医療ガバナンス学会 (2009年12月9日 06:00)
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日本は、医療費抑制のために薬価を切り下げ続ける政策を長年続けた結果、世界の医薬品市場の伸長の中で市場は抑え込まれてきました。その結果、日本は、世界の医薬産業界にとって以前ほどの魅力のない市場になり久しいのです。日本は、現時点でも世界第2位の市場ですが、数年内に中国に抜かれ、その先にはインドにも抜かれ世界での市場地位を下げ続けることになることは周知の事実です。この事実と治験環境(治験コストが世界で最も高い)やドラッグラグなどの事実と重なり、更に悪いことには、研究施設に対する国の支援策もほとんどなく、欧米の大手製薬企業各社は、日本からアジアの中心を既に中国に移し、来るべき時代に備え、日本の研究所の撤退をほぼ全社が断行しました。そして日本の製薬企業各社も日本の市場だけでは政策的に疲弊され、海外に市場を求めざるを得ないこともこの図は示しています。
日本の製薬企業は、このような背景から大手はグローバル化を目指しています。つまり海外の売上比率を高めています。 海外売上比率の高い順に言うとエーザイ60%、武田薬品工業55%、アステラス製薬48%、第一三共41%、塩野義製薬20%と続き、以下各社は13%台から10%未満となっています。これら数字からも分かりますが、日本の製薬企業は、海外売上比率が、未だ、大きくはなく、薬価改定政策で疲弊した日本の市場に実は今も大きく依存しており、世界での順位を上げたいにも関わらず、相対的にはポジションを下げ、研究開発能力やマーケティング能力でも差を広げられる状況の中にあります。ましてや2012年までに起こる屋台骨を支えている大型商品の特許切れ問題が起こり、特に欧米での市場を大きく失うことも既に規制路線として確定しています。
医薬産業は、上図で示した通り、市場を大きく伸長させています。しかしその薬の内訳を見て行くと市場の構造が大きな変化しています。1980年代は、抗生剤が市場を牽引し、1990年代以降は、生活習慣病関連製剤が牽引、そして現在から以降は、抗生剤や生活習慣病はジェネリックで十分な市場となり、変わって抗癌剤や抗炎症剤そしてワクチンが市場牽引の大きな役割を担っていくと言われています。下図は、医薬産業を、低分子医薬品(多くは経口薬です)を黒でワクチンを白で、そして遺伝子組換え医薬(全て注射剤です)を示しています。
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世界の医薬産業の研究開発の競争の土俵は、癌や自己免疫疾患そして感染症に移っているのです。この競争社会で日本の製薬企業がどう戦うのかが各社に問われていると言う、言い方もできます。過去、日本の医薬産業は、護送船団方式で国からも守られていると言われた時代が長くありましたが、薬価改定の制度自体が制度疲弊している中で変化への対応を各社が模索している時代であるとも言えます。
さて、ワクチン製剤ですが、日本は、米国と比べてもワクチンの消費が極端に少ないと言う特徴があります。そのため国内の大手製薬企業はワクチン市場には関心を示さない時代が長く続きました。一方で欧米の製薬企業の一部、例えばGSK、Merck、CSL、Baxterなどの企業は、ワクチン部門だけでも多いところでは1000人以上の研究開発要員を擁し、最適なアジュバントを探索し、最適な生産方法を確立するなど長年研究開発を続けて来ました。医薬品開発や製造のノウハウ、特許、研究開発実績は一朝一夕にはできません。ワクチンも同じことです。競争社会の中で世界中の製薬企業が生き残りをかけ、更には将来の市場予測をする中で研究分野の重点化や設備投資を行っている中で日本だけがワクチンは、国策だなど言う議論をしている場合ではありません。
医薬産業は、患者のために存在し、健康を守るためにワクチンはあり、その努力をこれまで長年して来た企業の製品を使うことは、当面、当然の患者の権利であり、世界の流れであります。先に述べた通りWHOは新興感染症の脅威を警告しており、この環境は今後も続くと思われます。それは世界のグローバル化で、飛行機を例に挙げると数時間から数十時間で感染症は一気に世界に広がるリスクを地球規模で有しています。これは船しかなかった鎖国の時代との一番の違いです。もう一つは、開発途上であった世界中の国の奥地にまで人々が移動し、希少金属などの新たな鉱物資源の争奪など始め、このようなグローバルな動きも新興感染症の原因の一つになっています。
従ってワクチン市場は当面、伸長し続け、製薬産業にとって重要な市場になることは間違いありません。と言うことは市場競争の原理の中で戦えるだけの戦略資源の投入をできる会社が参入するのは当然であり、国の予算をあてにして行うことでは基本的にありません。もう一つ考えなければならないのは、感染症は、ワクチンの普及によりその対象患者数は激減するという事実です。つまり一言で感染症と言ってもその内容は年々ダイナミックに変化し、その度ごとに研究開発の方向を転換し、製造数量を調整し、新たな感染症の流行に合わせる対応力が求められます。
今回の新型インフルエンザワクチンのパンデミックでも分かる通り、世界中で同じ感染症が流行しているのですからワクチンは世界に供給できるチャンスでもあり、国内に向けてのみ製造をすると言うのは、グローバルな医薬産業の構造からも違和感を覚えます。そもそも日本の全ての患者さんの使用している医薬品の多くは、輸入品です。仮に輸入品でなくともそのオリジンは欧米のものが多いのです。例えば、癌に限って言えば、日本発の抗癌剤もありますが、大半は、欧米で生まれた商品です。何故、ワクチンが国策で死亡原因第一位の癌に対する医薬品開発が国策ではないのか。今のワクチンの供給の在り方の議論は、医薬産業、医療機器産業、それを研究開発力で支えるバイオテックの存在など広い視野でライフサイエンス全体の政策を考える機会にもなっているように思います。