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臨時 vol 400 「2009年11月-医療安全推進週間シンポジウム」

医療ガバナンス学会 (2009年12月16日 08:00)


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新潟県立新発田病院
伊藤英一
2009年12月16日 MRIC by 医療ガバナンス学会 http://medg.jp


毎年、11月25日を含む1週間は医療安全推進週間とされている。今年はこの期間に標記のシンポジウムが開催されたので出席してみた。いわゆる医療事故調問題は政権交代を受けて先行きが不透明である。民主党案は未整理の事項を多く残している印象を拭えない。また、新政権は前政権と異なった提案をしていたのだから以前の議論をそのまま引き継ぐ訳にはいかないであろう。そこで、どんな議論が行われるのか、結論めいたものへの期待は一切なく、野次馬的興味で出掛けてみた。なお、医療安全週間に11月25日が選ばれた理由は「いい医療に向かってGO」の語呂合わせだそうである。

プログラムはパネル討議で、第一部「国民の目から見た医療安全」 第二部「徹底討論 医療事故調査のあり方を考える」という2部構成であった。以下登壇した方々を記す(敬称略)。
コーディネーター 稲葉 一人(中京大学法科大学院教授)
パネリスト(五十音順)
加部 一彦(愛育病院新生児科部長)
木ノ元 直樹(木ノ元総合法律事務所)
鈴木 利廣(すずかけ法律事務所)
瀬尾 憲正(自治医科大学麻酔科集中医学講座教授)
高本 眞一(三井記念病院院長)
堤 晴彦(埼玉医科大学高度救命救急センター教授)
永井 裕之(医療の良心を守る市民の会代表)
埴岡 健一(日本医療政策機構理事)

参加には事前登録が必要で、定員は300名。定員に達したため事前に申込みは締め切られていたが、会場は満員というほどではなかった。感覚的なことだが、医療従事者以外の出席者が少なくなかったように感じられた。受付で配布された資料は製本されたプログラム、事前のアンケート結果(公表されている)とパネリストのプレゼン資料の他に別刷で数枚の資料が添えられていた。別刷の資料は、高本氏のプレゼン資料(冊子に載せられたプレゼン資料は大部過ぎるので縮小版を用意したものと思われる)、医療事故の調査などに関する日本救急医学会の提案、生存科学研究所医療政策研究会・明治大学法科大学院医事法センター・医療問題弁護団主催の医療事故調査委員会・演劇とシンポジウムの案内、医療過誤原告の会主催の第18回総会・シンポジウムの案内であった。また、会場後方の机には特に断り書きはなかったが持ち帰り自由と思われる資料が置いてあり、それは瀬尾氏執筆の雑誌「臨床麻酔」の別刷「医療事故と医療事故調査委員会」と東京大学大学院医療安全管理学講座主催と思われる「医療安全支援センター ジョイントミーティング全国大会」の案内であった。

第一部はパネリストが順に5分間の制限時間でプレゼンテーションを行った。この内容は当日会場で配布された資料と概ね同様であったが、時間の制約のため言い足りないパネリストが少なくなかった。配布資料には興味深い点が少なくなかったが、公開はされていないようである。第二部は予想以上に面白かったので以下に記載する。但し、取り上げ方は私の興味に基づくもので網羅的ではない。

コーディネーターの稲葉氏が、先ずパネリストに質問した。「院内事故調査は必要か?」という質問である。回答は端的であることが求められたが、回答したパネリストには留保を付けたそうな方もいた。つまり、「医療事故とは何か」を定義せずに回答できないということと思われた。医療事故の定義はともかく、事故調査の必要性については全員の合意が得られた。

稲葉氏の次の質問は「事故調査の目的をどう設定するか?」。ここからはパネリスト間の意見が分かれた。以下、簡単に記す。高本氏「限りを尽くして真相究明することは大事。」、瀬尾氏「真相はひとつではないことに留意すべき。」、木ノ元氏「真相究明と再発防止だが、納得が得られることが重要。」、永井氏「何があったかということが重要。多くの病院で真実を隠しているのが実態だ。」、鈴木氏「真相究明は手段。本当の目的は患者や遺族が知りたいことへの対応。再発防止を目的とするなら真相は必ずしも絞りきれなくても良い」。加部氏は配布資料では「調査は医学的検証(原因分析)と再発防止のために行う」としていた。発言では、一般市民・非専門家を調査組織に加えることで専門家の視野狭窄を防ぐことができると述べた。医療事故の調査自体は専門性が高いのが普通であり、一般市民・非専門家の役割は、あっても限定的だと私は思う。なお、瀬尾氏は「ヒューマンエラーは裁けるか」という本を紹介して推薦した。医療や航空業界など、軽微なエラーでも重大な結果を出来しうる領域での安全性と説明責任のバランスを論じた本であり、私も読んでいた。一読をお薦めする。
前の質問で事故調査は必要という点では合意されたが、各々の目的意識が異なっていることが明らかになってきた。鈴木氏の配布資料には「調査はなぜ必要か」と題して4項目を示した1枚(スライドで言うと)の資料がある。その最後は「法的責任」である。第一部での説明では、この「法的責任」は重要視しないような発言をした。しかし、配布資料中のスライドでは法的責任の説明が4枚続いていた。
また、ここでの議論で木ノ元氏は、以前からインシデントレポートはインシデントの再発と更なる重大事故の発生予防に役立つとされてきたが、今論じられているような重大な事故は本当に再発予防に役立つのかと疑問を呈した。結果の重大性が再発予防の観点から重要とは限らないのではないかという趣旨と私は理解し、自身の経験から納得できる意見と感じた。これに対し高本氏は、再発予防には有用であり、(いわゆる)モデル事業の結果でもそうであったと発言した。私は平成20年度のモデル事業の評価結果報告書の概要版を持っている。これには57事例が掲載されている。経鼻胃管挿入に関する問題点の提起(19事例)以外に再発防止策への提言に特別なことはなく、特に重要で他医療機関にも大いに参考になるという警鐘的事例は見当たらないと感じた。モデル事業は対象が死亡事例に限られている。つまり、結果としては重大な転帰をとった事例のみが対象であるが、そのような分析結果が常に重要とは限らないのではないかという木ノ元氏の指摘の方が妥当なように思われる。なお、この概要版は公開されており一読をお薦めする。
「事故調査の目的」という事故調査の必要性の根幹に関わる事項について個々に重要な問題が含まれていると思われるが、議論はかみ合わず、主張を述べる以上のことにはならなかった。稲葉氏はこの設問に関して、フロアに向かって、このように事故調査の目的ひとつを取っても多くの議論がある、と結んだ。

