医療ガバナンス学会 (2009年12月8日 10:00)
「会社役員の行動原理として期待されているものは徹底した損得勘定ですよね。」
「損得のみです。」
置かれた状況の中で会社の利益の最大化を図り続けることが、企業役員の行動規範である。置かれた状況には、対立者の存在も含まれる。損得勘定では、対立相手の存在を認めた上で自らの行動を決める。損得勘定の対局にあるのが原理主義である。原理主義者は、自分の主張を曲げない。社会に不利益をもたらし、結果として、自分に不利益をもたらす行動をいとわない。
能力不足も、自分の行動を正しく認識できないため、原理主義と同様、非合理的行動をもたらす。原理主義と能力不足はしばしば区別がつかない。
この役員と話しながら、日本医師会について考えた。日本医師会の行動が、合理的に決められていると思えないからである。
2008年12月1日、公益法人制度改革三法が施行された。日本医師会は2013年11月30日までに公益社団法人か一般社団法人に移行しなければならない。移行に失敗すれば、解散したと見なされる。
2007年5月、日本医師会は公益社団法人を目指す方針を決めたが、従来の組織形態と活動を可能な限り存続させるという方針を採っている。新しい公益社団法人は、不特定多数の利益の増進(特定の個人や団体ではない)のために寄与し、会計を含めて活動が社会から監視でき、公平な参加の道が開かれ、社員は平等の権利を有し、特定の個人の恣意によって支配されないものとして設定されている。公益認定等委員会で認定されないと公益法人に移行できない。過去の活動も評価の対象となる。日本医師会は、開業医の経済的利益を最優先課題としてきた。このため、二重の代議員制度で勤務医の発言を抑圧し、多額の政治資金を特定政党に提供してきた。社会はこれを正しく認識している。
日本医師会は、大変革しない限り、社会の認識を変えられず、公益社団法人に移行できない。従来の活動を維持するのなら、一般社団法人を選択するしかない。一般社団法人に移行するとしても、二重の代議員制度が認められるとは思えない。一般社団法人になれば、勤務医が参加する理由はない。
自民党は小泉政権以後の冷遇によって、民主党は中医協の委員人事によって、日本医師会に変われとメッセージを送った。末端会員の開業医は活発な発言と国政選挙の投票行動によって、勤務医は医療事故調への日本医師会の賛同に抗議することによって、日本医師会に変われとメッセージを送った。
私は、2008年、日本医師会三分の計を提案した。2009年7月21日、勤務医の労働組合として全国医師ユニオンが労働組合資格証明書の交付を受けた。日本医師会は日本の医師を代表する公益法人と、開業医の利益代表に分割すればよい。閉塞状況にある日本医師会の取りうる選択の幅は狭い。
日本医師会は過去の組織形態と活動を総括し、その上で、現状の日本医師会の残すべき部分を冷静に判断しなければならない。意地を張って成算なしに現状維持を図ろうとすると、莫大なコストを払うことになる。状況を受け入れた上で、ソフトランディングを図るしかない。日本医師会の指導層は、負っている責任の大きさからみて、好悪の感情を捨てて損得勘定に徹する義務がある。
定款を変更するのに、代議員会で三分の二の賛成が必要である。大きな対立があると、三分の二の賛成を得るのは難しい。総会での決議も必要だが、幸いなことに定足数が規定されていない。2010年4月の日本医師会会長選挙では、日本医師会の将来像に関して、抜き差しならない対立を作るべきではない。
現在の代議員の相当数が80歳以上であると聞く。時代に即した合理的判断が可能かどうか懸念される。定款変更には、慎重な作戦と演出が必要となろう。
日本医師会の分割には膨大な事務作業を要する。残された時間は4年と短い。この間に合意を形成しないといけない。指導層の冷静な戦略に基づいた確実な努力がないと、時間切れになってすべてを失うかもしれない。