健保法規定を認容した二審判決は不当だということである。

判決では、私が求めた憲法条文に対する違憲判断のいずれにも、法律が合理的な理由によって保険受給権の範囲を決定したのであり、その権利を奪ったり、侵害したものではなく、立法の裁量範囲であるという判断を示している。

立法の裁量範囲は、国の主張において、また判決においてきわめて広義に使われる概念である。しかし、本件の場合、これを安易にあてはめてはならない。保険受給権剥奪が合憲だという結論は、立法の裁量範囲の濫用といわざるを得ない。なぜなら、本件の論点となっている憲法13条、14条、25条、29条に謳われた基本的人権は、法律の範囲内で認められるものという性質のものではない。法律で改変したり、消滅できる類のものではない。逆に、法律が憲法の制約を受けるのである。まして本件の場合、明文規定もない法律である。

憲法の基本的人権は、生まれた瞬間に人間として備わった権利である。公共の福祉に反しない限り保障される。私ががん治療の手段に行き詰まって選んだ保険外治療を受けただけで健康保険を奪われ、保険診療という公的医療の受療を阻まれ、がん死を防ぐために効果を挙げていた保険外治療を断念させられるということは、幸福追求権、生存権、平等権、財産権という基本的人権の侵害である。

その基本的人権は、法律が付与した権利だから、その制限や剥奪も裁量範囲だという国の論理は、完全に倒錯している。法律が付与した権利だから、権利の範囲を限定しても、憲法で保障された基本的人権の制限や剥奪には当たらないという高裁判決も同じである。この理屈では、憲法で謳われたすべての権利は、改廃を繰り返す法律で恣意的に制限、剥奪できることになる。

国が混合診療禁止を合憲と主張する根拠とした堀木訴訟最高裁判決では、「憲法25条の規定の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は、立法府の広い裁量にゆだねられており、それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるを得ないような場合を除き、裁判所が審査判断するのに適しない事柄である。」と述べられ、立法府の広い裁量を認めつつも裁量の合理性に審査基準を合わせ、一定の歯止めをかけている。すなわち基本的に立法裁量を広く認めつつも、あまりに広く認めてしまえば、国民の平等権や生存権を制限・差別する内容の立法がまったく合理的理由のない不当なケースはあり得なくなってしまうことを危惧しているともいえる。

そして本件の場合は、窮地に陥ったがん患者である私の保険受給権を奪うことで、私の平等権と財産権を侵した上で、生存権というより生存そのものを毀損するケースといえる。このようなケースでは、立法事実を厳しく検証し、厳格な合理性の基準を当てはめて合憲性を考慮すべきである。

本件の二審判決は、健保法の目的、趣旨から考慮して、財源の制約や医療の質の確保という理由のために保険外併用療養費の規定で保険や医療の範囲を制限することは、憲法に違反しないとしている。しかし法規定の目的や理由が正しく見えても、その手段、法規定の解釈は厳しく問われなければならない。違憲とされた「らい予防法」も「国籍法」も目的や立法理由ではなく、政策手段を裏付ける法解釈が違憲だったのである。

転移したがんの治療法に行き詰まり、主治医から提案されたわずか二つの治療のうち一つが保険外治療だったために私からすべての保険受給権を奪って、大切な保険診療という公的医療も受けられなくするほどの強度の懲罰を伴うこの混合診療禁止原則の法規定は、どれほどの立法事実から起草され、立法化されたのか。国民の保険受給権を禁じ、医療行為をこれほど縛る法規定には、よほど深刻で広範な被害が蔓延し、普通の法律では防げないというような確固たる事実による立法への強い要請という合理性が求められる。一審、二審を通して、国から提出されたのは、控訴理由書に添付された証拠のうち、国会での特定療養費制度創設の目的に関する審議記録とアトピー性皮膚炎の民間療養による被害新聞記事くらいで、とても立法事実の証明にはならないものである。

保険外併用療養費制度の反対解釈により混合診療を禁止する政策は、原則ですべての混合診療を禁じておいて例外的に認めるものを列挙する手法をとっている。しかもこの禁止には違反に対する強度の懲罰が必然的に伴っている。当然これに見合うだけの合理的な立法事実がなく、患者の生存を脅かし、幸福追求を破綻させるような法規定や法解釈は、憲法の掲げた基本的人権を侵害しているといわざるを得ない。
以下、新しい論点も含めて、論点ごとに主張する。

2. 憲法13条違反について
憲法13条に述べられた個人の生命、自由、幸福追求の権利は、混合診療における被保険者の保険受給権につながるものである。しかも混合診療における保険受給権の請求は、公共の福祉に反するものでは決してない。私は、手術後、骨に転移した腎臓がんの治療で、主治医から手術も抗がん剤も使えず、放射線治療後はインターフェロンという保険治療とLAK(活性化自己リンパ球移入療法)という保険外治療の二つの免疫治療しかないといわれ、その併用治療を選んだ。いずれの治療も安全性の高い科学的治療である。これらの治療を受けることが公共の福祉に反するとは考えられない。医療として禁じられているものを選んだわけではないのである。

ところが、混合診療によって保険受給権を奪う政策は、患者である私に残されたわずかな治療の道を断つものとなる。それは主治医と協議して選び、決定した治療の選択権、自己決定権を奪われるということである。なぜなら、その政策により、私は混合診療を続けるなら、保険の給付は一切受けられず、すべての医療費は全額自己負担となるからである。保険診療の7割に相当する保険給付分を止められては家計が持たない。また保険医療機関である病院は、保険外治療を行うことができなくなる。施術すれば保険指定を取り消されるからである。患者がいくら切望しても病院は治療ができない。

以上述べたように、公共の福祉に反する行為でもないのに、自分の生命を維持し、幸福を追求するために、最後の治療に一縷の望みを託して保険外治療を選び、決定する自由と権利を患者に認めない政策、そしてその政策の根拠法となっている健保法の解釈は、憲法13条を侵害しているものであるし、そのような解釈以外採りえないのなら、健保法の規定が違憲だといわざるを得ない。

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