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Vol.239 医療の未来を歩くDr.たち

医療ガバナンス学会 (2017年11月23日 06:00)


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『KOKUTAI FREE No.6(2017年秋号)』からの転載です。

医学教育出版社
只野まり子

2017年11月23日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

福島県浜通り。太平洋に面するその地域は2011年3月、東日本大震災とそれによって発生した津波、そして東京電力福島第一原子力発電所の事故によって大きな被害を受けた。家族や地域コミュニティーの分断が発生し、6年以上が経過した現在、浜通りでは高齢化や孤立、生活習慣病の増加などが起きている。これは日本や世界が近い将来直面することになる問題そのものだ。日本の将来像とも言えるこの土地で、臨床医として働きながら論文を書く若い医師たちがいる。

※この原稿は医学生向けのフリーペーパー『KOKUTAI FREE No.6(2017年秋号)』に掲載した記事を一部抜粋し、編集を加えたものです。元の記事は無料で http://r.binb.jp/epm/e1_61277_13102017134222 から閲覧可能です(p.22〜)。

■大学を離れて世界レベルの論文を書く
毎週月曜日の夜、仕事を終えた医師たちが相馬中央病院の医局に集まってくる。彼らはそれぞれ自分のテーマをもって論文を書いており、週に1回顔を合わせて進捗状況の確認をしているのだ。

医師たちのまとめ役ともいえるのが坪倉正治医師。東日本大震災後、それまで縁のなかった浜通り地区で医療支援を始め、以来福島県で働いて6年になる。現在は相馬中央病院で常勤医、南相馬市立総合病院とひらた中央病院では非常勤医として働きながら、地域住民に対しての放射線教育やマスメディアでの情報発信を行い、一流誌と言われるアメリカやイギリスの医科学雑誌に英文論文を多数発表している。

取材に訪れた日には、坪倉医師の他、森田知宏医師(相馬中央病院内科)、澤野豊明医師(南相馬市立総合病院外科)、齋藤宏章医師(仙台厚生病院消化器内科)、鴻江蘭医師(南相馬市立総合病院初期研修医)、園田友紀看護師(常盤病院)が集まった。

論文を書くのは外科手術の習得と似ている、と坪倉医師は言う。
「外科の手術ってまず盲腸の手術を手伝わせてもらって、それができるようになったら胃や胆嚢。その後難しい食道とか肺とか膵臓とかに進むでしょう。論文もそういうふうにステップアップしながら勉強していくので、一人前になるのにやっぱり10年はかかるんですよ。

この勉強会は外科の修行と一緒だと思ってます。研修医には研修医のレベルの課題を与えるし、ある程度できるようになったら少しずつ難しいことをやってもらって、最終的には自分で問題点を見つけてきてデータを集めて解析して倫理委員会を通して結果を出して住民にフィードバックをする。そこまで全部自分でやることが“地域に対する治療”になります」

同じ勉強会に参加している尾崎章彦医師(南相馬市立総合病院)が7月に英国の医学誌『BMC Cancer』に報告した調査結果*は、日本国内のマスメディアも多く取り上げた。

震災後、手遅れになるまで進行してから受診する乳癌患者が震災前に比べて増えた、というものだ。背景には同居していた家族の避難があった。特に子どもと同居していないケースで受診の遅れが多かった。若い世代が避難によっていなくなり、家族が守っていた健康が壊れている実情が明らかになったのだ。

■福島県浜通りという地域の魅力
浜通りという地域で研究をすることについて、坪倉医師はその魅力を「何か研究をしたいと思った時に必ずそのフィールドがあり、自分が関わることによって地域が変わってくる実感を得やすい規模」と表現する。

先述した乳癌のケースは、原発事故と直接的な関係はない。震災と原発事故によって発生した避難で家族が分断されたことが引き起こした問題と言える。
原発事故によって若い世代が避難し、南相馬市の高齢化率(総人口に占める65歳以上の割合)は震災前の25.9%から33.2%に増加した。日本全体の高齢化率が25%を超え、今後も上昇していくであろうということを考えると、浜通りでいま起こっている健康問題は、今後日本や世界で起こり得る問題だと言える。震災を機に高齢化が一気に進み、浜通りは図らずも“日本の最先端”になってしまった。

相馬市では震災後、糖尿病患者数が増加している。これも背景には独居による食生活の乱れやADLの低下などが考えられる。こういった事態も今後日本のどの地域でも起こり得るのだ。

