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臨時 vol 394 「『それって、新型ですか?』・・・やっぱり蔓延した『新型インフルエンザ愚策』」

医療ガバナンス学会 (2009年12月11日 08:00)


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木村 知(きむら とも)
有限会社T&J メディカル・ソリューションズ代表取締役

2009年12月11日 MRIC by 医療ガバナンス学会 http://medg.jp


「「『それって、新型ですか?』・・・やっぱり蔓延した『新型インフルエンザ愚策』」

2009年の新語・流行語大賞が発表された。
大賞は「政権交代」であったが、「新型インフルエンザ」がトップテン入りし、木村盛世さんが受賞されたのは皆さんもご存知のことと思う。これは木村さんの今までのご活動が広く一般大衆に浸透したことによるものであろう。

しかし、せっかく流行語に選ばれた言葉ではあるが、そろそろこの「新型インフルエンザ」という言葉の「流行」を終わりにできないものであろうか。

「インフルエンザ」という疾患自体の流行は、毎年の流行状況を考えれば、むしろこれからがシーズン本番であり、少なくともあと数ヶ月は続くと予想されるが、このところのように寒くなって空気も乾燥してくると、他の多くの発熱性疾患も増えてくる。しかし、日々診療していると、いまだに「新型インフルエンザ」だけに皆の意識と興味、心配が集中しすぎているのを強く感じる。

そもそも実際の臨床現場では「新型インフルエンザ」と「季節性インフルエンザ」は簡易キットによっても区別できない。
現場で実際インフルエンザ診療に携わっている医療者にとってはアタリマエの常識であるが、意外なことに、まだ多くの国民はそのことを知らないようだ。しかもメディアの影響からか、「新型」なのか「季節性」なのかを区別しなければならないとすっかり思いこまされている。

その証拠に、患者さんに簡易検査の結果「インフルエンザ陽性」を宣告すると、ほぼすべての患者さんに、
「それって、新型ですか?」
と問われるし、
おどろくべきことに、「登校許可書」の疾患名の欄に「インフルエンザ」と「新型インフルエンザ(H1N1)」を区別して記載したものを作成している教育機関まで出現し、どちらか判断せよと言われてしまう始末だ。

そして、それらの問いや要望に対して、一般の診療所、病院では「新型」「季節性」の区別はできないが、現在流行っているものはそのほとんどが「新型」といわれるものであると思われているということ、現在まで多数の「(おそらく)新型インフルエンザ感染者」を診療してきた経験からは治療に当たって別段区別する必要もなさそうであること、「新型」であっても「季節性」であっても大切なのはその患者さんの全身状態なのであって、その診断名ではないこと、をその全員に説明することになるのである。

それはそれでけっこう大変なことなのであるが、今それ以上に重要な問題であると思われるのは、「新型インフルエンザ対策」と称する根拠のない、自前の感染対策が企業のBCPや教育機関で「乱用」されているということである。

「季節性」は怖くないから感染対策も神経質になる必要性ないが、「新型」は恐ろしいから家族に一人でも発生したら登校、出勤停止をすべきだなどという、医療者であればどう考えても理解に苦しむ考え方やローカルルールが企業や教育機関ではいまだにまかり通っており、しかも野放し状態となっている。

そして現場ではそのルールにイチイチ対応しなければならないという、無駄な労力を強いられている。

先日も、兄がインフルエンザに罹ってしまったのであるが、その子がもし「新型」であれば同居の元気な弟も、兄の「治癒証明」が出ないかぎり休ませなければならないという学校のルールがあるので、「新型」であるかを知りたい、そして「新型」ならば一日も早く、兄の治癒証明を出して欲しい、と保護者が懇願しに来た。
教育委員会に問い合わせてみると、
「家族に感染者がでた場合、同居の家族の登校については、なるべく自粛をお願いしているが、決して強制ではない」
とのこと。
そして、自粛した場合は欠席扱いにはしないが、休む期間や「治癒証明書」の発行を必要とする、という規定など一切していない、とはっきり回答された。
もちろん厚労省のHPを検索しても、教育機関でこのような対策をするよう推奨している情報は見当たらない。
そしてそもそも「新型インフルエンザ」がすでに蔓延期に入った今日の状態では、もはや「濃厚接触者のみが感染原因」という理屈自体が成立しない。

しかし、他の学校、保育所、幼稚園でも同様に、家族に感染者がでた場合は、無症状であっても休ませるように決めている施設が非常に多い。そして、その休まねばならない期間も施設によってまちまちだ。

つまり、個々の教育機関が、「法的にも科学的にも根拠の無い」「現状では不要で無意味な」「新型インフルエンザ感染対策」を「厚労省からの情報などとまったく無関係に」「思い思いに勝手に策定」して執り行っているというのが、このところの実情なのだ。

そのうえ、可哀想なことに、休まされているうちに「十分」「濃厚に」感染した兄弟と接触し、本当にうつってしまう例も珍しいことではない。

こうなれば、もはや「新型インフルエンザ対策」というより「新型インフルエンザ愚策」というべきであろう。

そこで私は、この哀れなお母さんに、
「感染している兄と同じ屋根の下に長時間居させることのほうが、よっぽど感染リスクがあるし、休ませる期間にも根拠がないので、弟さんが無症状で元気ならば、学校には兄が発症したことは内緒にして登校させてしまえばいいでしょう」
とアドバイスすることにした。

また、企業のリスク管理担当者から、家族に感染者が出た濃厚接触社員の出勤停止期間をどのようにしたらよいか、と相談されたこともある。学校の場合と同様に、家族外からの感染も十分あり得るし、さらに感染者と「濃厚に」接触させることになるため、無症状者の出勤停止は無意味ではないかとアドバイスしたが、結局その企業では4日間の出勤停止にすることにしたようだ。

これも「濃厚接触者」をさらに感染者に「濃厚に」接触させて、ちょうど発症しそうな時期に出社可とする、「新型インフルエンザ愚策」の典型例であると言ってよかろう。

そもそも、「濃厚接触者」として会社を休ませた場合、その間の給与・手当は支払われるのだろうか?

