最新記事一覧

臨時 vol 389 「整形外科「開業医給与4,200万円」キャンペーンの問題点」

医療ガバナンス学会 (2009年12月9日 08:00)


■ 関連タグ

ー診療報酬改定に「医療経済実態調査」結果を参考にすることは出来ないー
青森県臨床整形外科医会 会長 原子 健

2009年12月9日 MRIC by 医療ガバナンス学会 http://medg.jp


2009年11月19日に財務省は「医療予算について」なる資料を公表しました。その中で、「収入が高い診療科の報酬を見直す」として2009年6月に実施された「医療経済実態調査報告」を引用し、診療科別の収支差額(財務省は「=医師の給与」と表現)を発表しました。その結果、整形外科は約4,200万円と計算していますが、現場の実感とはまるでかけ離れた数値になっています。
青森県臨床整形外科医会は、4,200万円なる数値の計算方法に誤りがあることを指摘し、誤った数値で国民的議論、中医協の議論をミスリードしようとしている財務省に抗議するとともに、データの訂正を求めます。死体遺棄事件と関連して「美容整形」と「整形外科」を混同するマスコミ報道が多数ありましたが、財務省も混同していたとしたら言語道断といわざるを得ません。

●開業医の収支差額は医師の給与ではない
個人開業医の収支差額というのは事業所の所得であり、退職給与引当金も、労災に対する準備金も含まれていますので、勤務医との年収比較は不可能な数字です。ここから診療所の開設・運転のための借入金の元本返済や設備投資などが支払われ残余が個人の収入となります。収支差額についてはキャンペーンとして無意味な比較が何度も繰り返されていますが、ここではこれ以上の指摘は行いません。

● 2009年医療経済実態調査の問題点ー対象データが偏っていると推測されますー
その理由
#1 整形外科診療所のデータが今年だけ大きく変動(http://www.docbj.com/iryohi/2009/)
平成15年、17年、19年の結果と比べると、平成21(2009)年の値だけ異常に大きく、診療所全体の値と比べても、平成21(2009)年のみ大きく乖離しています。
この間に行われた平成20(2008)年の診療報酬改定では、整形外科が増収となる改定は行われていません。

http://expres.umin.jp/mric/img/image004.gif

#2 「医療経済実態調査」は「医療費の動向」との比較でも乖離しています
平成15(2003)年6月を100とすると
年度    医療経済実態調査   医療費の動向
平成15(2003)年    100.0     100.0
平成17(2005)年    111.4     105.5
平成19(2007)年     94.8     106.0
平成21(2009)年    149.4     111.4
2009年は「111.4」と「149.4」と大きな違いがあり、
医療経済実態調査の結果は現実から大きく乖離した値と言えます。

● 「年間収支差益」算出上の問題点
年間収支差益=2009年6月平均値の収支差益 * 12ヵ月 で計算しています。
対象とする診療所には、入院医療もおこなう「有床診療所」と外来診療だけの「無床診療所」があります。さらに、経営形態も「医療法人」と「それ以外の個人」の2種類があります。今回の年間収支差益は、個人経営の有床診療所(2医療機関)と無床診療所(40医療機関)の42医療機関だけの平均値を用いて計算されました。

#1 平均値は実態を表さない/最頻値を用いるべきです
すそ野が左右対象になる正規分布をしている時は平均値が使えますが、正規分布していない時は平均値ではなく、中央値、最頻値を用いるのが一般的です。数字のプロである財務省が、年間収支差益を計算するにあたり平均値を用いいたことは専門家としての質を「仕分け」する上で深刻だと思われます。
2001年のヒストグラムは正規分布をしていない。(2009年は未公開)

http://expres.umin.jp/mric/img/image005.gif

2009/11/18 中医協に提出された「整形外科診療所•医療法人」の平均値(10,791千円)と中央値(8,441千円)は大きく異なっています。しかし、年間収支差益の対象になった「個人経営」の診療所の中央値は、なぜか示されていません。

#2 6月のデータを12倍することの問題点
1)患者さんの受診は「季節変動」があり、整形外科は年間を通して6月の受診が多くなっています。
以下の図からもわかるように、単純に12倍すると6%大きく計算されることになります。
整形外科1診療所あたりレセプト枚数の年間変動

http://expres.umin.jp/mric/img/image006.gif

2)診療実日数
医業収入は、一日の収入 * 診療実日数 で計算されます。
2009年度の診療実日数は年末年始や日曜日、祭日を除くと293日(24.41日/月)となります。
一方、2009年6月の診療実日数は26日です。従って単純に12倍すると26日/24.41日=106.5% つまり、6.5%も多くなってしまいます。

3)収入は6月単月、費用は2008年度の1/12
年間の収支差額を計算する時は年間の収益から年間の費用を減じて求めるべきですが、期間の違う数値を用いて計算しています。本年4月には介護改定があり、医療機関は「短時間通所リハ」の「みなし指定」を受けることになりました。介護保険に参入した医療機関数は少数ですが、それでも新たな人件費、介護保険請求ソフト購入費用などが含まれないまま費用が計算されています。