稲葉氏の次の質問は「事故調査と法的責任について」というものであった。大綱案では限定的ながら刑事責任とつながりがあるが、事故調査と法的責任を結びつけることはどうか、という質問である。高本氏は、刑事責任追及につながるのは極めて限定された例外的事例であり、実質的には法的判断はしなくて済むとした。木ノ元氏、瀬尾氏、堤氏は法的判断はしないと明言し、さらに瀬尾氏は、故意や改竄と判明したら院内事故調査の対象ではないとした。また、堤氏は高本氏の資料に日本救急医学会が刑事免責を要求していると書かれていることに言及し、学会としてそのような要求をした事実はないことを説明した。鈴木氏は「医療は刑罰の対象とすべきものなのか」と前置きしつつ、専門家判断に基づいて医療者が刑事罰を考えることは必要とした。鈴木氏は、刑罰は予防のためにあるとして刑法で言う一般予防と特別予防(再犯予防)に言及した。これは刑罰の正当化に関する目的法論のことであるが、この議論にはもうひとつ、応報形論があることには言及されなかった。因みに応報刑論とは、刑罰は犯罪に対する反作用であり、罪を犯したことに対する応報として正当化されるとするものである(山口厚著、刑法入門より引用)。これに続いて瀬尾氏は、このシンポジウムの1週間ほど前に開催された医療の質・安全学会での話題を紹介した。ある法学部教授の「日本の刑法犯で最多なのは過失犯である。従って医療も過失で取り締まる」との発言を受けて、これも法学部教授が「過失犯が刑法犯で最多という、そういう社会がおかしいのではないか」と反論したという。これに続けて堤氏が「医療において何が過失犯に該当するのか、明らかにすべきだ。」と、恐らく法曹界に向けて発言した。法的責任を議論するこの質問に関しても、パネリスト間の議論はまとまらなかった。

次に大綱案で想定されている第三者機関設置場所についても議論があった。重要な議論だがメモをほとんど残していないので省略する。最後に、今後の議論について各パネリストが一言ずつ述べた。鈴木氏は、事故調査を学際的に行うことが重要で、実践としてスタートして修正していくことが必要だとした。木ノ元氏は、更なる第三者からの介入・規制にならないようにすべきであり、更にこの国には「赦す」文化がないように思われると述べた。加部氏は事故調査の方法論が必要とし、法的判断を意識しながらの事故調査の議論は困難であると述べた。全員の発言は紹介しないが、意見の集約は困難と見えた。ここでとりわけ印象に残ったのは終わり頃の高本氏の発言で、「刑事罰が必要なことは確かにある。点滴に毒を入れる医師もいる。」との発言は奇異に感じられた。稲葉氏はモデル事業の活用の必要性に言及し、このシンポジウムでは各パネリスト間で思ったより意見は異ならないと認識していると述べてシンポジウムを結んだ。休憩をはさんで4時間のシンポジウムを締め括る言葉としては、私とは認識が異なる。

長いシンポジウムが終わって感じたのは徒労感である。事前に徹底討論と謳われていたが、各パネリストが異なる理念とレイヤーで話していることが鮮明に印象に残った。このシンポジウムを開催する目的は何だったのであろうか。いわゆる事故調の議論は最初からボタンの掛け違いのように思われてならない(医療ガバナンス学会メールマガジン 臨時 vol 171 「医療者の責任と医療事故調」)。一方で、厚生労働科学研究費補助金「診療行為に関連した死亡の調査分析に従事する者の育成及び資質向上のための手法に関する研究」が進行中であるらしい。

最後に、異論もあろうが印象に残った木ノ元氏の資料を以下に紹介して終わる。

『「現在の医療を取り巻く環境下、法制度下で医療界が進まなければならない道
「適切な医療がなされているか否かの判断を司法から医療界に取り戻すこと」ではない。
「医療者と患者との共同作業による自律的事故調査システムの構築」である。
「医療崩壊の歴史は、医療に対する第三者からの行き過ぎた介入が進んで医師患者関係という医療の基本的部分が破壊されてきた歴史でもある」ということを、医療界全体が、改正検察審査会法という新制度とともに、是非再認識すべき。』

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