このように、原子力災害を入り口としながらも、ユニバーサルな研究が可能なのがこの地域なのだ。今後どこででも起こり得る問題の先駆けとしてデータを蓄積し、まとめることの意義は大きい。坪倉医師たちが発表した論文数は2011年からこれまでに78本で、大学医局並みかそれ以上だ。

その日、勉強会は日付が変わるまで続いた。仙台市やいわき市まで1時間以上かけて車で帰宅するメンバーもいるが、皆翌日は通常通りの勤務を行う。自分のキャリアを自分でつかみ、自分の足で自分の人生を歩いている医療者たちはたくましく、頼もしい。

■科学的な知識を広く伝えること
震災から6年以上が経過する中で、放射線による直接的な健康被害はないことが分かり、福島産の農作物も魚介類も問題なく食べられることもデータで示されている。全国各地で行われている福島物産展も盛況だ。一方で、マイナスイメージをもったままの人がいることも事実である。

風評被害をなくすための取り組みも、坪倉医師は行っている。
この日は、京都から立命館高校の生徒たちが研修の一環で南相馬を訪れ、地元の相馬高校の生徒と交流していた。坪倉医師は両校の生徒たちへ、放射線についての講義を行った。講義の一部を紹介したい。

・南相馬市での現在の空間線量は西日本と変わりないレベルである
・もともと自然界には放射線があり、2011年の放射線量が一番高かったときの相馬市でも年間被曝量はイタリア(3.4mSv/年)と同じくらいだった
・事故が起こって放射能が降ったのは事実。南相馬市の放射線量が少し上がったのも事実。だが放射線のせいで病気になることはないと分かっている

講義の最後に坪倉医師は高校生に「宿題」を出した。
「福島から京都に避難している人もいっぱいいます。その人に今日聞いた福島の放射線の話をしたとします。『いま福島は西日本と同じくらい放射線量が低いんですよ』って話して、避難している人はどういう反応すると思う? 喜ぶと思う? 喜ばないと思う? 答えを言うと、ほとんど喜ばないです。どうして喜ばないのか、ぜひいろんな人に話を聞いて考えてほしい」

そしてこう続けた。
「放射線の知識ってほとんど定着してないんです。今日参加している相馬高校の生徒が知らなければ他の高校生はまず知らない。そんな高校生がこれから偏見に直面することがいくらでもあると思います。今日話したような知識を頭の中に定着させる必要性を考えてください。きっとみんなの世代が『福島県産、大丈夫だよね』ではなく、純粋に『福島県産、美味しいよね』と言えるようになることが、プラスにつながります」

風評被害は少しずつ減ってはいる。福島県産を避ける人も減っている。ただ避ける人がまだいることも事実。だから淡々と頑張っていくしかない。と坪倉医師は言う。

京都から来た高校生の中には、今回福島に行くということについて親がいい顔をしなかったという生徒もいた。県外から来た生徒には、福島に行って大丈夫なの? と親に聞かれたとき自分の言葉で説明できるようになってほしい。福島の子どもたちには、将来偏見や差別に直面したときでも、科学的な知識をもっていることで自信をもって前向きに生活する武器としてほしい。そういう信念で坪倉医師は声が掛かればどこにでも赴き、何度でも繰り返し語り続けている。

■困っている人たちのために
坪倉医師は、血液内科を選んだ理由について「医師になったからにはハッピーエンドではない人に関わるべきだろうと思った」と語る。外科手術で治る人はラッキーだが、その数は限られている。そうではない人たちのために働きたいと思い、抗がん剤の勉強をして血液内科に進んだ。

困っている人のところで働きたいという意思が、現在の活動の根底にも流れているのだろう。臨床で患者と向き合い、そこでの気づきを論文にまとめ、その内容を分かりやすい言葉で発信する。派手さはないが、それを地道に続けることこそがこの土地を治すことにつながり、やがてさらに多くの人の健康を守ることにつながると信じている。

*Breast cancer patient delay in Fukushima, Japan following the 2011 triple disaster: a long-term retrospective study. BMC Cancer. 2017; 17(1): 423. Ozaki A, Nomura S, Leppold C, Tsubokura M, Tanimoto T, Yokota T, Saji S, Sawano T, Tsukada M, Morita T, Ochi S, Kato S, Kami M, Nemoto T, Kanazawa Y, Ohira H

医学教育出版社

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