医療ガバナンス学会 (2009年12月5日 06:00)
成松 宏人
山形大学 グローバルCOEプログラム 特任准教授
東京大学医科学研究所 先端医療社会コミュニケーションシステム社会連携研究部門 客員研究員
2009年12月5日 MRIC by 医療ガバナンス学会 http://medg.jp
http://english.donga.com/srv/service.php3?bicode=080000&biid=2009110426378
http://english.sina.com/life/2009/1103/282599.html
米国では献血量は減少しているものの、不景気の影響で人々が輸血の必要がある待機手術を延期する傾向にあり、需要量も減っているためその影響はいまのところそれほどではないとのことです。
http://online.wsj.com/article/SB10001424052748703808904574525570410593800.html
http://www.usatoday.com/news/health/2009-11-17-swineflublood17_ST_N.htm
日本では10月の日赤の公表されている速報を見る限りは幸いにも献血者の著明な減少はなさそうです。
http://www.jrc.or.jp/vcms_lf/ketsueki091110-01.pdf
残念ながら詳細はいまのところは分かりませんが、日赤が7月に発表した「献血による輸血用血液製剤の確保に向けた対策」が機能している結果なのかもしれません。http://www.jrc.or.jp/blood/news/l4/Vcms4_00001268.html
しかし、インフルエンザの流行シーズンはこれからです。しかも、年末年始は毎年血液製剤の需給が逼迫します。決して安心することは出来ません。
【回収される血液製剤】
一方で、献血後に献血者が新型インフルエンザもしくは疑いと診断されて回収される事例が相次いでいます。11月に入ってからも、この原稿を書いている11月22日現在、11件の事例が報告されています。10月はこのような回収は5件、9月は1件でしたので、確実に増えていることになります。http://www.info.pmda.go.jp/kaisyuu/rcidx09-1m.html
今後、本格的なインフルエンザの流行シーズンに入ればさらに回収が増えることは確実でしょう。
これらの血液製剤の回収は「輸血を受けられる方の安全を期する念のための措置」であると日赤は表明しています。
http://www.jrc.or.jp/blood/news/l4/Vcms4_00001278.html
【血小板製剤が危ない!】
これらの回収例では、献血者が自己申告し、血液製剤が保存期限の長い赤血球製剤や血漿製剤であったため、回収が可能になり、新型インフルエンザ罹患者由来の血液製剤が患者に投与されることは避けられました。
しかし、新型インフルエンザではHBV、HCV、HIVで行われているNAT検査のような精度の高い検査は行っていないため、輸血製剤自体をチェックすることは困難です。つまり、新型インフルエンザ罹患者の献血を防ぐためには、自己申告に頼っている現状です。
保存期限の長い赤血球製剤や血漿製剤であれば、自己申告を厳密にするという方法での対策を行っていく対処の方法も考えられます。
しかし、血小板はその保存期限はわずか4日です。一方で新型インフルエンザの潜伏期間は1日から7日と言われています。理論的には、献血者にインフルエンザの症状が出たときには既に輸血されてしまったあと、とうような状況も考えられます。実際は、新型インフルエンザ罹患者由来の血液製剤が患者に投与されている事例もかなりあると考えるのが自然だと筆者は考えます。
献血者の割合を大雑把にいえば赤血球4人あたり血小板1人です。しかし血小板製剤は1例も回収できていないのです。
【新型インフルエンザは輸血でうつるか?】
今まで新型インフルエンザが輸血を介して感染したという報告は筆者の知る限り今ところありません。しかし、これは輸血由来なのか、面会者・医療従事者などの別ルートの感染か、証明困難であるからだと多くの専門家は考えています。実際に症状発現前にも、短期間でインフルエンザウイルスが血液中で増殖し、ウイルス血症を呈します。つまり、新型インフルエンザの潜伏期に無症状だった献血者から供給された輸血はウイルス血症を呈している可能性があるのです。現在、日赤が問診時に新型インフルエンザの罹患者には献血を辞退してもらっているのはこのためです。世界的にみても、輸血を介する感染の可能性については、多くの専門家が懸念を示しています。実際、先日名古屋で開かれた、国際血液学会アジア部会のシンポジウムで講演した、American Red Cross Blood ServicesのR. Benjamin博士もこの点について懸念を表明していました。同氏はさらに発熱患者の血液製剤がウイルス血症を呈しているか、数ヶ月中にAABB(米国輸血学会議)で調査を行うと最後の質疑応答にて発言していました。
