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Vol.247 糖尿病の管理強化、ちょっと待った

医療ガバナンス学会 (2017年12月1日 06:00)


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ロハス・メディカル編集発行人 川口恭

2017年12月1日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

10月末の朝日新聞に、「糖尿病、厳しい治療で合併症減少 脳卒中58%抑制」という記事(http://digital.asahi.com/articles/ASKBS6K4GKBSUBQU01V.html?iref=comtop_list_api_n02)が載ったのを、ご記憶の方もいらっしゃることでしょう。

記事を引用すると「血糖値、血圧、脂質の管理目標値について、全国の糖尿病患者約2500人(男女45~69歳)を、現行の指針通りの値で治療するグループ(従来群=HbA1c6・9%未満、血圧130、80ミリHg未満など)と、厳しい値で治療するグループ(強化群=HbA1c6・2%未満、血圧120、75ミリHg未満)に分け、2006年以降、平均8年半追跡して心筋梗塞や脳卒中などの合併症が起きる割合を比べた。治療は運動や薬などによる。強化群に偏っていた喫煙者の多さを補正したうえで従来群と比べたところ、合併症や死亡は24%抑制された。脳卒中に限ると、強化群は従来群に比べ58%低く、進行すると人工透析が必要になる糖尿病性腎症も強化群が32%低かった。いずれも明らかな差があった。」とのことです。

我が国の糖尿病患者は約1千万人、予備群も同じくらいいると推定されており(平成28年「国民健康・栄養調査」)、その治療に年間1兆2千億円余りという費用(平成27年度国民医療費の概況)が費やされています。それだけ費用をかけても、進行を食い止められず人工透析を導入されるとか末端神経障害や大血管疾患などの合併症を起こすとかいう人が続出、さらに日本の医療費を逼迫させています。

記事は、この「敗戦」続きの糖尿病医療に光明が差した、という話に読めます。光明であれば、無駄にしてはいけない、皆で生かそうよと考えるのは自然なことで、実際、記事中でも『分析を担当した国立国際医療研究センター研究所の植木浩二郎さんは「19年に改定予定の糖尿病の診療指針では管理目標値をより厳しく見直す議論が進むのではないか」と話している。』と診療ガイドライン改訂に言及しています。

が、ちょっと待ってください。この話、何かおかしくないでしょうか?
「強化群に偏っていた喫煙者の多さを補正したうえで従来群と比べたところ」って、どういうことでしょう。喫煙は、大血管疾患はもちろん、様々な疾病の重大なリスク要因です。それを後から補正する?

気になって、元研究「J―DOIT3」のサイト(http://www.jdoit3.jp/jdoit3.html)を当たってみると、これは厚生労働省の戦略研究であること、被験者は2型糖尿病に加えて高血圧か高脂血症のいずれかに該当する人であることが分かりました。「血糖、血圧、脂質をより正常値に近づけるために、従来療法よりも強化された食事療法や運動療法を実施し、薬物療法では血糖、血圧、脂質それぞれについてコントロールの様子をみながら、段階的に治療を強化します。」と書かれており、血糖、血圧、血中脂質をコントロールするための治療薬が、多めキツめに処方されたのでないかと推測されました。さらに強化療法群の受ける介入の中には、禁煙指導も含まれていました。

記事の元になった臨床試験結果を紹介したサイト(http://www.dm-net.co.jp/calendar/2017/027333.php)もあり、それによると、「強化療法では介入期間中の主要評価項目(心筋梗塞・冠動脈血行再建術・脳卒中・脳血管血行再建術・死亡)の発症が、統計学的に有意ではなかったものの、19%抑制された。登録時の喫煙情報などの危険因子での補正を行なうと、発症は24%抑制されており、これは有意な結果だった。さらに事後解析を行なったところ、総死亡、および冠動脈イベント(心筋梗塞・冠動脈血行再建術)には有意な差はなかったが、脳血管イベント(脳卒中・脳血管血行再建術)に関しては、強化療法で58%有意に抑制されていた。また副次評価項目のうち、腎イベント(腎症の発症・進展)の発症については、強化療法によって32%の有意な抑制が示された。眼イベント(網膜症の発症・進展)についても、14%の有意な抑制がみられたが、下肢血管イベント(下肢の切断・血行再建術)については有意な差は認められなかった」とのことでした。

何かおかしいという違和感は、これは結果の粉飾だ、という確信に変わりました。「統計学的に有意ではなかった」?

この研究は、2542例が登録した大規模な臨床試験です。統計学的有意差を検出する能力は、社会実装を検討する上で充分過ぎるほど高いと考えられます。その規模で実施して主要評価項目に有意差が出なかったのですから、常識的な研究の解釈は「強化療法のコストに見合う効果を得ることはできなかった」になるはずです。

強化群で介入の行われていた「喫煙」について、登録時の情報に基づいて補正するという処理にいたっては、話がぐるぐる循環してしまいますから、科学的に不誠実と言わざるを得ません。

国費を使っておいて何をしてくれるんだと思いますし、さらにその粉飾の結果を診療ガイドラインに反映させようと考えているというのですから信じられません。

先ほども述べたように年間1兆2千億円費やしてもなお成功しているとは言い難い糖尿病治療と大して差がなさそうなのに、さらに糖尿病治療に費用をかけさせるつもりでしょうか。

実は朝日新聞の記事が出た翌日、政府の経済財政諮問会議に民間議員が「社会保障改革の推進に向けて」という提言を出し、その中の診療報酬改定の項目に「保険者等による糖尿病患者の重症化予防を促進」という文言を入れてきており、放っておくと、糖尿病に対して強く介入することが診療報酬改定の際に優遇されかねません。結果として、生活習慣病治療薬の使用量が増え、糖尿病治療費もさらに増えることは充分に考えられます。

糖尿病が社会的課題であるとの認識は私も共有しますし、コストに見合う社会的利益はあるということが明確なら、ケチをつけるつもりはないのです。しかし、何事もトレードオフです。ここを優遇したら、代わりに冷遇されるものが出ます。少なくとも、今回のように粉飾した試験解析に誘導されて診療報酬改定が行われることのないよう強く求めます。また私自身の古巣ながら、朝日新聞も、世の中の人々に間違った期待を持たせることのないよう、社会的責任を自覚して記事掲載すべきだと考えます。

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