今年の9月9日に財団法人労務行政研究所から報告された「企業における新型インフルエンザ対策の実態」によれば、本人が感染した場合、「賃金を通常どおり支払う(欠勤しても控除がない)」という企業が33%、「賃金や休業手当等は支払わない」という企業が22%だったそうだ。一方、同居家族に感染者が発生した場合の従業員の自宅待機については、保健所からの判断を待たずに、独自ルールで「原則自宅待機」とする企業が34%にのぼり、大企業ではその比率は41%近いというデータが出たという。そして、その間の賃金の取り扱いは、「賃金を通常どおり支払う(欠勤しても控除がない)」という企業が50%以上、「賃金は支払わず、休業手当を支払う」との回答が15%弱とのことである。

しかし、裏をかえせば、それ以外の企業は会社の独自のルールや都合で休ませているにもかかわらず、その間の賃金や手当を保障しないということであり、そもそも、調査がおこなわれた9月時点からすでに3ヶ月以上にもなり、毎週150万人以上も新規感染者が発生している現況においてもこの「対策」を行い続けている企業が仮にまだあるとするならば、「新型インフルエンザ対策」、「BCP」の名をかりた不当な「人件費削減策」とみられても仕方がないであろう。この点については決して野放しにすることなく、実態調査をしっかりおこなうべき問題であると思われる。

さらに、
「『季節性』なら問題ないのですが、万が一『新型』ならば出勤停止になるので、会社から遺伝子検査をするように言われました」
という「依頼」や、
「他の病院では遺伝子検査をしてくれて、病院からその結果を連絡してもらえるそうです。こちらでもやっていただけますか?」
などという、ウワサに基づいた「要望」も、ワクチン在庫の問い合わせとともに相変わらず存在し、現場の疲弊をさらに増幅させている。

これら、誤った対策やデマの無秩序な拡大、根拠のない「新型インフルエンザ愚策」の蔓延は「パニック状態」における現象のひとつであろうと思われるが、個々の対策については「関係省庁が関係団体を通じて通達する」などという対策の責任の所在を明確にしていない行政にもかなり問題があるのではないだろうか。

個人個人への対応をするのは、われわれ現場医療者の仕事であるから、ひとりひとりに正しい知識や対策をお伝えしていくのはわれわれの職務と認識しているが、企業や教育機関にまで誤った対策を改善するよう現場医師から指摘するのは非常に困難である。
そこは行政の責任として、せめて「新型」「季節性」の区別は医療機関ではできないこと、治療に際しても通常はその区別を必要としない状況であること、感染対策も「新型」と「季節性」を区別して行う必要性はない(=不可能である)こと、くらいは、政府公報としてテレビコマーシャルなどを通じ、企業、教育機関はもとより全国民にわかりやすく、そろそろちゃんと広めていただけないものであろうか?

手前味噌で恐縮だが、今年の7月にMRICに掲載していただいた拙稿(臨時vol154「今からできる!現場でのインフルエンザ対策」)において私が予想したインフルエンザ蔓延期における患者さんからの「要望」は、残念ながらほぼすべて今回の騒動のなかで再現されてしまった。予想していたことが、そのまんま起きてしまっていることに、なんとも言えない無力感でいっぱいである。

しかし、次こそこの予想が当たらないようにしなければならない。
またいつ「新しい新型インフルエンザ」がわれわれのもとにやってくるか分からないが、今回の「インフルエンザ」を「新型インフルエンザ」として特別扱いすることをそろそろやめにして、そろそろ視点を「次のこと」に向けることが必要なのではないだろうか。

今多くの国民が「新型インフルエンザ」についての熱い関心を持っている。今度「新しい新型インフルエンザ」がやってきたときに同じ過ちを繰り返さぬよう、今のうちに今回行われてきた「新型インフルエンザ対策」を総括し、本当に必要な対策と無意味な愚策とにしっかり「仕分け」し整理しておく必要がある。そして今回起きてしまった「パニック」のひとつひとつをしっかり分析して「次回」に備えておく必要が、今こそあるのではないだろうか。

もし今そのことがなされぬまま放置されてしまったなら、また必ずや同じ「新型インフルエンザ愚策」が繰り返され、私もまた今までと同じような記事をMRICに再び投稿することになってしまうであろう。

そして、また患者さんたちに問われてしまうことになるのだ。
「それって、新型ですか?」と。

木村 知(きむら とも)
有限会社T&J メディカル・ソリューションズ代表取締役
AFP (日本 FP 協会認定)
医学博士
1968 年カナダ国オタワ生まれ。大学病院で一般消化器外科医として診療しつつクリニカルパスなど医療現場でのクオリティマネージメントにつき研究中、 2004 年大学側の意向を受け退職。以後、「総合臨床医」として「年中無休クリニック」を中心に地域医療に携わるかたわら、看護師向け書籍の監修など執筆活動を行う。 AFP 認定者として医療現場でのミクロな視点から医療経済についても研究中。著書に「医者とラーメン屋-『本当に満足できる病院』の新常識」(文芸社)。

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