【病原体不活化導入の議論なしには通れない】
ここで、まとめると新型インフルエンザのパンデミックで輸血に関して問題になるのは以下の2点です。
●献血者が減少し、十分な血液製剤を供給できない問題。
●新型インフルエンザが輸血を介して感染するというリスクが完全に否定できない問題。
2点とも最も影響を受けるのは血小板製剤です。そして、対策として病原体不活化技術が注目を集めています。
輸血の病原体不活化技術は、血液を処理し病原体の核酸を壊すことによって、ウイルス・細菌・原虫などの病原体を不活化する技術です。この、不活化技術は、新型インフルエンザの大流行時上の2つの問題の解決に有用であることを一部の専門家が指摘しています。
少し、専門的になりますが、血小板製剤の不活化技術の一つにソラレン誘導体を用いる方法では、血小板製剤の保存期限を4日から7日に延ばすことが可能です。なぜならば、この方法は保存中の細菌増殖を抑制可能だからです。食べ物にたとえると「真空パック」とか「防腐剤」といったイメージでしょうか。もし、保存期間が延びれば、在庫調整が容易になり、製剤の有効活用が可能になります。つまり、製剤の充足している地域から、不足している地域に製剤をまわすことができます。
さらに、この技術はインフルエンザウイルスを不活化しますので、輸血によって新型インフルエンザが感染するリスクを低減することもできます。海外では対策としていち早く導入している国々もあります。例えば、ドイツでは、新型インフルエンザ流行地域への旅行歴があるドナーの献血も製剤の病原体不活化を行えば認められています。また、フランスでも既に新型インフルエンザの大流行を想定して血小板と血漿は病原体不活化で対応し、(不活化技術がまだ開発段階にある)赤血球については採血後時間をおいて献血者の健康状態を確認のうえ出荷することで対応するという方針が出されています。
【鎖国か、国際協調か?】
不活化技術は多くの国々で導入されています。しかし、日本における導入はなかなか進んでいないのが現状です。その理由はいろいろなものがありますが、このなかでよく耳にするのは「輸血製剤の行政・政策は、国策であり、国際的な協調は必要ない」といった意見です。最後にこの意見について考えてみたいと思います。
実際に日赤の上記の7月の発表にしているように、日本が世界的にも際だっているのは不活化技術導入に「慎重」であるばかりではありません。導入する不活化の方法も世界的にも実績のあるソラレン誘導体を用いる方法ではなく、世界的にも実績の少ないリボフラビンを用いる方法を進めると表明しています。
筆者は「輸血は、国策である」ということは同意しますが、それが「国際的な協調は必要ない」という結論になるとは今回のインフルエンザの問題ではとうてい思えません。少なくとも、メリットとデメリットを考えて議論するべきです。
「国際的な協調」をすることのメリットはなんと言っても、不活化技術導入の際の最大の懸念である副作用に関して、先行して導入している世界各国のデータを検討することが出来ることです。これにより、より高い精度で安全性の検討ができます。また、新型インフルエンザは世界的な問題です。上にフランスやドイツの対策例を挙げましたが、輸血の安全性の担保のため、供給量の確保のため、試行錯誤が世界各国で行われることになります。「国際的な協調」をすることで、これらの先例を参考に日本における対策を考えることができます。
一方で「独自路線」でいくことのメリットは、国内事情に柔軟に対応できることでしょう。しかし、何度も繰り返しますが、新型インフルエンザは世界的な問題です。言い換えれば、人類共通の問題です。筆者はこの問題に関しては「国際的な協調」をするメリットが大きく上回ることは間違いないと考えます。
国策だからといって、世界的な状況を無視していいはずがありません。国策だからこそ、グローバルな視点が必要です。その上で「国際的な協調」するかどうかを決めるべきです。
国内の問題にだけとらわれていて、気がついたら大きく国益を損ねていた事例も、この問題以外にもいくつもあります。例えば、最近話題の空港です。成田と羽田の役割分担といった、国内問題に目を奪われている間に、日本の空港は韓国の仁川空港にアジアのハブ空港の位置を脅かされています。仁川空港は日本のハブ空港になっているとの指摘すらあります。もしそうならば、大きく国益を損ねています。例えば、携帯電話です。日本の携帯電話は極めて高機能に進化しました。しかし、気がつけば、高い技術を持っているはずの日本のメーカーの世界的なシェアは少ないのが現状です。「ガラパゴス化」と揶揄されることもあります。
輸血の問題は生命が関わっているだけ、結果は重大です。増え続ける血液製剤の回収は、なにもしなければこのまま増え続けるでしょう。不活化導入のための議論は待ったなしの状況になりました。