● 診療報酬改定時 医療経済実態調査結果は参考にすることは出来ない
#1 今年から新たに「介護収入」も追加になっています。
2009年医療経済実態調査から「介護収益」も新たに追加になっています。昨年までは、医療機関を介護収ありとなしに分けて集計されていましたが、2009年からまとめて集計されるようになりました。前述のように介護保険の制度が変わりましたが、介護収益の多寡を医療保険の診療報酬の参考にする合理性はありません。

#2 労災、自賠責保険などの自由診療が入っています。
医業収益      10,869(千円)
保険診療収益   9,633
公害等診療収益   668
その他の診療収益  489
その他の医業収益  79

http://expres.umin.jp/mric/img/image007.gif

介護収益同様に自由診療収益の多寡を診療報酬改定の資料に用いる合理性はありません。

● 「意図的なデータ利用」をすれば、収支差額はこんなに違います。
批判してきた問題点を100歩譲って、2009年の6月の値をもとに年間の平均値を推定しました。
その12倍を求めると3,600万円(▲14%)でした。さらに、自由診療、介護収益を除く保険診療だけの1月のデータから年間の収支差益を推計すると2,350万円(▲45%)と財務省の平均収支差額2,500万円をも下回りました。
このように、医療経済実態調査の数値は条件を少し変えるだけで大きく変動するため、診療報酬改定時の参考資料には使うことは出来ません。

●整形外科の1診療所(無床)あたりの医療費の変化
2003年ショック(リハビリ逓減性が導入され大幅な減収)は、その後も回復していません
そもそも、診療所医療費は医科全体の32.5%、整形外科診療所は3.1%とわずかです。
平成20年度 医療費の動向 http://www.mhlw.go.jp/topics/medias/year/08/index.html

http://expres.umin.jp/mric/img/image008.gif

● 全国医療費が増加する整形外科の特殊性
・高齢者が増え、骨折、変形関節症など整形外科対象患者数が増えている
・リハビリを担当する従業員数が多い:退職引当金を多く必要、
・リハビリには面積基準:基準以上のリハビリスペースが必要で建築面積が広い
・高額な医療器械が必要(X線装置、リハビリの医療器械、…)
大腿骨頚部骨折推計発生数(日本整形外科学会編診療GL2005年)

http://minds.jcqhc.or.jp/stc/0016/1/0016_G0000042_0025.html

http://expres.umin.jp/mric/img/image009.png

お問い合わせ先:青森市 大竹整形外科 大竹進 (Tel: 0172-62-3300)
E mail: otakes@infoaomori.ne.jp

<参考> 平成17年度診療所の経営指標M-BAST(TKC全国会システム委員会) 診療所に関する比較

http://www.docbj.com/iryohi/tkc/mast1.html

方法
平成17年度のTKC全国会のデータをもちいて無床診療所・個人、院外処方の経営分析を行った。診療所の数は4,550件。そのうち個人診療所は2,077件。個人有床診療所院外処方は250件。個人無床診療所院外は1,827件である。
総括
整形外科無床診療所院外処方では、他科に比し、医業収益が多いが、人件費など固定費比率が著しく高く、よって現在、経営安全率が外科と列んで最下位グループである。
医療費の伸び率も最下位グループであり、各種経営指標からは整形外 科は構造不況業種といえる。
結果
1)個人無床診療所の平均医療従事者数
整形外科は9.7人で、医療従事者数が他科に比べて多い。
2)個人無床診療所院外処方の1医療機関あたり平均医業収益高
平均医業収益高は整形外科は多い。
3)個人無床診療所院外処方の総資本経常利益率と医業収益高経常利益率
(総資本経常利益率は経常利益/総資本 * 100であり、総合的な収益力を現す。高いほど良い)
整形外科は産婦人科、外科、泌尿器科とともに最下位グループを形成する
(医業収益高経常利益率は経常利益/医業収益高 * 100であり、医業の収益率をより直接的に表す。高いほど良い)整形外科は、同様に最下位グループを形成して外科、泌尿器科についで低い
4)個人無床診療所院外処方の損益分岐点医業収益高(月、千円)
損益分岐点医業収益高(月、千円)は固定費/12/1−
(変動費/医業収益高)で、実際の過不足ゼロの医業収益高を現す。
整形外科は他科に比し高い。これは他科に比し人件費などの固定費が多いためである。
5)個人無床診療所院外処方の経営安全率
(経営安全率((1−損益分岐点医業収益高)/医業収益高) * 100で、高いほど安全である)
損益分岐点が高いほどすこしでも収益が減るとすぐ赤字になり、経営安全度が低いことになる
整形外科は外科と泌尿器科と列んで最下位グループである
6)個人無床診療所の平均固定費(月、千円)
(平均固定費(月額、千円)であり、固定費実績累計額/12である。固定費は低いほど良い。)
整形外科はダントツに多い。人件費が大きく関与していると思われる。
7)個人無床診療所の対前年医業収益高比率(%)
(対前年医業収益高比率(%)は今期医業収益高/前期医業収益高 * 100である。)
整形外科は外科、小児科とともに最下位グループを形成している

MRIC Global

お知らせ

 配信をご希望の方はこちらのフォームに必要事項を記入して登録してください。

 MRICでは配信するメールマガジンへの医療に関わる記事の投稿を歓迎しております。
 投稿をご検討の方は「お問い合わせ」よりご連絡をお願いします。

関連タグ

月別アーカイブ

▲ページトップへ